魔導人形

「私は光石文華みついしふみか。二十九歳女。都内でシステムエンジニアをやってる。……他に、必要な情報はある?」

「ミツイシ・フミカ……フミカ家のミツイシ嬢なんだね。聞いたことのない家名だけど、トナイとはどこの所領だい?」

「あぁ、逆。ミツイシがファミリーネーム、フミカが個人の名前」

「なるほど、遠方には姓名の順で名乗る国もあるとは聞くけど……君はそんなに遠くの人なのかい?」

「わからない。というか、ここがどこかも知らないから答えようがないよ」


 私が首を傾げてみせると、眼鏡の青年は何度も頷いた。


「そうか。……ここはエントヴォーフ王国領、城塞都市レヒナー。フィーラー帝国と国境を接する街だよ」

「ごめん、全然わからない……地名、ひとつも聞いたことない……」


 なんとなく予想はしてたけど、知らない固有名詞ばかりだ。ここ、もしかして本当に、もといた日本国の東京都とは全然別の世界なんだろうか。


「フミカ、本当に遠いところの人なんだね?」

「たぶん、ね……ところであなたは?」


 訊くと、彼は眼鏡を押さえつつ、優雅にお辞儀をした。


「僕はアレクシス・アーレント。二十五歳男。エントヴォーフ王立魔導研究所の研究員だよ。専門は、魔導人形用の呪式研究……だったんだけどね、三日前までは」


 三日前までは、のところで、青年――アレクシスの表情は露骨に曇った。


「魔導人形の研究部門、閉鎖されちゃってね。『命令されたことしかできないガラクタに、これ以上研究費は割けない』って。評議員も満場一致。ひとりも、残すべきだと言ってくれた人はいなかった」


 瞬間、私の中の何かが反応した。

「命令されたことしかできない」。いやいや、命令されたことができるんなら十分でしょう。命令されたことが確実にこなせるのなら、命令さえ工夫すれば何だってできる。どうして皆、それがわからないんだろう。


(言われたことしかしない人間は、うちにはいらないんだよ)


 職場の面談で見た、社長の嘲るような薄笑いが、脳裏に蘇ってくる。


「僕の今の仕事は、いらなくなった魔導人形の後始末。動力の魔導石を抜いて、解体して、この廃棄物置場に捨ててやること……それが終われば、僕の八年間も全部終わりだ」


 肩を落とすアレクシスに、少なからず怒りがこみあげてきた。魔導人形の研究とやらを、どうやら八年もやってきたらしいのに。私のSE歴より一年長いくらいなのに。技術者として、研究者として、全部諦めて悔しくはないのか――

 いや、でも、それは私の独善かもしれない。私は部外者だ。事情を知らない人間が、むやみに首を突っ込むべきことじゃない。……でも、その「命令されたことしかできない」という何かは、気になる。

 命令されたことをそのとおり実行する何かに、命令を工夫して色々なことをやらせる。それがプログラミングであり、私の仕事なんだから。


「『魔導人形』って、どんなものなの?」

「魔導の力で動く自律人形……と言えば聞こえはいいんだけどね、実際には、『呪式』で命令したことを繰り返すだけのオモチャだよ。王様や将軍様たちからは、改良すれば自動で戦う魔導兵が作れるんじゃないかって期待されてたけれど、そんな立派な物じゃなかった」

「いやいや、命令をその通り実行できるんなら、それはとっても立派な物だと思うけど?」

「フミカは現物を見たことないから、そう言えるんだよ……来て」


 アレクシスは私を手招きし、歩き出した。暗がりをしばらく進むと、やがて、大小さまざまな人形が置かれた広間に出た。全部で五体、大きさは長身の大人くらいのものから、二歳児くらいのものまで色々だ。けれど質感は皆、マネキンのような白い顔、白い胴体、白い手足だ。どれも今は動く様子もなく、壁に立てかけられていた。


「フミカ、真ん中に立ってみて」


 言われるがままに、広間の中央に立つ。アレクシスは部屋の入口に移動し、厳かな声で告げた。


『我が声を聞きし、すべての魔導人形に命ず。この娘を取り押さえよ』


 瞬間、マネキンの目の部分が一斉に赤く輝き――大小の人形たちが、前方と左右から、私へ向けて一歩を踏み出してきた。

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