第18話 カリュエストールの滝壺

「4回目はどこに行くんだ、アトリのアニキ」

「アニキはやめろ」


 最近はアストンは俺のことをアニキと呼ぶようになった。

 だがどうにもそう言う柄じゃないので止めてほしい所だ。


「いいじゃん。ボクも呼んでいい?アトリのお兄ちゃん」

「それはマジでやめてくれ」  


 男同士なら兎も角、マリーチカにお兄ちゃんとか呼ばれるとなんか微妙にいかがわしい気分になってしまうぞ。


「でも、本当にありがとうございます」


 オードリーは割と落ち着いていていい。癒しだ。

 まあでもこういう風な気安さも気を許してくれるってことなんだろうが


「で、次はどこに行くんだ?」

「そうだよ。次のアタックは3日後だよ、皆楽しみにしてくれてるみたいだし」


 RTAにはいくつもの楽しみがある。

 凄い記録もそうだが、1秒を争うタイムの削り合いはレースとかに通じるものがあると俺は思っている。

 今までにないスタイルだからというのもあるが、その面白さは伝わっているらしい。


 本当はもっとRTAの人口が増えて競り合うタイムが出ればより面白さが増す。

 それにRTA走者としては張り合う相手がいる方が楽しいんだが、まだ俺たちと張り合えるレベルの奴はいない。


 それに今はこれに生活とかアストンたちの事もかかってるからな。

 俺達だけがトップの方が都合がいい


 しかしどうするか。

 RTAも楽しめると思うが、時々は目先を外さないと飽きられる。

 少し考えて、一つ思いついた。


「カリュエストールの滝壺に行こう」


 そう言うと三人が困ったようにして顔を見合わせた。


「でもよ、あそこは練習用だぜ、アニキ」


 アストンが言う。

 俺がアストンに拾われたのもカリュエストールの滝壺だった……なぜかは分からんが。

 どうやらこの世界ではあそこはアタッカーの練習ステージになっているらしい。


「深い場所に行ったことあるか?19階層とか」

「いや、無いけどさ」


 アストンが言う。それは好都合だな。


「カリュエストールの滝壺は練習用かもしれないが、深い場所だと面白いんだよ」

「まあ、アニキが言うなら信じるさ」

「よろしくお願いしますね」

 


「じゃあ行きます。カリュエストールの滝壺の19階層まで25分」


 いつも通り空中に浮いている使い魔ファミリアに向かって話しかける。

 今はもう視聴者がいないかも、という心配はする必要はないが……多分不満の声が漏れてるだろうな、とは思った。


「だけど、こんなステージ面白くないとは思わないで。

ゴールではお楽しみが待っています。最後まで見てください」


「じゃ、行こうぜ」

「今日も頼むぜ、アニキ」

「よろしくお願いします」

「頑張ろうね!」


 アストンたちが行っていつも通りダンジョンに入る。 


 カリュエストールの滝壺は水でぬれていて足元が悪いように見えるが、走ってみるとそんな感じがしないのは逆に違和感がある。

 とはいえ足元が悪いと困るからこの方が良いんだが。

 練習ステージと言うだけあって4階層くらいまでは他のアタッカーの姿も見えた。


「頑張れ!」

「俺も見てるぞ!」


 何人かが声援を送ってくれて、道を譲ってくれる。ありがたいな。


 カリュエストールの滝壺は序盤はモンスターが少ないから練習ステージには向いているんだろう。

 実際、5階層まではモンスターには一切遭わなかった。


 ただ、滝壺の裏を抜けていくから轟轟と水の音がして、ところどころ岩壁に空いた穴から流れ落ちる滝の水が見える。

 ゲームでは滝の水流に触れると下まで落とされて死亡扱いになる。

 ゲームだと再出撃リスポするが、この世界だとそのまま死亡だろうな。


 カリュエストールの滝壺は深い場所に行ってもモンスターは少なめで、代わりに足を滑らすとアウトなギミックが増えていく。

 壁から水流が噴き出していたり、急な流れが通路を満たしていたりとか、そんなのだ。


「今回はそこまでスピード重視じゃないから、足元注意だ」

「はい!」

「了解です」


 敵をほどほどに避けつつ深層に進む。

 今日は19階層を25分。かなり余裕を持った設定にしてあるから、タイムを秒単位で削る必要はない。


「19階層だぜ、アニキ」

「22分だから少し早めですね」

「ところで……これからどうするの?」


「そこの通路をまっすぐ行って、その先を右だ」

「よし、行こう!」


 アストンたちが俺の指示にじたがって走る。

 水が掘りぬいたような岩肌むき出しの丸い通路を進むと、通路の先にはカーテンのように水が流れていた。 

 

「その水の流れているところを進んでくれ。その先がゴールだ」


 アストンが先頭にたって流れ落ちる水を慎重にくぐる。つづいてマリーチカとオードリー、最後に俺。

 流れ落ちる水で一瞬濡れて、その先で明るい空間が広がっていた。



「どうだ?」


 吹き抜けの回廊のようになった上からは太陽の光と細い帯のような滝の水が何筋も流れてきている。

 水しぶきが太陽の光を反射して輝き、あちこちに虹が浮かんでは消えていた。


 ゲームで見ても圧巻のグラフィックだったが、リアルで見るとまた素晴らしいな。

 水の静かに流れる音と鳥の鳴き声、それに肌に触れるひんやりした空気がいい。

 白い光に照らされて流れ落ちてくる水の間を縫うように、長い尾羽を持つ鳥が優雅に飛び交っていた。


 帯のように流れ落ちる水が下の水がめのような滝壺に落ちる。

 上から下までのびた広い空間は教会の尖塔を思わせた。まるで渡り廊下のように回廊には何本かの岩の橋がかかっている。


「ああ、これ……スゴイね」

「こんなところがあったんですね」

「きれい……」


 アストンたちが上を見上げながらいう。

 ここはミッドガルドでは、滝の裏側の空洞、という設定だったはずだ


 滝の水が作り出す吹き抜けと虹がきれいな場所だ。

 ここまで来るのは難易度的にはさほどでもないが、ビジュアルが美しい。


  俺達が景色を楽しんでいても仕方ない。

 周りを見回すようにゆっくり一回転した。それに追従するように使い魔ファミリアが一回転する。

 これで視聴者にも見えているだろうか。


 ミッドガルドにはいろんな楽しみ方がある。

 仲間と和気あいあいとダンジョン攻略するやつもいるし、ガチで攻略点を稼ぎ上位ランカーとしてしのぎを削るやつもいるし、俺の様にRTAをやる奴もいる。


 で、プレイスタイルの一つにスクショ勢と言うのがいる。

 格好よく、もしくはコミカルにコスチュームとルックスを設定したキャラでダンジョン内のスクショを撮る、そんなプレイスタイルだ。

 イケメンや美少女キャラが寄り添うのとかが定番だが、カリュエストールの滝壺の19階層の隠し部屋はその中でも屈指のスクショ映えするダンジョンなのだ。


 しばらくその辺のゆっくり歩きまわる。ここは敵も出てこないエリアだから安心だ。

 一番見栄えが良い、橋の様になった岩の中央の踊り場のようなスペースでもう一度周りが見えるように一回りした。


「ということで、今日はここに来るのが目的でした。お楽しみいただけたでしょうか?」

「みんなも実際見に来てね」

「すっごくキレイです!」

 

 マリーチカとオードリーが使い魔ファミリアに向かって手を振りながら言う。

 

「しかし、アニキ、相変わらずよく知ってるよな」


 帰還のスクロールを広げながらアストンが言うが。


「まあな」


 スクショ映えするところはRTAには関係ないからそこまで詳しいわけじゃないが、いくつかは知っている。

 これでウケが良ければ、また他のスクショ映えがする場所を目指すのもいいかもしれない。


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