#12 ヒーローとしてではなく、友達として




 教室に入る時、何故かミヤビちゃんは俺の背後に回り、俺を使って身を隠す様にしていた。

 先ほどまでは他人の視線を気にしていないようだったが、教室では違うのかもしれないな。

 もしかしたら、苦手なクラスメイトが居て、警戒しているのかもしれない。

 まぁ俺のことは誰も気に留めないので、そんな俺の後ろに隠れていれば、誰にも気づかれること無く教室に潜入出来るだろう。


 教室に入ると自分の席に向かい、通学用のリュックを机の横に掛けて席に着いた。

 チラリとミヤビちゃんの様子を伺うと、少し離れた席で俺と同じように荷物を降ろして席に着いた。

 そのままお隣の席に視線を向けると、ランちゃんの席にはまだ荷物が無く本人も居ないので、やはりミヤビちゃんが言ってた通りギリギリになって登校するのだろう。


 HRまではまだしばらく時間があるので、いつもの様に読書をしようとリュックから文庫本を1冊取り出した。

 すると、「ミ~ヤビ~おは~♪」という声が聞こえたのでそちらへ視線を向けると、一人の男子生徒がミヤビちゃんに挨拶をしているところだった。

 ランちゃんからは学校では誰とも絡んでいないと聞いていたので、何となく気になり様子を伺っていると、話を続ける男子に対してミヤビちゃんは一切視線を向けることなく無視している様だった。


 一方的に喋る男子と全く相手にしていないミヤビちゃん。

 周りのクラスメイトは余り気にしていない様子だが、俺は内心ヒヤヒヤしていた。

 二人の関係がどのような物なのかは分からないが、少なくともミヤビちゃんは相手の事を快くは思って無い様に見える。 ミヤビちゃんは自分のペースを乱されるのを何よりも嫌い、その男子生徒が今まさにミヤビちゃんのペースを乱す存在にしか見えず、ミヤビちゃんが実は武闘派だと聞いて知っていたので、一波乱あるのでは無いかと心配だった。

 教室に入る際に警戒した様子で俺の後ろに隠れていたのも、もしかしたらあの男子生徒が原因かも知れないな。


 二人の様子から察するに、きっと今日が初めてのことでは無いのだろう。 夏休み前の1学期にも恐らく同じような状況が何度もあったのだろうと思えた。 今までクラスの様子なんて気にしない様にしていたから、この様な状況を把握出来ていなかった。


 このまま放置せずに、止めに入った方のがいいのだろうか?

 だけど交友関係が昨日まで皆無だった俺には人間関係でのトラブルの対処法など、全く分からない。


 でも友達のミヤビちゃんはきっと困っている。

 ミヤビちゃんが友達だと言ってくれて、俺は嬉しかった。

 ヒーローとしてではなく、友達としてココはミヤビちゃんを助けるべきでは無いのだろうか。

 ランちゃんにもミヤビちゃんのことをよろしく頼まれていたしな。


 そう思い至った俺は文庫本を持ったまま席を立つと、ミヤビちゃんの席に向かった。



 相変わらず喋り続ける男子を無視して、ミヤビちゃんに声をかけた。


「ミヤビちゃんに頼まれてた本、持ってきたよ」


 そう言って手に持ってた文庫本をミヤビちゃんに差し出すと、ビックリした様子でコチラを振り向いたミヤビちゃんが「あああありがと!」と俺の話に合わせて、差し出された文庫本を受け取ってくれた。

 ミヤビちゃんの少しだけ慌てた様子がちょっぴり可笑しくて一瞬だけニヤついてしまったが、顔を引き締め直して同じくビックリしている男子生徒に向かって話しかけた。


「俺は安藤ミツオ。ミヤビちゃんの友達だ。 キミの名は?」


「は?ウソ言うなよ!ミヤビの男友達は俺だけだし!」


「ミヤビちゃん、彼はこう言っているがそうなのか?  先ほどから困っている様に見えたから声をかけたのだが、もし違ってたのなら俺の早とちりだ。すまない」


「この人、友達じゃない。友達はランコとあんみつくんだけ」


「だそうだ。 ミヤビちゃんは教室では静かに過ごしたいタイプなんだ。キミの様に騒がしい人物が傍に居ると迷惑になるから、今後は控えて貰えないか?」


「はぁ?なんでぼっちのデブに指図されなくちゃいけねーんだよ!デブは黙ってろよ!この豚野郎!」


 そう言ってその男子生徒に制服のネクタイを掴まれた。


 しかし、「なんかヌルヌルする!」と言って直ぐにその手を離した。


 その男子生徒は俺から離れると「チッ」と舌打ちをして廊下に出て行った。



 正直に白状すると、滅茶苦茶怖かった。

 脚はブルブル震えてたし、全身から汗が滝の様に流れていた。

 きっとその汗がネクタイにまで染みていたのだろう。


 ちぃたんのパパに激高された時よりもビビっていた俺は、思わず特殊スキルの使用もいとわないと左のポケットにあるいちじく浣腸を取り出そうとしたくらいだった。

 ヒーローだって怖いときは怖いんだ。


 だが、俺のことはさておき、何とかミヤビちゃんの窮地を救うことが出来た様で良かった。


 男子生徒の姿が見えなくなったことを確認した俺は、自分の席に戻ろうとすると「まって」とミヤビちゃんに呼び止められた。


 ああ、本を返してくれるのか、と思い振り返って「本は返してもらうね」と文庫本に手を伸ばすと、サッと文庫本は取り上げられた。


 むむ?


「この本、読みたいからしばらく貸して」


 まだ読んでる途中だが、友達の頼みとあらば仕方ない。


「わかった、では」


 再びきびすを返すと、「まって」とまた呼び止められた。


 まだ何か用があるのだろうか?と思いながら振り向くと、ミヤビちゃんは机の横の自分のバッグをゴソゴソして、タオルを取り出した。


 タオルを持ったまま俺に近づくと、その手に持ったタオルで俺の額や首に流れる汗を拭ってくれた。



 無言でされるがままの俺は、多分マヌケな顔をしていたと思う。

 人間予想外のことが起きると、思考が止まってしまう物だ。


 ココは学校の教室で、ミヤビちゃんは自分のペースを乱されるのを何よりも嫌って学校では自らぼっちを選び、そして俺はまだヒーローらしい活躍をしておらずクラスの誰にも見向きもされないぼっちなわけで、なんで今ココでぼっち同士でこのようなことになっているのか、俺自身理解が追い付いていなかった。


 そんな俺に構うことなく甲斐甲斐しく俺の汗をタオルで拭いてくれているミヤビちゃんは、何故かご機嫌だ。ニコニコ楽しそう。


 その笑顔を見て漸く我に返った俺は、ミヤビちゃんに話しかけた。


「そんなことしたらミヤビちゃんのタオルが汚れて臭くなってしまう。 自分のタオルがあるから大丈夫だ」


「あんみつくんの汗の臭い、平気」


 そう言って、手に持つタオルをそのまま顔に当てて匂いを嗅ぐ仕草をした。


「むむ?そうなのか? だがやはり、すまん」


 手をわずらわせてしまっていることやタオルを汚してしまっていることが申し訳なくて一言謝罪すると、ミヤビちゃんはフフフンと満足そうな表情を浮かべた。



 そんなやり取りを終えて再び席に戻ろうとすると、視線を感じ、周りを見た。


 クラスメイトたちの多くが俺とミヤビちゃんを見ていた。

 皆、口をあんぐりと開けてて、間抜けな顔を並べている。


 いつの間にか来ていたランちゃんも、教室の入り口で驚いた表情を浮かべたまま立ち止まっている。



「ミヤっちもヤルじゃん・・・」


 どうやら、長年の友であるランちゃんでさえ、今日のミヤビちゃんの様子には驚きが隠せない様だ。

 実際に、昨日ランちゃんから聞いていた話からは偏屈者のイメージを抱いていたが、そんなことは微塵も感じられなかった。

 トイレで待たせてしまった時も、先ほどの男子生徒とのトラブルの後も、とても素直で心優しいお嬢さんだった。






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