ヒーローになりたくて

バネ屋

修行編

#01 限界を超えた先に辿り着く世界



 入学式から2週間が経とうとしていた。


 クラスでは既にグループが出来上がり、クラスメイト達は皆希望に満ちた表情で高校生活を謳歌し始めている。


 俺はそれを視界に入れない様にしつつ、自分の席で文庫本を読みふけっていた。



 このクラスでは、誰も俺のことなど気に留めないし話しかけても来ない。

 別にそのことを悲しいとは思わないけど、楽しい日々を送るクラスメイト達のことを羨ましいとも思う。



「じゃあ、自分から積極的に話しかけて自分もグループに入れて貰えば良いじゃん」と思う人もいるのだろうけど、俺がそれをしたところで場が白けて結局は距離を置かれてしまうことを分かっている。

 実際に中学の3年間はそれの繰り返しだった。



 俺は、身長153.5センチで、体重は70キロ台。

 所謂ぽっちゃり体形。自分でチビとかデブと言わないのは、俺なりの矜持だ。

 そして、ぽっちゃりさんにありがちな極度の汗かきでもある。

 体臭には細心の注意をはらっているので臭いで嫌煙されることは無い(と信じたい)のだけど、如何せん見た目がどうにも厳しいせいか、男女問わず俺に近づくことを避け、俺から近づこうとすると目を背けて話しかけて来るなオーラを発する。



 だから俺は憧れた。

 小説の中で描かれている様な、周りからは相手にされていなくても実は優れた能力や容姿など凄いポテンシャルの持ち主で、いつか周りをギャフンと言わせてトップに成りあがる様な主人公ヒーローに。


 しかし現実はそう甘くは無い。


 前髪なんてとっくの昔に切っておでこはしっかり出しているが、誰も俺の顔に興味など持たないし、ダイエットしようと毎日30分のジョギングを続けているが、大好きなピザとコーラを止められないせいか、今のところ効果は全く無し。むしろ体重は増え続けている。

 因みに運動神経は毎日のジョギングのお陰か可もなく不可もなくで、学力も普通だ。



 なので、そんな俺は考えてしまう。


「俺にもチート級の異能のチカラさえ授かることが出来れば」と。



 だがしかし、これこそ現実的では無い。

 俺だって馬鹿じゃないからな、それくらいは分っている。

 そういうのは中学で卒業した。

 所謂、中二病ってヤツだ。

 高校生になった俺は、もっと現実に目を向けている。


「女神様が異能のチカラを授けてくれないのなら、自分で考えれば良いんだ」と。



 俺が目を付けたのは、火事場の馬鹿力的なヤツ。

 身体能力などを一時的に向上させるようなチカラだな。


 例えば、泣くと喧嘩が強くなったり、逃げる時だけは脚が速くなるとか。


 そういう系の特殊スキルっぽいものだったら俺にもある。


 ウンコを我慢している時、脳や体の能力が爆発的に向上することに中二の時に気が付いた。



 あれは、2学期の中間試験の最中だった。


 2限目の数学の試験開始早々に、お腹に違和感を覚えた。

 その違和感は時間の経過と共に徐々に大きくなり、痛みとなった。


 時計を見ると、試験終了までまだ30分以上ある。

 とても終了時間までは持ちそうに無かった。


 切羽詰まる状況の中で俺は「とにかく問題を全て解き終えて、それから試験官の先生に腹痛を訴えてトイレに行かせて貰おう」と考え、只管計算問題を解くことに集中した。


 お陰で、試験終了まで残り15分を残して全問解くことが出来た。

 ウンコを我慢し精神的に追い込まれると脳細胞が活性化されるのか、普段よりも集中力や演算能力が大幅に向上していることを証明した瞬間だった。


 そしてそれだけでは終わらなかった。

 その場で静かに挙手しポーカーフェイスで腹痛であることを説明した上で、トイレへ行く許可を得た俺は廊下に出ると全力ダッシュした。

 この時の俺は正に野生の豹の如きで普段の1.2倍ほどの速さだっただろう。脳に続いて運動能力も向上したことを証明した瞬間だった。


 結局あと一歩間に合わずに少し漏らしてしまったが、まだ試験中だったので速やかに用を済ませて汚れたパンツとお尻を洗い、何事も無かったかのような顔で教室に戻ったので、事無きを得たことも付け加えておこう。



 つまり、俺にも能力を向上させる特殊スキルがあるのだ。


 という設定を考え、俺はこの特殊スキルに『限界を超えた先に辿り着く世界ザ ワールド ビヨンド リミッツ』と名付けた。 

 

 


 これから見ていろよ。

 この特殊スキルで無双して成り上がってやるからな。

 皆が俺に羨望の眼差しを向ける光景が、今から目に浮かぶぜ。






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