第22話 シュンメトリア

「あのね、数学者とか、物理学者とか、とにかく優れた研究者の一要素の中に「幼い頃不思議な体験をしている」というのがあるんですって。未知の扉を開く人には必要みたいよ、きっと、姫ちゃんは選ばれたのよ」

「そうですかね」

「私じゃもう遅いから。もしかしたら、路地にからくりがあって、上手く隠れたのかもしれない、それもいつかわかるかもしれない」


 姫は不思議だった。お父さんとお母さんと言っている事はあまり変わりない。ただこの人は本当に「雪の精」と思っている確率がかなり高く、そうやって自分を上手く納得させているのだろうと思った。

「依頼者の要望に応える仕事ですもんね」

「彼女達は何も悪いことはしていないわ。きっとシュンメトリアな存在なのよ」

「シュンメトリア? 」

「シンメトリーの語源になったラテン語だそうよ。左右対称というだけではなくて、シュンメトリアには美しい調和という意味もあるのですって。

美貌とこの星の環境との共存、実際に活動している方を尊敬するわ」

「そう、そうですね・・・・・」

飛行機の時間が迫っていた

姫は夫人が用意していた手土産を持って、手を振って帰って行った。その日の夜、丁寧なお礼の電話が母親からあった。


「ちゃんとしたお嬢さんよ、うらやましいくらい。賢いし、可愛いし、運動神経もいい。高校生の私は全敗、今もかな」

「会えばよかったかなあ」

面白おかしく話したが、その夜夫人は布団に入り、天上を見つめながら考えた。


「何故私は言わなかった、米のとぎ汁のことで、彼女が「やっていてくれた」と言ったこと。

あの言葉はおかしい。「やっているから偉いと思います」という感じでは無くて、まるでお礼のように聞こえた。

その後、私にどうしているかと聞いたときの、人が変わったような、独特の、上からものを言っている雰囲気、ちょっと背筋が寒くなった・・・・

そして「熊が怖くない」ってどういうこと。たとえニホンオオカミが生きていたとしても、それほど大きくはなかった、だとしたら昔から怖いのは熊なはず。襲われる事なんて絶対に無いという、料理の時とは正反対の、あの自信に満ちた態度は理解できない。そして鯖がわからなかった私のことを高校生のように笑ったこと。冷静になって考えれば、純粋に笑って驚いていた。当たり前に魚の種類は知っていても、包丁は全然使えない。でも人並み外れた学習能力が他の美人にはある。

姫ちゃんが会った人は、そもそも、何故、わざわざ路地に入ったの? そんなことする必要も無い。何も答えず店に入ることだって出来たはず、そして消えた、水を残して。

本当に雪の精だとしたら・・・雪の精が存在するのであれば、

もっと大きな・・・・・」


 考えて眠れなくなるかと思ったら、朝までぐっすり寝ていた自分に夫人は笑い、このことは本当に考えることを止めていた。

しばらくして、姫がパルクールの大会で優勝したこと、次の年には地元の難関大学に無事合格したことを聞いた。それからは本人も忙しいようで、連絡は丁度良いように無くなっていった。



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