#25 隣を歩くヒロイン



 翌日、月曜日。

 朝、いつもの時間に家を出ると、ミヤビちゃんがウチの前で待っていた。



「ど、どうしたんだ?いつもは駅で待ってるのに」


「駅で待つの、目立つから」


「そうか。確かにミヤビちゃんは人目を惹くようだしな。しかし、それなら言ってくれれば俺がミヤビちゃんの家まで迎えに行ったのに。 俺の家まで来てたら遠回りになるだろ?」


 挨拶もそこそこに、駅に向かってお喋りしながら歩き始めた。


「いいの?」


「ああ、勿論。 友達、だからな」


「・・・」ふふふ


 だけど、直ぐに会話は途切れた。

 昨日、ウチに来てた時もそうだが、普段からミヤビちゃんは基本的には必要な時しか喋らない。

 これがミヤビちゃんのペースだから、俺はそれを邪魔しない。


 先週、目立つのに毎日駅で俺を待っててくれたのも、もしかしたら自分のペースが乱れるのを我慢してたのかもしれないな。

 自分がずっと守って来たことを妥協してでも友達の為に何かを出来るのは、凄い人なんだろうとは思う。


 だけど、彼女は俺の中学時代の黒歴史を余すことなく知り尽くした危険人物でもある。


 昨日、俺の妄想ノートを読んだ後でもミヤビちゃんの俺を差別しない態度から、良い人だと思った。

 そして、ウチの母さんが作った昼ご飯を一緒に食べて、その後は俺の部屋に居座って俺のラノベコレクションを読み始めて一人の世界に入ってしまい、お昼と同じように夕飯も一緒に食べて、外が暗くなってから「ありがとう。また明日」と言って、帰って行った。


 ミヤビちゃんが帰って一人になってから、ちょっぴり冷静になって思った。


 ミヤビちゃんって、良い人というよりも、独特な感性の持ち主?

 そもそも、俺って妄想ノートを勝手に見られた被害者だよな?

 良い人だと感じたのも、被害者心理からそう感じて誤解しているだけではないのか?


 でも、既に取引は成立してて俺は納得したことを表明している訳で、今更それを言うのはズルいし、ヒーローとしてズルいのはダメだろう。



 歩道を歩きながら、俺の左側を歩くミヤビちゃんの表情をチラリと窺った。


 正面を向いて歩くミヤビちゃんの、朝日を浴びた横顔に見惚れてしまった。


 普段から女子に人間扱いして貰えなかった俺には、女性の容姿に対して何かを感じることは少なかったと思う。恐怖の対象だったからな。

 けど2学期になってから毎日の様に一緒に居る様になったことで、きっとミヤビちゃんに対して女性としての恐怖を感じなくなってたんだろうな。


 綺麗な人だと思った。

 ラブコメのヒロインって、きっとこんな人なんだろう、とも思った。


 俺の視線に気づいたのか、ミヤビちゃんは俺の方に視線を向けると、ニコリと微笑んだ。



 ああ、俺はバカだ。

 何を詮無いことを考えていたんだ。


 ミヤビちゃんが俺に向けてくれる笑顔には、一切の悪意や侮蔑が感じられない。

 他人の感情の機微に鈍感な俺でも、この笑顔が作りものではない本物だということは分かる。


 もしかしたら、ミヤビちゃんは俺がそういう人間だと分かってて、俺を安心させる為にいつも甲斐甲斐しく世話をしてくれたり、笑顔を向けてくれてたのかもしれない。


 感謝するべきであって、それなのに被害者だなんて、なんという傲慢だろうか。

 妄想ノートの1冊や2冊くらい、どうだって良いじゃないか。

 5冊盗られたけど。


 ずっと独りぼっちで15年間誰からも拒絶されてきた俺なんかと友達になってくれるような人に対して、失礼にも程があるな。


 友達とは、信じあえることが出来る人間関係だと俺は認識している。

 黒歴史を暴かれたことで動揺して大事なことを失念していた。



「ミヤビちゃん、グリモワール、読んだの?」


「うん。全部読んだ。お蔭でちょっと寝不足」


「そうか・・・」


「魔法使いを断念したくだり、泣いた。 あんみつ先生の次回作も、期待」


「・・・そうか」



 あれ?

 まだ書かないとダメなのか?






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