#24 取引




 足音を立てないように忍び足で2階の部屋の前まで戻り扉の隙間から中の様子を窺うと、ミヤビちゃんは勉強机に座り相変わらず真剣な表情でグリモワールを読みふけっていた。


 グリモワールのことは1度は諦めたとはいえ、やはり俺の恥部をあんな表情で見られていると言うのは、非常にきつい。


 どんな顔をして部屋に入れば良いのだろうか。

 普段から口数の少ないミヤビちゃんに限って無いとは思うが、バカにされたり揶揄われたりしないだろうか・・・。

 いや流石に無理か。あれを読んで俺のことを痛い奴だと思うのだろうな。

 中学時代に散々向けられてきた女子からの嫌悪や蔑視の眼差しが、嫌でも思い出されるな。

 折角出来た友達だから、そういう目で見て欲しくないのだが、特殊スキルの秘密を知られることに比べたら、マシか・・・



 意を決して扉を開けて部屋に入ると、ミヤビちゃんはコチラに顔を向けて、俺が何か言う前に一言「取引する」と言ってきた。


「取引?」


「うん」


 俺の妄想ノートを読みたいが、俺がそれをイヤがっているから、正当な取引という手順を踏んで、俺を納得させたうえで読みたいということか。


「そのノートを取引したいのか?」


「うん。 私からは、ダイエットのコーチとマッサージ、特製ジュースも」


「なるほど・・・」


 昨日の特別メニューの特訓以降色々と世話になってて申し訳ない気持ちもあったし、確かにこんなゴミみたいな妄想ノートなんかでそのお礼になるのなら、俺としては好条件の取引だろう。


「交換条件、足りない?」


「いや、そんなことは無い。だが、先ほど返して貰った2冊に関しては既に処分したから、俺から渡せるのはそこにある物で全部だ」


「わかった。 取引成立」ふふふ


 お互い合意し取引が成立すると、ミヤビちゃんは微笑みながらノートをトートバッグに仕舞い、タオルを手に持って俺に近付き、いつもの様に俺の額や首筋の汗を拭ってくれた。


 甲斐甲斐しく世話をしてくれているミヤビちゃんを見つめていると、汗を拭き終わったミヤビちゃんは一度目を瞑り、目を開くと俺を見つめながら、いつもの様な落ち着いた口調で話し始めた。


「魔法使いにはなれなくても、あんみつくんは今のままでも、大丈夫」


「そ、そうか・・・」


「でも、ダイエットは全力でサポートする。イ・ビョンホンになったあんみつくん、見てみたい」


 だから、イ・ビョンホンってなに?


「助かる。今日は休んでしまったが、俺も全力で頑張るよ」



 これまで俺を迫害してきた女子たちの様に、俺の事を侮蔑するのではないかと危惧したが、ミヤビちゃんはそんな態度を一切見せなかった。

 むしろ、俺の過去の妄想を知った上で、それを踏まえて俺のことを肯定してくれている。


 なんて良い人なんだろうか。

 こんな人が俺の身近に実在していたとは。

 ご近所さんで小学校からの同級生だというのに、今まで全く気づけなかったことが残念でならない。

 もし、小学生もしくは中学生の頃に友達になれていたら、もっと違った学校生活を送れたのでは無いだろうか。


 いや、それは贅沢というものだろう。

 いまこうして友達で居られることすら、俺にとっては奇跡の様な幸運なのだから。





 この日ミヤビちゃんは、お昼ご飯を食べた後も俺の部屋に居座り、俺の聖域である自室に同級生の女の子が居るという異常な状況に「流石にそろそろ帰って欲しいかな」と思い始めたが、俺にはそんな直接的なことを言う勇気も無く、結局夕飯もしっかり食べて暗くなってから帰って行った。





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