第26話 二日酔い

「珍しいわね。おさむが寝坊するなんて」

 寝不足で痛む頭を摩りながら、リビングに入ると既に姉さんは着替えもメイクも済ませており、テーブルに座りながらサラダを摘んでいた。


「母さんは? 」

「もう、出たわよ。代官山店の打ち合わせで建築家と会うらしいわ。私はこれから新人の勉強会」

「そうなんだ。忙しいね。色々と」

「そのお母さんからの伝言。『昨日は夜遊びしたんだから、臨時休校になった今日はプラプラせず家で勉強してなさい』だって。あと、今日の保護者会には出るそうよ」

 僕は朝スマホに届いていた学校からのメールを再度確認する。そこには今日は緊急職員会議とネットによる緊急保護者会を開くため、臨時休校となる旨が記されていた。

 そしてスマホには今届いたばかりの通知が他にひとつ表示されていた。それは標葉さんからで、近々で会う事が出来ないかとのsign。どうしても今日やらねばならない事があった僕は標葉さんに明日以降ならいつでも会える旨を返信する。


「アンタの学校も大変みたいね」

「大変なのは先生たちだけで、僕ら生徒はただの賑やかしだよ」

「冷めてるわねぇ。ワイドショーはこの話題だけで持ちきりだって言うのに」

 珍しく姉さんが僕に朝食であるベーコンのサラダと冷えた麦茶を出してくれた。もしかしたら明日は空から槍が降って来るかもしれない。


 姉さんがけたテレビには、まだ午前8時前だと言うのに僕らの学校に押し寄せている沢山のマスコミの姿。アナウンサーは大袈裟に事件の経緯を話している。


・・・・・ 横浜で起きたラブホテル女子高生考絞殺事件ですが、女子高生と同じ高校に通う17歳の少年が犯行に使用されたと思われる同校の制服のネクタイを所持していたと警察から記者発表がありました。そのネクタイからは被害者である少女が使用していたファンデーションや、皮膚の一部が検出されたとの事です。尚、同少年は昨夜、交通事故により死亡しており・・・・・


「はた迷惑よねぇ。学校にこんなに集まったら三密もクソも関係ないじゃない」

 迷惑と言うより興味深々という感じの姉さんはサラダにフォークを突き刺したまま、テレビを見つめている。


「姉さん、ひとつ教えてくれる? 」

「何よ」

 姉さんがテレビの方に顔を向けたまま、そう返事をした時、僕のスマホが新たなメールの着信を告げた。


「ウィッグってさ、ロングヘアの人を違和感なく、ショートに見せる事って可能かな」

「簡単よ。今のウィッグって品質良いし。素人でもパパがよくかぶるチョンマゲより違和感無く着ける事が出来るわ」

 気の無い返答なのと、父さんの事をあの人では無く昔のようにパパと呼んでいる事に気が付きもしないのはワイドショーに夢中だからだろう。


 僕は今さっき着信を告げたスマホをタップし、内容を確認してゆく。それはボヤッターに南井の事故の瞬間の動画をあげた人から僕のDMダイレクトメールに対する返信。

 さっき姉さんにした質問と今の返信が予想通り過ぎて、今日が碌な1日にならない事を教えてくれた。


「その仕草・・・・・ 左手を頭に当てて、この世の終わりかのような沈んだ目をするの止めてくれる? 二日酔いの時のあの人そっくりだから」

 いつの間にか僕に視線を向けていた姉さんからの苦言。実際、これから僕がしなければならない事を考えると、この世が終わってくれた方が楽だ。


「ごめん、実は二日酔いなんだ」

「アンタ、昨日の夜遊びでお酒飲んだの? 」

「飲んじゃいないよ。ただ人に酔ったんだ。その酔いからまだ醒めなくて頭が痛い」

 軽口を叩いてみたが憂鬱な気分が紛れる事は無く、また、頭の痛みも治りそうにない。

「なに訳の分からないこと言ってんのよ」

 そう言いつつも、姉さんは自分のバッグの中から常備している市販の頭痛薬を取り出し、僕に投げて寄越してくれた。

「それ飲んで寝てなさい。熱が出て来たらすぐに連絡しなさいよ。コロナだったら母さんや私も濃厚接触者で自宅待機しなきゃいけないんだから」

「分かった」

 姉さんは仕事に出発する為なのだろう、残っていたサラダを口の中に放り込むと空になったお皿を流しに運んでいた。

 テレビで流しっぱなしとなっていたワイドショーが賑やかとなり、画面にはマスコミに対応するために出て来た教頭先生と光月先生の姿。


「・・・・・ まだ、詳しくはわかりませんが、生徒の心のケアを大切にしたいと・・・・・」

 次々と繰り出されるマスコミの質問に光月先生の返答はかき消されている。


「びっくりするくらいキレイな先生よねぇ」

「うん」

「アンタ、タイプでしょ? 」

「分かる? 」

「何年姉弟やってると思ってるのよ」

「17年。お皿、そのままで良いよ。僕のとまとめて洗うから」

「悪いわね。じゃあ、私、仕事に行くから・・・・・ 全く、このコロナ騒ぎいつまで続くのかしら」

 リビングから出て行く姉さんを視線だけで見送った僕はテレビを消す。そしてスマホで昨日登録したばかりの菜々海姉さんの名前をタップした。


 5回目のコール。

「菜々海姉さん? 昨日はありがとう。今、テレビ観てたかな。・・・・・うん、なら、3つほど教えて欲しい事があるんだ」

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