第20話:VS?〝鉄の波濤の魔女〟


「ちょっと待って! 死ぬ、死ぬから!」


 イオン寮の裏にある、ちょっとした運動などに使えるスペースにレヴの悲鳴が響き渡る。


「だったら魔術を使いたまえ」


 真面目な口調でそう言い放ったキリナが右手を動かした。


 すると、彼女の周囲で蠢く銀色の液体の一部がまるで意思を持ったかのように震えると――銀色の波となって地面を駆け、レヴを襲う。


「無理無理!」


 とっさにレヴがそれを回避するも、背後にあったベンチがその銀色の波濤に飲み込まれ、轟音と共にバラバラに破砕された。


 生身で当たれば死ぬことは明白だった。


「ほら、ライラみたいに魔術を使わないと」


 キリナが今度は左手を掲げると、周囲に残っていた銀色の液体がまるで槍のような形になり、レヴとは反対方向に立っていたライラへととんでもない速さで射出されていく。


「っ!」


 それに反応するようにライラが磁力操作の魔術を発動させ、周囲のエーテルへと干渉し、強力な磁場を生成。飛来してきた槍がライラが作った磁場に触れた瞬間、まるで弾かれたような挙動で違う方向へと飛んでいった。


「それでいい」


 キリナがライラの動きを見て、満足そうに頷いた。


までしてしまうなんて……全然真っ当な魔術じゃないじゃん


 レヴが恨めしそうにキリナを睨む。


 特訓開始と共に彼女が魔術を発動すると、すぐにレヴはその異様さに気付いていた。


 魔術において最も難しいことの一つが――物質や物体の新たな創造である。魔術でエーテルを火や雷に変えることに比べると、例え小石一つでも新たに作ることは難しく、才能と努力がないとできないと言われている。


 だからこそ召喚魔術が生まれ、『魔術で何かしらの物質や物体が必要なら、予め用意して召喚する』――というのが一般的な方法だった。


 だが、キリナは違う。


 彼女はいとも容易く周囲のエーテルを鉄へと変えると、それをまるで自分の手足のように操った。


 鉄の波濤は質量と硬度による暴力であり、刃へと変化させて相手へと放つやり方は、武器や防具を使うという概念のない魔術にとっては致命的な一撃になりえる。


 そんなキリナに付いた二つ名は――〝鉄の波濤の魔女〟。


 この学園でもトップクラスの実力者である。


「流石は〝夜庭園ガーデン〟に入っていながら六年生まで五体満足なだけはある」

「凄いね、キリナさん!」


 レヴとライラの言葉を聞いて、キリナが嬉しそうに微笑む。


「私を褒めてくれるのは嬉しいが、今は目の前のことに集中するんだな。ライラは竜脈型の魔女だな? 磁力操作の範囲と精度を限界まで確かめさせてもらう。レヴはいつまでも身体能力に頼っていては死ぬぞ」


 そんな言葉と共に、再び鉄の波濤が二人へと押し寄せる。


 ライラが磁場で鉄波の侵入を防ぎ、レヴがちゃっかりその後ろへと移動し、恩恵にあずかっていた。


「あ! レヴ君ズルい!」

「僕の魔術はそうほいほい使えないんだって。魔封弾も貴重だし」

「そうだけど!」

「でも、なるほど……こういうことね」


 レヴが目を細めながら観察する。


 キリナによる波状攻撃によって、これまでは見えなかったライラの魔術の範囲が視認出来るようになっていた。


 目測だがライラを中心に半径三メルトル前後。それが彼女の魔術の効果が及ぶ範囲となる。


「ライラ、その間合いを掴むんだ。ここまでなら届く、届かないというイメージを焼き付けろ」


 レヴがそう言うと、ライラが頷く。


「しかし、防御だけでは勝てないぞ?」


 キリナが笑いながら攻撃を続ける。押し寄せる銀の波を押し返し、槍や矢を弾き返しながらライラが必死に応戦する。


「うううう……それが問題なんですううう」


 ライラ自身も、磁力操作が弱い魔術だとは思っていない。しかし問題は防御に使えても、攻撃には使いにくいという点だった。さらに防御に使うといっても、相手の使う魔術によっては全く役に立たない場合もある。


 そんな問題点を、ライラは解決できないでいた。


「うーん。いくらでも方法はあると思うけどなあ」


 レヴがあっさりそう言うので、ライラが思わず彼の方へと振り向いてしまう。


「ほんと!?」

「ほら、前」


 レヴがそう言った瞬間、魔術を一瞬解いてしまっていたライラへと、鉄の刃が迫る。


 死が、痛みが、恐怖が、すぐ目の前にやってくる。


「それ――使


 そんなレヴの言葉を聞いたと同時に、ライラの中で何かが弾けた。あるいはずっと目を背けていたことに、逃げていたことに、初めて向き合ったのかもしれない。


 ああ、そうか。鉄を操れるのは相手だけじゃない。

 私も――同じようにやればいいんだ。


 ライラの身体を纏っていた微細な電流が、光と音を放つ。


「……それでいい。これ以上はもういいだろう。私の負けだ」


 なんせこれ以上どれだけ鉄を創造し、どんな形で目の前の少女へと攻撃しようと――全て奪われてしまうのだから。

 自分の武器だった、防具だった鉄が――ライラの周囲で渦巻いているのを見て、キリナが微笑みながら手を下げた。


「やはり竜脈型の魔女は強いな。まさか支配権まで奪われるとは。月纏型の私では取り返せない」

「ま、その分効果範囲は狭いけどね」


 レヴが肩をすくめていると、肝心のライラが涙目になっていた。


「こ、こ、こ、これどうしたら!?」

 

 鉄を磁力で操ったはいいものの、どうしたらいいか分からずにライラがあたふたしているのを見て、レヴが苦笑する。


「磁力を解いたら多分、勝手にエーテルへと戻るよ」


 ライラが慌てて魔術を解くと、鉄がまるで溶けるように消えていく。


「君の魔術は強い。磁力操作しか使えないというなら、それを特化させるしかない。流石に私と同じことはできないが、似たようなことはできるはずだ」


 キリナがライラに近付き、肩にポンと手を置いた。


「私に出来るのはこれぐらいで、あとは君次第だ。頑張れよ」


 そんな言葉と共に、キリナがその場を去った。


「……ありがとうございました!」


 ライラがキリナの背中へと勢いよく頭を下げた。


「ライラの魔術のこと知っていたんだろうね。だから、あんな無茶な特訓をしようなんて言いだしたんだ。なんで僕まで巻き込んだかは分からないけど」

「うん。でも、なんとなくは掴めたかも」


 ライラは、さっき出来た魔術の感覚を忘れないように、目を瞑った。

 これまでは怖くて上手く使えなかった魔術をあっけなく使えるようになったことに、喜びもあり、情けなくもあった。


「ただいくら操れるといっても強力な分、範囲は限られている。ライラに今必要なのは、相手を自分の効果範囲内に引きずり込む方法と、それまでに相手の魔術で死なない方法だ」

「効果範囲内に引きずり込む方法……それに、死なない方法」


 ライラが考え込むも、あまり良い案は浮かばない。


「鉄を操るってのは分かりやすいよね。相手さえ範囲に入れば、好きなように攻撃できる。さらに離れた相手の攻撃を防ぐにも使える」

「でも、あんな風に鉄を私は作れないよ。それに私は範囲が限られている」

「だね。だからキリナさんの真似は無理だ。あの量の鉄を用意して持ち込むのも難しいしね」

「結局、振り出しに戻ってる……」


 落胆するライラを見て、レヴが微笑む。


「そうでもないよ。あの量の鉄は無理でも――持ち込めるものはある。さあ、行こうか」


 そんな言葉と共にスタスタと歩き出すレヴのあとをライラが慌てて追い掛けた


「へ? どこへ?」

「そりゃあ勿論――武器担当エイシャのとこにさ」


***


 エイシャの部屋へとやってきた二人を見て、エイシャが複雑な表情を浮かべた。


 彼らの状況は大体把握しているがゆえに、頼ってきてくれたことは嬉しいが、全てがジリスの思惑通り進んでいることは素直に喜べなかった。


 あえて言うとすれば〝ナイトキャップ〟の介入は予想外だったが、それでも結果としてジリスが描いている方向へと進んでいた。


「やあ、エリシャ。実は相談があってね」


 レヴがそう切り出すので、エイシャが頷く。


「分かってるよ。それで、何が欲しい?」

「ライラを勝たせることができる武器」


 レヴの言葉を聞いて、ライラが目を丸くする。


「武器!?」

「そう。まあ武器というか……」


 そんなやりとりを見て、エイシャが苦笑する。


「難しい注文だね。こっちおいで」


 エイシャが二人を部屋の奥へと案内する。そこには武器らしきものの部品が雑多に置かれている棚があるが、エイシャがその棚の端っこに手を触れて、魔術を発動させる。


「おお!」


 ライラが思わず声を上げてしまうのも無理はなかった。なぜなら棚がまるで扉のように開くと、その奥には小部屋があり――


「よくもまあ、こんなに持ち込んだもんだ」


 レヴがその光景を見て、呆れたような口調でそう呟いてしまう。


 そこには物騒な武器や道具がズラリと陳列されていた。


 それらはエイシャの前の部屋に置いてあった未完成品の武器と違い、魔女を殺すことだけを考えたものだ。


「魔女狩りの武器だ。レヴの友人ということで、特別に貸してあげよう。好きなものを使うといい。例えば……これなんかお勧めだ!」

 

 そう言ってエイシャが一本のハンマーを取り出した。しかしその先端部はゴテゴテと機会が取り付けられている。


「これは〝ブルーミングハンマー〟だ! 叩くと同時に柄のトリガーを引くと、内部に仕込んだ爆薬が炸裂し、相手の身体は花が咲いたように肉が弾け――」


 興奮気味に早口で説明しだすエイシャを見て、ライラが困惑しながらもそれを真面目に聞こうとする。レヴが慌ててそれを止めるべく、二人の間へと入った。


「まったまった。ライラに武器なんて使えるわけないだろ」

「は、はい!」


 ライラが同意とばかりに何度も首を上下に振るのを見て、エイシャが冷静さを取り戻す。


「……それもそうだね。うーん、だったら小銃ぐらいしかないけど……」

「今から練習したとしても、本番で使うのは無理だって」


 レヴが現実なことを指摘すると、エイシャが唸る。


「うーん。となると、お勧めできるものはないんだが……予め分かっていれば、専用武器も作れるが。流石に一ヵ月以上はかかる」

「そりゃあね。というかそんなものを求めてきたわけじゃないよ」


 レヴがニヤリと笑いながらそう言うと、ライラが首を傾げた。


「そうなの? でも武器って」

「ライラが攻撃や防御に使うものだから、武器という風に言っただけで、本当の武器じゃないよ」

「武器じゃないなら、なんであたしのとこに?」


 エイシャがそう問うと、レヴが微笑みながらこう答えたのだった。


「だってエイシャは職人気質で、武器を作る時は素材から全部手作りしないと気が済まないタイプでしょう? だから教師用の部屋だって、鍛冶仕事ができるぐらいに改造してしまっている。だったら絶対にあるはずだ――ライラの魔術を活用できる、アレがね」

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