第30話

 鎮ら管理局員および刑事たちが庭園を進んでいく。


 俺もその後に続き、人工池の脇を通り過ぎた。


「――これは何の騒ぎですか?」


 屋敷の手前、神経質そうな男性が俺たちに立ちはだかる。鎮に見せてもらったデータによれば、彼が恵美の父親だ。


 鎮がうやうやしくお辞儀をする。


「我々はダンジョン管理局の者です。突然のご訪問、失礼いたします」

「事前にアポをとるのが常識では?」


 恵美の父が不快げに眉をひそめた。


 鎮が笑顔を武装して対抗する。


「ご無礼、平にご容赦願いたいものですな。なにせ火急の用事ですので……いやはや、厨松一族のかたがたはご多忙を極めてらっしゃるご様子! 会社に問い合わせても、不在の一点張りでしてなあ!」


 皮肉げに告げた。


 恵美の父が色めき立つ。表情にわずか焦りがにじんでいるように見えた。


「このことは、管理局の上層部に苦情を入れさせていただく!」

「どうぞ、ご随意に! 我々も覚悟の上です!」


 鎮がフレンドリーな姿勢の裏に、怒りの炎を立ちのぼらせた。彼は娘を奪われたダンジョン被害者だ。厨松グループの独断専行を許せないのだろう。


 にらみ合って押し問答を続けていく。鎮の追及を、恵美の父がのらりくらりとかわした。


「江藤よ、ここは俺たちの仕事だ……お前さんはお嬢さんに会いに行け」


 場に沈黙の帳が落ちた際、鎮が俺に耳打ちして顎でしゃくってきた。


 恵美の父が俺に視線を移す。


「……江藤歩さんですね? 愚娘が大変お世話になりました」


 慇懃に頭をさげてくる。


「……こちらこそ、娘さんにはお世話になっております」


 俺も会釈で返した。


 不可解とばかり、恵美の父が目を細める。


「管理局のかたがたの訪問理由は理解できました。いわれのない冤罪をふっかけにいらっしゃったご様子……しかし貴方がなぜこの場にいらっしゃるのですか? 娘には貴方との契約を打ち切るように命じました……すべて終わった話ですよね?」


 俺を突き放すように言った。困ったものだとため息をつく。


「我が娘ながら放蕩なワガママぶり……親として不甲斐ないばかりです。貴方もさぞ手を焼かされたでしょう?」


 恵美の父が侮蔑もあらわに吐き捨てた。


「恵美は物事をやり遂げることができない愚物。なんでもかんでも中途半端に投げ出してしまいますので」


 たとえ実の父親相手だろうと聞き捨てならない。俺はすかさず反論する。


「そんなコトはありません! エミル――恵美さんは頑張り屋です! 見てるこっちが勇気づけられてるくらいに! ……俺なんかより彼女の姿を見てきた貴方がなぜ! そんな風に仰るんですか!?」


 恵美の父が食ってかかる俺を鼻で笑う。


「江藤さん、この資本主義社会で一族経営など時代遅れだとは思いませんか? 血筋を問わず優秀な人材を中核に据えなければ、たやすく瓦解してしまう――というのに、なぜ我々一族が厨松グループを牛耳ることができているのか……お分かりになりますか?」


 不意な問いかけ。そこから強迫観念めいた情動がもれている。


「すべては! 積み上げた努力の賜物なのですよ! 我ら厨松は幼いころから競争のふるいにかけられるのです! それに打ち勝ち、一族を支えていく責務がある!」


 恵美の父が鬼気迫る表情で叫んだ。


「恵美はそのレースから逃げた脱落者なのです! 学校という小さな箱庭ですら、学年10位の成績しか残せず! 勝手にはじめたミーチューブでも、さしたる結果を出せていない! ……登録者数100万人? その程度、そこらを見渡せばゴロゴロいるでしょう?」


 俺には恵美の父の主張がなにひとつ理解できなかった。

 恵美の通うお嬢さま学校は、偏差値がかなり高い。そこで学年10位の成績をとっているなら十分、優秀じゃないか。


 しかも配信業と両立している。登録者数100万人は上澄みも上澄みだ。


 自慢の娘と誇るべきだろ。難癖をつけているようにしか見えない。


 俺は今ハッキリと理解した。この男は毒親だ!

 ……恵美はいつもこんな風に否定されてきたのか。なにか新しいことをはじめても、途中で切り上げさせられてきた。身近な親から努力を認められないというのは、どれほど苦痛だろう。


 そんな境遇に置かれながら健気に笑っていた彼女のことを、バカにされてたまるか!


 怒りが燃えたち、俺の中の弱気を焼き尽くした。俺は恵美の父へと一歩、踏み出す。


「用事があるのは貴方にじゃない! 娘さんに会わせてください!」


          ★ ★ ★


 鎮の仲裁のおかげで、俺はどうにか屋敷に踏みこめた。


「せんせー!?」


 その一室――こじんまりとした洋間に、恵美がたたずんでいた。


 俺は恵美に詰め寄った。


「エミル! あんな毒親の言うコトなんて聞く必要ない!」


 必死の形相で、お前は認められるべき存在なのだと力説した。


「……そっか。ウチの親と話したんだね」


 観念したとばかり、恵美がリクライニングチェアの背もたれに身体をあずけた。


 その手前のテーブルに、パソコンなど配信機材が配置されている。そこから伸びた電源ケーブルが几帳面にまとめられていた。


 恵美がポツポツと語りだす。


「ウチが配信をはじめたのはさ……証明したかったから。ウチだってガンバれば、成し遂げられるんだって」


 過去をなつかしむように、相好を崩した。


「配信で色んなことにチャレンジするのは楽しかった。知らない世界にいると気持ちが楽になった……けど、結局は親の言う通り、ならずの半端者なんよ。ひとつの分野に集中できないまま……その道のプロには敵わない」

「そんなコトは――」

「せんせー……なんでウチなんかに構うの? だってウチとせんせーは……トモダチでもなんでもないんでしょ?」


 恵美がこちらの心中を見透かすように告げた。


「……っ!」


 途端、俺は冷水をぶっかけられたかのごとく硬直する。

 恵美の父に対する反発で棚上げしていたが、肝心の俺自身の気持ちが定まっていない。


 この矛盾を克服しない限り、恵美の心を動かせはしない。


          ★ ★ ★


 俺は逃げるように邸宅を抜け出す。


「よう、その様子だとお嬢さんの説得はできなかったみたいだな?」


 鎮が声をかけてきた。邸宅の外壁にもたれかかり、俺を待っていてくれたようだ。


「……そちらの首尾はどうでした?」


 俺に問われ、鎮がいまいましそうに顔を歪める。


「どうもこうもねえよ……あのタヌキ、しらを切りとおすつもりだ。証拠をそろえて令状をとって出直してこいってよ」


 スーツの胸元に手を入れ、煙草のパッケージを取り出した。一服しようとして思いとどまる。

 この分煙時代、公共の路上で喫煙するのもためらわれたのだろう。


「やっこさん、この隙に証拠隠滅をはかるつもりだろうぜ――そうはさせんけどな」


 鎮が俺をまっすぐ見据えた。


「江藤、この一件にゃクソみたいな政治屋も関わってる……管理局おれらにも圧力がかかってんだ。これ以上、手出し無用ってな具合に」


 歩みよってきて、俺の両肩をガシッとつかんだ。


「厨松グループを追い詰めるにゃ入念な根回しが必要だ……そん時になったら、また呼んでやる。お前さんもハラくくっとけ」


 鎮が射抜くような眼差しを向けてきた。


「俺は娘と別れの挨拶もできなかった……お前さんは間違えるなよ?」

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