04.

「お婆さま。天狗のひげはどこに行けば採取できるの?」


 今大事なのは目の前の一歩である。

 その一歩がなければどこにだって辿りつけやしない。


 お婆さまは少し目を見開いてから「うふふ」と笑った。


「そうさね。天狗のひげは、天狗さまのご加護を受けた風に吹かれた土地に芽吹くといわれているね。岩本坊さまは出雲へ上がられたけれど、お弟子さんをこちらに残されたと聞いてるよ。お弟子さんは高尾山にいらっしゃるとか」


 あたしはお座布団から立ち上がった。


「行くのかい」

 お婆さまがあたしを見上げる。


「何のことやら。あたし、お出かけ禁止中だし」


 とぼけて返すと、お婆さまは「そうかい、そうかい」と笑って首を振った。


「岩本坊さまのお弟子さんなら、『流星丸』の調薬方だってご存知かもしれないしねえ」


「銀子、わたくしも……!」

 立ち上がった紫乃を、お婆さまが手で制した。


「お紫乃。おまえはこっちだよ。人手が足りなくてね」


「でも!」


「こっちも大事なお手伝いだよ」


 紫乃はあたし、お婆さま、またあたしと交互に視線を向けながら「でも、でも」と呟いた。


「紫乃」


 あたしが呼ぶと、紫乃は置いていかないでと泣き出しそうな顔でこちらを見た。


「大丈夫。あたし一人でやってくるから」


 ここまで付き合ってくれただけで十分だ。

 紫乃が居なくったってあたしは別段困らないのだ。


 一人でも全然平気だし。

 本当だし。


「お銀」


 あたしを呼んだお婆さまは、大黒審判を迎えるときと同じ、さあこれから戦が始まるぞと言わんばかりの笑みを浮かべていた。


「大黒審判のときのことは聞いたよ。あの白金が頭を下げたってね」


 その光景は今もあたしの脳味噌に焼きついている。


「あれも随分と男前になったもんだ。大黒さまに向かって啖呵を切ったそうじゃないか」


「……うん。『五年後では遅いのです』って」


 お婆さまは、我が意を得たりとばかりに深く頷いた。


「白金はよく分かってるよ。いいかい、お銀。うちも龍神庵もね、分家前から数えてもう三百年もこの島で商いをやらせてもらってる。三百年だ。それに比べたら大黒審判の五年なんて微々たるもんさね。でもね、たかが五年だなんて、間違っても思っちゃいけないよ。この三百年はね、毎日看板を掲げ続けてきた結果なんだ。一日一日、毎日の積み重ね。頑張るのは今だよ。今の頑張りが全てなんだ。汗水鼻水流して、石にかじりついて、涙に暮れて、泥水すすって、たとえ世間様に恥ずかしい姿を晒してもね、それでも頑張るんだよ。この先の三百年はね、今のおまえたちの頑張りにかかってるんだよ」


「はい」

 あたしは頷き、それから一人駆けだした。


 腹の奥から湧いてくる熱は、昨晩のそれとは違う熱だった。

 怒りとは違う。

 悔しさとも違う。

 ただただ、それは熱かった。

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