結
褒賞と賠償と武勇伝と
あの事件から一ヶ月後。
私とアレクシスは、王都ラステンヘフトへ向かう馬車の中にいた。舗装されていない道を走る馬車は、すごく揺れるし当たり前だけど馬臭い。揺れと臭いで、油断すると酔いそうになる。
「大丈夫、フミカ?」
横で、アレクシスが背中をさすってくれる。
「あー、あんまり大丈夫じゃない……けど、なんとか次の宿場までは……」
言う間にも戻しそうになる。ムカムカする頭と胸を、私は懸命にこらえていた。
背中に、こつりと固いものが当たる。例のペンダントだな、と形でわかる。これを見るたび、触れるたび、少なからずほっとする。ここ一ヶ月は怒濤の日々続きだったけれど、どうにか私とアレクシスはまた合流できた。一緒にいられるようになった。
でも、それで吐き気が治まるわけもない。アレクシスの固い手を背に感じながら、私は次の宿場への到着をひたすら待ち望んでいた。
◆
例の事件の日。
水源放水砲で賊が退散し、私の説得(?)でアレクシスが投降した後、ほどなくして魔導騎士たちは戻ってきた。偽情報で指定されていた場所がもぬけの殻であることに、斥候がいち早く気付いたのだそうだ。このあたりの詰めの甘さも、アレクシスらしくはあった。
街の他の区域で略奪を繰り返していた賊たちも、魔導騎士と衛兵隊の協力で撃破され、街は平穏を取り戻した。水浸しになった中央広場近辺と、略奪の対象になった街南部の復興は、一ヶ月経った今もまだ終わっていないのだけれども。
略奪が一番酷かったのはアーレント家のお屋敷で、金目の物はすっかり持ち去られ、屋敷は焼け落ちてしまっていた。財産のほとんどを失い、さらに偽情報にアーレントの印章がついていたことで、賠償金まで払うことになったそうだ。アレクシスのやったことだ、という抗弁は聞き入れられなかったらしい。
そして、アレクシスはアーレント家から絶縁された。当たり前と言えば、当たり前の帰結ではあった。
アレクシス自身も、当然ながら重罪に問われた。街を、王国を裏切って敵を引き入れた、その罪はどう申し開きしようもない。通常なら死罪だ。あのときの状況からは、自分から投降したとは認められなかったみたいだ。
だから一時は、もうダメかと思ったのだけれど……でも、アレクシスは今ここにこうしている。
◆
ようやく、次の宿場へ着いた。
吐き気をこらえながら馬車を降りる。二人で連れ立って官営の宿舎を訪れると、退屈そうな女の子が受付で舟をこいでいた。
声をかけて、懐から身分証のメダルを取り出して見せる。黄金の中央に埋め込まれた意匠を見て、受付さんの目の色が変わった。
「連絡は受けております! 中央魔導研究所客員研究員、ミツイシ・フミカ様でございますね、あの『レヒナーの英雄』の!」
声が熱を帯びている。行く先々でこんな感じだ。
なんだか必要以上に、あの時の武勇伝が噂になっているらしい。魔導人形の大群を率いて賊を撃退しただとか(実際は強制シャットダウンさせられて動いてなかった)、街中の種火塔を火炎放射器に改造して一帯を火の海にしただとか(起動準備はしたけど実際に使ってはいない)、尾ひれって付くものなんだなあ……と遠い目になる。
それもすべて、いち辺境の食客が中央魔導研究所の研究員に大抜擢、という事実のインパクトによるものらしい。中央魔導研究所の研究員、というのは、どうやらとんでもないステータスだそうだ……肌感的には東大卒よりすごいっぽい。東大院卒とか司法試験合格とか、たぶんそのくらいなんじゃないだろうか。「これまで使い物にならなかった魔導人形を、実用可能なレベルにまで引き上げた」衝撃は、上層部にとってよほど強かったようだ。
そして。
「これはどうも……何回見ても慣れない……」
宿泊台帳を書き終え、アレクシスが溜息をつく。
私の名の隣には「中央魔導研究所客員研究員補佐 アレクシス・ミツイシ」と書かれている。
アレクシスは私の補佐役だ。どうしても必要だと、話があった時に力説した。私はひとりではなにもできない。アレクシスの働きあってこその成果だ、二人セットでなければパフォーマンスは出しようがない、と。
アレクシスが解放されたのはその数日後だった。……解放に際しての賠償金は、全額私が払った。街の防衛に際して得た報奨金じゃ、罪の重さに対して全然足りなかったから、中央魔導研究所のお給金を十年分も前借りして。
つまり私は、今後十年ただ働きだ。……それでも「働けない」よりはいい。アレクシスなしで呪式の研究が進められる気は、全然しないから。
それにしても。
「フミカは知らないかもしれないけどね。この国で名字が変わる時って……だいたいは、結婚する時なんだよ……」
アレクシスが頭を抱えている。安心して、それはトナイでも一緒だから……とは言わないでおく。
アーレント家から絶縁されたアレクシスの身元を、私が補佐役として引き受けた際、名字が私のものになった。それはそういうものらしいけど……こうして同じ名字が並ぶと、確かに夫婦みたいではある。
私としても、こんな旦那はちょっと嫌かもしれない。こうも弱気で泣き虫でおどおどしてる、しかもちょっと自信が付くと暴走し始める二十五歳男子は。
でも。
「……アレクシスは、私がお嫁さんだったら嫌?」
「え? そ、それは――」
すぐにどぎまぎするところは、ちょっとかわいいとも思う。
「へー、答えられないんだ。ちなみに、私はアレクシスが旦那なのは嫌だよ」
「……やっぱり」
「やっぱりって何よ。ちょっとそこは、王都に行く前に詳しく聞いとかないとね?」
こんな風に、からかって遊べる日々がまた来たことは、素直に嬉しい。
王都での研究は、おそらくずっと厳しいものになるだろう。でもその分、お役立ち度も大きいはずだ。
さ、これからもがんばるよ。「言われたことしかしない」人形たちが、「言われたことしかしない」人間が、どれだけ有能かを証明するために――
アレクシスはなおも、困惑したように頭を抱えている。胸では青い魔導石のペンダントが、今日も静かに輝いていた。
【終】
事例で学ぶ! 異世界IT改革術 ~「ガラクタ」魔導兵を復活させた、SE女子の知識と技術~ 五色ひいらぎ @hiiragi_goshiki
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