正しい桃の節句の過ごし方

改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 )

木星のコロニー型マンションの三月三日のリビング

「はい。ちゃんとひな人形は並べ終わりましたかあ? 終わったら、女の子はここに並んでくださーい」


「は~いィ」


「ほーい」


「ひゃーい」


「はーい」


「なんでサッキーまで並んでんの」


「何よ、ウッキー。今日はひな祭りよね。女の子の日でしょ。私も女の子なんですけど!」


「サッキーは、お母さんじゃないか。今日の主役はハルカとユウナとマイメだろ」


「ひどい。ウッキーは、昔はもっと私を大切にしてくれてたのに! ひどいわ! ううう、シクシク……」


「サッキー……、握っている目薬が見えてるぞ。――じゃあ、ほら、ママの仕込みネタは無視して、ハルカ、ユウナ、マイメ、みんな揃って、ひな壇に手を合わせましょう。パチパチ」


「お祈りすんの?」


「ぱちぱち。なむなむなむう~」


「パパ、それって普通、神棚か仏壇にすんじゃね? ひな人形に拝んでも、仕方なくね?」


「ハルカ、『心願成就』って言うだろう。お内裏様とお雛様も、心からお祈りすれば、願いをかなえてくれるはずだ。ほら、祈れ。どうか、パパのお小遣いが上がりますように~……」


「それ、ママに頼んだ方が早くね?」


「シッ。これが、大人の婉曲的な要求提示というやつだ。ほら、おまえも祈れ。小遣いアップだぞ」


「んー、じゃ、まあ、頼んます。ぱちぱち……」


「あのね、二人とも。そんなことしても、お小遣いは上げられません。それならパパの会社に給料アップの嘆願書でも出してちょうだい」


「ズキッ。サッキー、それはキツい」


「それにね、みんな、一番上の二体を勘違いしてるでしょ」


「ん? じゃあ、ママ。あの一番上のお顔真っ白の二人は誰なの?」


「ユウナ、あれはね……」


「お内裏様とお雛様さ。歌にもあるだろ、おだいりさあまと、おひなさあまあ~って」


「ブブー。ウッキー、それは間違いでしたあ」


「え? 違うの、サッキー」


「そうよ。あの二人がワンセットで、『お内裏様』よ。『お雛様』は、この雛飾り全体の事なの」


「オダギリさま~。オダギリさま~」


「違うわよ、マイメ。おだいりさま。『お内裏様』っていうのは、地球の日本という所にいる偉いご夫婦のことよ。天皇と皇后というの」


「日本って、おじいちゃんのいる所だよね。遠くね?」


「ハルカ、そういう話じゃないのよ。伝統の話。ああ、ユウナ。天井を見なくていいわよ。それは電灯でしょ。ママが言っているのは、伝統。昔からみんなが大切にしている行事や振る舞いの事よ」


「あ、こっちの男の人が天皇で、こっちの女の人が皇后?」


「そうよ、ユウナ。偉いわねえ。何も知らないパパとは大違いね」


「パパ、隠れて量子スマホで調べようとしている手が震えてね? 超ダサってやつなんだけど」


「うるさい、ハルカ! パパは会社から送られてきたメールのチェックをしてただけだ!」


「ん? ウッキー、なにそれ。一瞬見えたんだけど。『桃色スナック・ハムスター学園』ってなに。貸して!」


「ちょっ……、サッキー、違う……」


「何が違うのよ! なにこれ。『お雛祭り開催中♡ 桃色ハムスターちゃんと回し車の中で飲み放題回し放題』……なによ、これ!」


「いや、サッキー、それについては、後で二人でゆっくりと。今は、ほら、子供たちの前じゃないか」


「ウチら兎なのに、ハムスターは犯罪じゃね?」


「ハルカおねえちゃん、回し車ってなに?」


「ネズミとかが入って、ずっと回してるヤツじゃね? 変態が永遠に回してる」


「ほえぇ。パパ、変態なんだ」


「ヘンタイパパあ。ヘンタイパパあ」


「ゴホン。やめなさい、マイメ。パパは、只のパパだ。ユウナも、ハルカおねえちゃんの言うことを真に受けちゃ駄目だ。回し車は健全な運動器具だ。そして、ハルカ。後でパパの書斎に来なさい。免許とれたら軽宇宙船を買ってやるという話はチャラだ。いいな」


「はあ? なんで! それ聞いてないしい」


「その前にウッキーのひな寿司は無しよね。白酒もひし餅も雛あられも、全部なしよねえ」


「は? 酷いじゃないか、サッキー。ひな寿司だけは食べさせてくれよ」


「だーめ。あれは女の子の健全な成長を願って食べるものでしょ。ウッキーには関係ないじゃない」


「娘たちの健全な成長を祈るのは父親も同じだろ! ひな寿司食わせろ!」


「駄目でーす。いくら今日が桃の節句だからって、桃色ハムスターにうつつを抜かすようじゃねえ。外で桃の花でも眺めていてくださーい」


「まだ、外は少し寒いじゃないか。ていうか、ここマンションだし。地上三万階だし。外に木はないし!」


「だから桃色ハムスターちゃんなの? あ、桃の実かじってるハムスターちゃんでしょ。桃の節句ねとか言って!」


「もものせっくすー」


「マイメ! 節句だ! 節句!」


「ハムスターがかじるのって、種の方じゃね?」


「どっちでもいい! ハルカ、パパの窮地がわからないのか!」


「まあ、はまぐりのお吸い物だけは飲んでもらいましょうかねえ。蛤は夫婦円満の象徴ですから。ふふふふ」


「さ……サッキー……」


 ウッキーの顔は雛人形の顔のように白くなっていた。



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正しい桃の節句の過ごし方 改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 ) @Hiroshi-Yodokawa

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