第25話 マスク

 横浜駅西口近辺は終電近くのためか、それともコロナウィルス騒ぎの影響なのか、人の流れは閑散といた。

 

「『GO』か・・・・・ 」

 少し前に行ったいわゆる売春の予約。相手に逡巡させる暇を与えないこの進み方に気持ち悪さ感じつつ、僕は帷子川かわびらがわを越えた所にあるコンビニのATMでバイトで溜めたお金を全て引き落としたのち、ラブホテルGOの308号室へと向かった。

 ラブホテル街の路地に入ると男女の2人組が肩を寄せ合い等間隔で歩く姿が目に留まる。たまに視線を感じるのは僕がひとりで歩いているからだろう。

 制服姿のため入室を断られる事も考えたが、ホテルの受付は無人で自動音声による簡単な案内に従えば良いだけだった。

 予約をしてある利用者バージョンの音声案内に従い、ホテルフロントにある各部屋の内装写真が並んだパネル下にある読み取り機にQRコードを翳すと308号室のパネルとお札の投入口が光った。続けての音声案内はその投入口に料金を入れろとの指示。僕がそれに従い1万円札を突っ込むとカードキーとお釣りが受け取り口から出て来た。

 そして新たな指示で、2台ある内の点滅している方のエレベーターに乗るとボタンを押さずとも勝手に3階に止まり、あとはドア周りがピンクに点滅している部屋のドアノブにカードキーを差し込んだだけ。防犯の為と思われるカメラはロビーや廊下で何台か見かけが、基本は無人で全てがオート。すれ違った人もいない。


 僕は308号室のソファに座りながら、コンビニでこっそりとトイレを借りようとしたら、自分以外の客がいなかったため、買いたくもないガムを買うことになってしまった時のシュチュエーションを思い出し、ひとり小さく笑みを浮かべそうになる。


「やっぱ、緊張しているな・・・・・ 」

 そうひとり言を漏らすと308号室のチャイムが鳴った。

 来客。ドアを開けるとそこにいたのはひとりの女性。ノーマスクなのは化粧映えする顔と少し厚めの唇をアピールする為だろう。艶のある黒く長い髪は肩甲骨の辺りまでの長さがある。服装は身体のラインを強調できる白のハイネックのリブニットに黒いスキニージーンズ。


 ドアが締まり視線が重なった瞬間、その女性は大きく目を見開いていた。

 逃げ出そうとする彼女の腕を僕は強く掴む。線の細さと肉感を同時に感じさせたその腕は氷のように冷たく感じた。


「離さないと、悲鳴をあげるわよ!」

「あげればいい。こんな場所だから誰も気にしやしない」

「何のつもりよっ! 」

「芸能関係者しか利用出来ないって噂の売春サイトにキミらしき人物がいたから、試しに呼んだ。ただそれだけだ」

 そう返したものの、僕も自分の予想がここまで的中するとは思っていなかった。むしろ外れていて欲しかった。


「脅すつもりなの? それとも標葉に言いつけるつもり? 」

「脅しはしない。ただ君に尋ねたい事があるだけだ。標葉さんに伝えるかはその内容次第だよ。坂家サリエさん」

 眼鏡の代わりにブルーのカラコン。メイクも髪型も、そして服装も大きく異なり、まるで別人のようだが、そこにいたのは先日、泉岳寺女学院で会った坂家サリエさんだった。

 観念したのか坂家さんは僕が握っていた腕を静かに振り解き、ひとつ息を吐いた。


「これ以上キミの身体に触れるつもりはない。奥で話を聞かせて欲しい」

 僕がそう促すと坂家さんは赤いハイヒールを脱ぎ、ベッドのそばにあるソファーへと歩き始めた。

 泉岳寺女学院での地味な姿とは異なる扇情的な坂家さんの後ろ姿に、嫌な汗がゆっくりと首筋を舐めるよう伝わり、それが僕に男であることを思い出させとばかりに、更には胸から下腹へと温度を保ったまま伝わってゆく。それでも自制出来ているのはひとえに罪悪感。セックスを行う事だけを目的とされた建物の中で、そして西野さんが殺された部屋の中で、僕が今から聞き出そうとしている事はある意味、彼女をレイプするのと同じだからだ。


「……で、聞きたいことってなに? 」

 彼女との距離を取るため、ベッドに腰掛けた僕の緊張を他所にあっけらかんと坂家さんは切り出してきた。


「キミはこのサイトを運営している組織の人間に会った事はあるか? 」

 少し前にアクセスしたウェブサイトを表示し、スマホを掲げて尋ねる僕を坂家さんは小馬鹿にするように見つめていた。


「あんたバカ? 組織とかマジうける」

「君たちに売春を斡旋する奴がいなければ、今日だってここに来れないはずだ」

「売春の斡旋って、あんた昭和生まれ?」

 再びの高笑い。ここまでの返答は予想通りだったが、そのカン高くて頭の内側まで響く笑い方にイラつきを覚えた。


「頭の悪いあんたにも分かり易く説明すると、そのサイトはね、売る方も買う方も登録さえすればメールで『何月何日の何時にどこどこへ行け』って指示が飛んでくる。ただそれだけの掲示板よ。アンタだってその指示でこの部屋に来たんでしょ? あんな秒で指示を飛ばすことが人間に出来るの思う? 」

 女の子の手配だけでなく、ホテルの予約までを1分と掛からず行うのは確かに人間には無理な芸当だ。それももう分かっている。


「全てはネットワーク上で行われているって事か」

 サトウさんが言っていた『居ないものは探せない』の意味。掲示板ならアテンダーが存在しないのは当たり前だ。


「分かったみたいね。アンタが今日、私を買えたのも売る側の私が自分からアクセスして、ホテルに直ぐ行ける事を告知するボタンを押したからよ。ホテルの予約なんて、予約サイトがゴロゴロしているから、それと連動させれば楽勝じゃない。つまりは全部がアプリがやってるの。だから組織なんて無いのよ」

 坂家さんの説明は納得出来た。だが、それでも僕の考えに間違いがないならサイトを作った人間や管理している人間は存在はず。そして、もうひとつの役目も必ず存在するはず。そうでなければ菜々海ななみ姉さんから貰ったリストより今のサイトの方が女の子の人数が多い事に対する説明が成り立たない。僕はそれを知るためにここに来た。


「喉が渇いたわね。ジュース貰うわよ。・・・・・なんだこの部屋の冷蔵庫、ミルクティー置いてないじゃん」

 冷蔵庫をあけ、慣れた手つきで坂家さんがレモンティーを取り出すとカシャリとした渇いた音が部屋に響いた。その音で僕は彼女が何故僕に許可をとったかが理解出来た。


「・・・・・ 組織が存在しないとしたら女の子はどうやって集めているんだろう? 」

 レモンティーをマズそうに飲む坂家さんの背中に向かい僕は独り言とも取れる疑問を呟いた。視界の隅で一瞬だけ坂家さんの肩が揺れたように見えた。


「キミはこのサイトをどうやって知ったんだ? 」

「そんなの紹介に決まってるじゃない。友だちの友だちってヤツよ」

「そんなのを簡単に信じて、手を出すタイプには見えないけどな」

「アンタに私の何が分かるのよ」

 再びレモンティーを口に含む坂家さん。その後ろ姿は怯えているようにも見える。


「何も分からないから、キミを呼んだ」

「あんな暗号みたいなプロフィールでなんで私と分かったのよ」

「キミの髪と制服だよ」

「私の髪と制服? 」

 再度、レモンティーを口に含んだ坂家さんは炉端の石ころを見るような乾いた視線を僕に向けていた。


「僕には家の仕事の関係で人の顔の形や作り、そしてその人の髪や服装を観察する悪癖がある。だから君をこの前見た時に女の子としての不自然さを感じた。それだけ綺麗な黒髪に加え小顔であるなら、ポニーテールやストレートにしているのが自然だ。それに育ちの良い家庭の子が多い泉女で、あそこまでダブダブの制服を着ているのも妙だった。キミは自分がホテルに出入りしているのを誰かに見られても自分だと気づかせないために、普段は敢えてもっさりしている自分を演出しているんじゃないか? 」

 標葉さんの言葉『人は見た目通り』の本質。人は皆何かを演じ、自分の身体や心、あるいは秘密を外敵から守るために衣服を纏い、装う。まるでウィルスから己を守るマスクのように・・・・・ それにどの程度の効果があるかを常に怯えながら。


 僕の言葉に坂家さんは大きな声を上げ笑っていた。


「なにそれ、自分が変態だって言ってるようなものじゃない。あんたバカじゃないの?」

「バカで変態さ。だから君だと分かった。それにイニシャルをSSと素直に表記したのも迂闊過うかつすぎだ。SSのイニシャルになる確率は729分の27、泉女の生徒数から考えてれば、学年で5人ほどしかいない計算になる。さらに言えは、キミと同じくらいの長身でイニシャルがSSの子はきっと泉女で2人といないと思う」

 学校名と併せ、女の子をイニシャル表記をしているのは管理者が女の子たちの存在のリアルさを朧に演出するのが狙いなのは間違い無いだろう。そして、それが理解出来るのは僕がスケベでろくでなしの男だからだ。


「そんな計算までしたの? アンタ暇人? 」

「コロナウィルスのお陰で毎日が暇だったさ。ついこの前までは。キミこそ自分がパパ活で忙しいとでも自慢したいのかい? 」

「それ説教? アンタ、こんな所に私を呼びつけて綺麗事語っちゃうなんて、笑えるんですけど。私はね、パパ活をして分かったの。自分が女としてどれくらい魅力があるかって。だってそうでしょ? 芸能人御用達のパパ活サイトで私は半年近くずっとベストスリーをキープしてる。そして、私を抱くために男たちは、10万近くを払おうとする」

 自尊心なのだろう。良心が咎めたが僕はトドメを刺す言葉を口にすることに決めた。


「芸能人御用達サイトってのは嘘だって事くらい、キミならもう気づいてるだろ? 多分、キミは今まで芸能関係者と寝たこともないはずだ」

「そ、それは、たまたまいなかっただけよ」

「1年近くトップスリーいるキミがか? それはおかしいと思わないのか? 」

 冷たく言い放ち、彼女の笑みを消すと同時に会話の流れ強引に自分の方に引き戻す。308号室の中には今の状況には無縁と言っていいムーディーなBGMが薄く響いていた。


「でも、サイトにもそううたってるし、金額だって一般人が簡単に払える金額じゃないわ」

「君はこんなサイトを信用してるのか? 芸能人御用達と書けば希少価値も上がり、費用が高くても払う側は疑問に思わなくなる。そして買われる側にも特別感や優越感が生まれるから、売春に対する罪悪感が薄くなる。単純な言葉のトリックだよ。その程度の事に気がつけないのに女の魅力? 笑わせてくれるよ」

 少し前に聞いたサトウさんの言葉に嘲笑を混え、僕は嘲るように声上げて笑って見せた。芝居には自信が無かったが、父さんの血を引いているおかげか、それなりに効果はあったようで坂家さんの表情が見る間に怒りと侮蔑に染まってゆく。


「アンタ、童貞でしょ? 私には分かるもの。さっきからソワソワしちゃってさ。そんな男に私の魅力が分かるの? 知ってる? 50過ぎの会社役員の偉そうなオヤジなんて、私の前では這いつくばって、この足を舐め回すのよ。指の一本一本どころか足の裏まで! 川崎で幾つもビルを持っている不動産屋の3代目もイケメン気取ってるけど、私にちょっと股間を触られただけで、いっちゃうの! ウチの部の部長の青木の彼氏なんて、私と気づかないだけでも笑えるのに、私に頭を撫でられながら胸ばかりずっとしゃぶってるのよ。私の前では男なんて皆んなひれ伏すの。あなたの標葉に同じ事が出来るかしら? 」

 捲し立てように語る坂家さんの目に宿るは嫉妬と後悔、それに男に対する侮蔑と怒り。


「キミのお得意さんの性癖に興味は無いな」

 僕はそう返しつつ腰をあげ、坂家さんに歩み寄り、その腕を強引に引っ張りベッドへと押し倒す。彼女が持ったままだったペットボトルが床に落ち、それがワインレッドの絨毯に濃い染みを広げてゆく。


「何をする気⁉︎ 」

「こんな所でする事なんてひとつしかないだろ」

 踠こうとする彼女に馬乗りとなり、右手で彼女の右肩を押さえつけ、残る手で自分のワイシャツのボタンを外し、脱ぎ捨てた。

「アンタ、身体には触れないって言ったじゃない! 」

「気が変わったんだよ。いいからヤラせろよ。人の彼氏を寝取るのが楽しいんだろ? 」

 暴れ抵抗しようとする坂家さんがTシャツを脱ぎ捨てた僕の胸に爪を立て、袈裟懸けに赤く深い3つの筋を作った。


「止めなさいよ、標葉に言いつけるわよっ! 」

「出来るのならやってみろよ。でもやれば、僕もキミが標葉さんに

 坂家さんの顔から血の気と狂気が引いてゆく。最低最悪の行為をしているのを自覚し、何とか自分の腹の内側から沸き起こる赤黒い衝動を抑え込んで、彼女の耳元で囁く。


「それと、僕は確かに童貞だけど、それには理由があってさ。僕はと同じ、いや、に女の子が苦しそうに顔を歪めているのを見るのが大好きなんだ。ヤバいから今までは抑えてたんだけど、本命とヤる前に加減を覚えたいからさ、キミで試させてよ」

「アイツ・・・・・ 以上・・・・・ 」

 坂家さんは震えていた。彼女を押さえつけていた右手をそっと喉元に当てると薄く聞こえて来た声。


「お願い・・・・・ やめて・・・・・ 苦しいのは、首を絞められのは・・・・・ いや・・・・・」


 僕はそれを無視して、彼女の着ているリブニットのハイネック部分を鎖骨が見えるまでずり下げ、首にまいていた黒いレースのチョーカーを強引にひきちぎった。

 首筋には標葉さんと同じ傷跡。

 僕は彼女には見られぬよう、唇を噛み締めながらベッドから離れた。


「・・・・・ キミがあのサイトにいる女の子を集めていたんだな。キミ自身も脅されて」

「汚い男、私を騙したのね・・・・・ そうよ、私はあのサイトの管理者であるアイツにじ・・・・・」

 ベッドに仰向けに倒れたまま、左の腕で顔を覆っている坂家さんの姿に標葉さんが重なり、僕は思わず目を逸らす。


「申し訳無いけど、キミが何で脅されていたかなんてのには興味がないよ」

 今さら彼女に同情を寄せたり、具体的な話を聞く事によって歩み寄り、僕がした行為の免罪符を受け取るのはムシが良すぎだ。


 僕は続けた。


「標葉さんのお父さんの不倫現場の写真を撮り、それをリークしたのは君だな」

「そんなのまで標葉から教えてもらったんだ。2人はそれ程の仲じゃないって言う私のカンはハズレかぁ。私もヤキが回る訳だ」

 坂家さんの返しは悔しさ混じりの涙声。それを振り切り僕は尋ねる。


「認めるんだな」

 不倫現場の写真を撮れる確率など、宝くじに当たる確率並に低いはず。撮れる人種はホテルに頻繁に出入りしている人間か、後をけていた人間くらいだろう。それに今はコロナウィルスの流行もあり、殆どの人がマスクをしているため、相当古い付き合いでなければ、クラスメートの父親の顔など分かるはずがない。


「ここまで来て認めるも認めないないでしょ? それに私は写真を撮っただけ。そしてその写真に写っていたのがラブホテルに入っていく標葉のお父さんとその不倫相手だったってだけじゃない」

 涙を堪えながらも煽っているのだろう。右の口角だけを上げて笑う表情を見ると、先日学校で見た坂家さんと今の坂家さんのどちらが本当の姿なのか分からなくなる。

 僕の気持ちが沈み、冷静さが戻ってきた為か、室内の白さと間接照明に照らされて光るシーツの白さがやけに鼻についた。


 彼女は続けた。


「あなたは写真を撮るのもいけないって言うの? そんなのSNSに写真を投稿するのと変わらないじゃない。えってヤツよ。私はそれを管理者であるアイツにメールで送っただけじゃない」


「他の女の子もキミが罠に嵌めたのか? 」

「そうよ! 悪い? サイトの管理者であるアイツも知恵がついたんでしょうね。標葉の時と違ってターゲットにしたい女の子の情報と一緒に隠しカメラ入りのパフィームを送ってくるから、私はパパの事業であるコスメのブランド名を語って、それを送っただけ。何が撮れてたかなんて知らない。でも、パフィームを置くのは部屋のドレッサーか洗面所。両方女が無防備になる場所よ。洗面所ではお風呂上がりで裸の時もあるだろうし、部屋では下着姿のまま過ごす事もあれば、自分の身体を慰める時だってある。アンタだってそれくらい分かるでしょ! 」

 卑劣過ぎると言葉が思い浮んだが、僕自身が少し前にした行為が脳裏をぎり、奥歯が鳴る。


 女の子が風呂に入るのもトイレに行くのも、自慰行為をするのも責められる事ではない。だが、それを盗撮するのは間違いだ。坂家さんもそれくらい分かっていたはずだ。そして、それをサイトの管理者が脅しに使い、自分同様に売春サイトの登録女性にされ、更には性欲を満たす道具にされてしまう事も。

 標葉さんに対する嫉妬は、それを辛うじて免れたと思い込んでいるからなのかも知れない。


「この前殺された西野妙子さんも、キミが罠に嵌めたんだな」

「違うわ。あの子だけは私じゃない! ホントよ! サイトにはあの子の学校、庚台高校の名前は昔からあった、それこそ私が脅されて、こんな事を始めたくらいから」

「・・・・・ 」

 ここまで来て嘘を言うとは思えなかった。結果的に僕は今まで敢えて無視をして来た結論に至ってしまった。まだ見えていない多くの部分はあと少し調べ、残りは本人から聞くしか無い。


「私、捕まるのよね」

「・・・・・ キミが隠しカメラ入りのパフュームを送った事には誰も気がついていないと思う。気がついていればとっくにSNSでキミのお父さんの会社は炎上騒ぎになっている」

 パフュームは中身が無くなれば入れ物ごと捨てるだろうし、警戒心の強い人間ならば、そもそも怪しい贈り物など届いたら捨てているはずだ。


「キミと僕さえ黙っていれば、捕まる事はない」

「アンタ、私を許してくれるの? 」

「許しちゃいない。キミも僕を許さなくて良い。さっき言ったろ? キミ次第だって。標葉さんを脅した事を未来永劫誰にも口にしなければ僕もキミの事は誰にも話さない」

 そうすれば標葉さんとの約束は果たせる。他の責任はに被せればいい。


「アンタやっぱりバカよね。私が黙っていても、サイトの管理者が喋れば同じじゃない。アンタがここまで真相に近づいたって事は警察がアイツを捕まえる日だって近いわ」

「警察が幾ら優秀でも、死人を捕まえる事は出来ない」

「死人って・・・・・ 」

 これまでの話ぶりから坂家さんがあのニュースを見ていないのは確信していた。何より見ていたのなら、ここにも来ていないだろう。


「死んだよ。サイトの管理者である南井剛志は。だからキミはアイツから脅されてパパ活をしてアイツの小遣いを稼ぐ必要も無くなるし、見知らぬ誰かを引き摺りこむ必要も無くなる。当然、身体を求められる事も、首を絞められる事も二度とない」

「死んだ・・・・・ アイツが・・・・・ 」

 僕は財布から9枚の1万札を抜き出すとそれをベッドの上に置いた。そして声を上げて泣き出した坂家さんを置いて308号室を後にする。

 エレベーターにひとり乗り、壁に寄り掛かると今更になってさっき坂家さんに付けられた胸の傷が痛み出し、僕は小さく顔を顰めた。


 

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