第19話:特訓をしよう


「ライラ……!」


 アルベド寮の前へと到着したレヴが思わず飛び出そうとするも、それをアレシアが止めた。


「レヴ。、ライラちゃんの一世一代の大舞台を邪魔しちゃあ、それは野暮ってもんだよ」


 アレシアがレヴの腕を掴み、離さない。その言葉も、掴む力も決して強くないのに、なぜかレヴはそれを振り切れなかった。


「だけど、ライラは……!」


 レヴがその先を言おうとするも、アレシアがゆっくりと首を横に振ってそれを否定する。


「戦いを好まない、優しくて気弱な子? それは君の思い込みよ。現に彼女は姉へと立ち向かい、そして拳を向けた。でも勘違いしない方がいいよ。彼女は君の為にやったんじゃない。自分の為にやったんだ」


 アレシアがそう言ってレヴの腕から手を離すと、そのまま前へと出た。


 丁度、リゼが怒りのままにライラへと言葉を返そうとしていた時だった。


「ふざけるな! 誰がお前なんかと〝お茶会〟をやる……か……」


 にこやかな笑顔を浮かべたまま、アレシアがリゼの視界へと入る。


 そんな彼女の姿を見て、自然と周囲がざわつきはじめた。


「……〝ナイトキャップ〟よ!」

「きゃあああ! アレシア様!」

「なんでこんなとこに?」

「うわー、これはリゼも断れないねえ」


 そんな周囲の声を聞いて、レヴが驚く。

 アレシアが……〝ナイトキャップ〟? この学園において最強と言われる魔女?


 だけども、なぜかその事実に納得できた。


 彼は本能的に感じていたのだ。アレシアの実力を。

 その秘めたる魔力を。


「あれれ? リゼちゃん。僕、昨日言ったよね?」


 ライラとリゼの間に入ったアレシアがリゼへと笑いかけた。屈託のない笑みだが、それが何よりも恐ろしかった


「な、なんで貴女が……」


 リゼの顔がみるみる青ざめていく。


「レヴ・アーレス以外の〝お茶会〟の誘いは断るなって、僕ちゃんと言ったよね」

「は、はい……ですが」

「ですが……何?」


 ニコリと笑ったアレシアのその言葉に、リゼはそれ以上、何も言えなかった。


「はい、というわけで、特別に、この〝お茶会〟は〝ナイトキャップ〟であるこの僕が仕切るよ。公平を期して、〝お茶会〟は三日後。時間と場所はその日のお楽しみ。文句はないよね?」


 アレシアの言葉にライラが頷いた。リゼは目を伏せてまま、小さく首を下に動かす。


「はい、じゃあ解散。みんな講義に遅れるよ」


 そんな言葉と共に、その場は収まったのだった。


「ライラ!」


 生徒達が去りレヴがライラへと駆け寄った。ライラは腰が抜けたのか、ぺたんと地面に座ってしまってしまう。


「あはは、レヴ君……私も〝お茶会〟することになっちゃった」


 ライラの顔には何か吹っ切れたような笑みが浮かんでいた。


「馬鹿か! なんであんな条件で!」


 レヴが思わずそう言って、ライラの細い肩を掴んでしまう。その顔は怒っていた。

 それはライラが見る初めての、レヴの怒りの感情だった。


「あれ以外にお姉ちゃんを〝お茶会〟に誘う方法が私には思い付かなかったから……えへへ」

「負けたら、退学なんだぞ!」

「うん」

「相手は〝星〟でしかも〝イレブンジズ〟の魔女だ」

「そうだね」

「なんで……」


 レヴが言葉を失ってしまう。あれほど〝お茶会〟を嫌がっていた彼女が、自ら、しかも誰よりも恐れている相手であるリゼを誘うなんて、想像すらしていなかった。


「お姉ちゃんからずっと逃げるわけにいかなかったから。だからレヴ君はきっかけではあるけど、もしレヴ君と出会ってなくても、きっといつか、私はお姉ちゃんに挑んでいたと思う」


 ライラがそう言って、レヴの手を借りずに立ち上がり、スカートについた土埃を払った。


 ライラの笑顔にも、その言葉には嘘はない。

 だから、レヴはそれに対してそれ以上何も言えなかった。


「分かったよライラ。でも、勝てるの?」

「ううう……実はそれだけが心配で……うわあ……どうしよう……」


 ライラがいつもの調子に戻ったのを見て、レヴがため息をついた。


 既に集まっていた生徒達は去り、アレシアもリゼもいなくなっていた。


 二人だけ残されたその場で、レヴはため息をつくしかない。


「だよね……」


 もしかしたら、勝つ算段があって挑んだかもしれないと思ったが、やはりそんなことはなかった。


「で、でも、お姉ちゃんの雷撃はまぐれでさっき防げたし!」

「絶対本気じゃなかったし、きっと本番では対策してくるよ……」


 レヴが呆れたようにそう言うと、ライラが涙目になる。


「ううう……レヴ君、助けて~」

「いや、もちろん助けるけども。でも結局〝お茶会〟で戦うのはライラだしなあ」


 レヴが突き放すようにそういって、そっぽを向いた。

 それは珍しくレヴが取った、自分の感情をどう表現したらいいか分からない時にする子供じみた行動だった。


「そう言わずに~」

「とにかく、三日後に向けて作戦を練るしかない」

「うん」


 なんて二人がやり取りしていると、一人の生徒がやってくる。


「やあ。話は聞かせてもらったよ。少し、いいかい?」


 そんな言葉と共に二人の前にいたのは、黒髪をポニーテイルにした、イオン寮の寮長――キリナだった。

 

***


 イオン寮の寮長室にて。

 

 そこは事務作業ができるようなスペースになっていて、小さなキッチンも付いている。

 レヴとライラは少しだけ居心地悪そうに、応接用のソファに座っていた。


 キリナはキッチンに立って湯を沸かし、お茶を入れていた。

 心地の良い草の香りが部屋を満たしていく。

 

「しかし君達は本当に困った奴だな。〝塵〟の新入生でいきなり〝星〟の、しかも上級生に〝お茶会〟を誘う奴が二人も現れるなんてね」


 そんなことを言いながら、キリナが二人へとお茶を出した。それは取ってがついていない、陶器でできた円筒状の容器に入っていて、レヴやライラが知るお茶とは色が違い、薄い緑色だった。


「これは?」

「私の故郷のお茶だよ。たまにはこういうのもいいだろうさ」


 キリナさんが自分の分のお茶を持って、二人の前へと座る。


「キリナさんはどちらの夜域出身なんですか?」


 ライラがそう聞きながら、お茶へと口を付けた。普段飲んでいるものとは全く違う味わいに驚く。とても香りが良く、飲み口も柔らかく、どこか旨味のようなものを感じる。


「あ、これ美味しい……」

「そうだろう? 私はアズマ出身だよ」


 キリナがそう言って、ズズズ……と音を立てながらお茶を飲んだ。


 それを見ながら、レヴが〝アズマの夜域〟についての知識を思い出していた。

 アズマとは、この大陸の遥か西方にあるという〝竜山島〟と呼ばれる島全てを領地とする夜域だ。その立地ゆえに、大陸の中央にあるこの学園およびその周辺では、あまり聞かない名前だ。


 実際レヴも、アズマの魔女と相対したことはない。

 しかしその噂だけは聞いている。


 アズマの魔女は独特の魔術技術を構築していて、戦闘という分野に関しては――とも言われているとか。


「アズマの魔術って独特なんですよね? それに魔術を応用した戦闘術もあるとか」


 レヴが目を輝かせながらそう聞くと、キリナが破顔する。


「あはは! みんなによく聞かれるけど、アズマの魔女全員が古式ゆかしい魔術を使うわけではないよ。私だって、使う魔術自体は真っ当なものだ」

「そうなんですか……」


 残念がるレヴを見て、キリナが飲んでいるお茶をテーブルに置いて、真面目な表情に戻る。


「さて。話というのは、他でもない。君が行う〝お茶会〟についてだ」

「……はい」


 ライラがキリナの視線を受けて、頷いた。


「そっちの君は無視してくれたが……私は君みたいな子をサポートするのも仕事としていてね」

「サポート?」


 ライラが首を傾げ、そしてレヴへと批難めいた視線を送る。そんな話があったの? とばかりに見てくる彼女を見て、レヴが少しだけ間を置いて、答えた。


「あー、そういえば、そんな手紙が来たような」

「まったく……。いやね、毎年君達のような命知らずが数人現れるんだよ。放っておくとすぐ死ぬから、そうならないようにアドバイスなりサポートするのも寮長の務めなんだ。ま、私が勝手に始めたことだが」


 そう言って、キリナが笑った。


 真面目で人が良すぎるな、とレヴは思ったが、ライラの助けになるなら悪くない。


「ありがたい話だね、ライラ」

「うん! よろしくお願いします!」


 まさか自分まで巻き込まれるとも知らずにレヴがのんびりしていると、キリナが立ち上がった。


「よし。ならば早速、特訓をしようか」

「へ?」

「特訓?」


 レヴとライラが顔を見合わせ、同時に疑問符を浮かべた。


「お茶会は魔女同士の戦いだ。相手によって使ってくる魔術は違うし、状況も千差万別。対策を練るのは難しいだろうさ。だが一つだけ、やれることはある」


 キリナが笑顔のままライラの肩へと手を置き、こう言ったのだった。


「――自己鍛錬と自己分析だ。自分は自分を裏切らない。というわけで、まずはライラができること、できないことを全て洗い出して、どうやってあの魔女に勝てるかを考えるんだ」

「まあ、間違ってはいないかな」


 レヴが他人事のようにそう言うので、キリナが笑顔のまま、レヴの肩を掴む。


「君も付き合え。ついでに、特訓してやる」

「へ? いや、僕は別にいらな――」

「さ、行くぞ! どうせ今から講義行っても欠席扱いだ」


 ライラとレヴの両腕を引っ張りながら外へと出ようとするキリナに、レヴが必死に対抗するも、その力は予想以上に強かった。


「いや、だから僕は――分かった! 分かりましたって!」 


 こうしてキリナによるライラの特訓が始まったのだった。 

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