第33話

 俺たちはポータルを用いることなく、ダンジョン内を東奔西走した。

 出くわす端からモンスターを始末して下の階層を目指した。


 第3層まで到達できたところで小休止。

 俺はともかく、ほかの二人は無事とはいかない。手傷を負い、肩で息をしていた。


 俺は殺到しつつあるモンスターの群れをにらみ、つぶやく。


「キリがないな」


 平時を超えて、魔力が充満しているせいでモンスターのポップが止まらない。

 一気に叩くべきはスタンピードの扇動核だ。その対象を潰せば、スタンピードは収束する。


 しかし、扇動核が何なのか、どこなのかもいまだ不明。消耗戦を強いられている。


 そんな時、俺に電話がかかってきた。知らない番号からだ。

 無視しても良かったのだが、俺は直感に従って通話をオンにする。


『聞こえてる、レオポルト!?』


 電話越しの相手が怒鳴り声をあげた。聞き覚えがある。病院送りになった【コル・レオニス】のリーダーだ。


『どうして連絡先を知ってるのかなんてツマらない質問はナシにしなさい……そんなコトより今は! スタンピードの阻止が優先よ!』


 やはり傷が痛むのか……時折、咳が混ざる。


『ゲホ、ゴホ……ったく、これしきの傷でまいるアタシじゃないでしょーが! ……レオポルト、よく聞きなさい! 第7層は構造変化のせいで、マップが変容する! だからこそ、これまで攻略しきれなかった!』


 だけど、とリーダーが前置きする。


『アタシたちは綿密な探索によって! 構造変化の秘密を解き明かした! ボス部屋までのルートを確立できたの! そのデータをアンタに送ってあげる!』


 それはライバルに塩を送るような提案だった。


『恥ずかしながらアタシたちはこのザマ……仕方ないから、第7層のフロアボス討伐をアンタに託す! ついさっき、管理局が公表した! 分析の結果、スタンピードの扇動核はソイツなんだって!』


 つまり第7層のフロアボスを撃破できれば、スタンピードは収束する。

 俺はひとつ頷き、リーダーに頼みこむ。


「わかった! 送ってくれ!」

『負けたら承知しないわよ!』


 憎まれ口を最後に、リーダーが通話を切った。

 ほどなく俺のアドレスにデータ添付メールが送られてくる。


 俺は恵美とアゲートに向き直る。


「――というワケだ。ちょっとひとっ走り、第7層に行ってくる」

「……うん、分かった! ぜったい無事に帰ってきてよ!」

「やむをえませんね……どうぞ、ご存分のお働きを!」


 ふたりが各々の流儀で返事をくれた。ハンズフリー機能を有効にしていたので、一部始終を聞き届けている。


          ★ ★ ★


 ふたりをほかの冒険者たちの戦列に合流させ、俺は単独で第7層に降り立った。風景を見渡して冷や汗を浮かべる。


「ヤバいな……ここでも大量発生が起きてやがる!」


 モンスターの数は100や200じゃ効かない。空間を圧するかのようだ。


“スタンピード中の第7層……いくらレオポルトでもソロ攻略は無謀じゃねえか!?”

“ラーフ「いや! レオポルトはソロでの戦いに慣れている! 即興パーティのハンパな連携は、たがいの足を引っ張るだけだ!」”

“【コル・レオニス】が全面協力してくれてるらしいぞ! レオポルト以外にも! 第7層に到達可能な連中に声かけてるんだってよ!”

“スタンピードに参戦してる世界有数のパーティ……そのいずれかが扇動核を倒してくれりゃ! 新宿壊滅は避けられるってコトか!”


 リスナーたちのコメントが緊迫感にみちていた。

 俺がこの土壇場で配信を始めた理由は、力を貸してほしかったから。だれかが見守ってくれていたら限界を超えられる気がした。


 俺を見咎めるや、モンスターどもが押し寄せてくる。


 俺は特大剣を構えて迎え撃った。血風が吹雪を汚していく。

 手足を引きちぎられたって構わない。俺の強さを引き上げるスパイスだ。あとで高位の回復魔術を用い、生やせばいいだけ。


“ギリギリの瀬戸際を行ったり来たりしてんじゃねえか! 見てらんねえよ!”

“匿名希望の最強冒険者「外野は黙ってなさい! アイツの目をよく見て! まだ死んでない――どころか、いっそう燃え盛ってんじゃない!」”


 迷いがなくなった途端、ウソのように身体のキレが戻った。いや、いつも以上のパフォーマンスを発揮できている。


 これまで味わってきた葛藤が昇華、力に変換されているのかもな。


「まだまだァ! ギアをあげていくぞ!」


 俺はボロ雑巾になりつつも咆哮を放った。


 しばらくの間、戦って走りつづけた末――


「来たか、構造変化!」


 雪原が波飛沫のように変化しはじめる。


 情報によると、通常の状態ではボス部屋はそもそも存在していないらしい。

 その在り処に行き着くキーこそ、構造変化。


 構造変化中の空間には、不自然な裂け目が生じるのだとか。その先でフロアボスが待ち受けているという。


 俺は周囲をつぶさに観察していく。


「アレか!」


 見つけた! ささいな違和感――空間の断裂が雪崩や地割れの中心に据えられている!

 雪崩に接触したら、たちまち空間のゆがみに呑みこまれる。


 慎重に慎重を重ね、裂け目に飛びこむチャンスをさぐらなければ――!


「今だ!」


 ちょうど無数の雪崩が引いた隙間、俺と裂け目が一直線上につながる。

 刹那のタイミングだった。一気呵成、俺は裂け目に体当たりした。

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