最終章

第28話

 分からないことに戸惑っていても意味はない。だから俺はとにかく行動することにした。


「ここに足を運んだのはひさしぶりだけど……あいかわらず寒いな」


 第7層の吹雪が俺を打ち据えていた。


 俺はカメラ目線でリスナーに語りかける。


「ここでは本気を出さないと死ぬ……配信を盛り上げる余裕はないって予防線はっとくわ」

“うい、了解!”

“お前の動きが見えなくても……なんかこう! 雰囲気を楽しむわ!”


 リスナーたちが各々の返事をくれた。


 かつて俺の第7層攻略の配信は不評だった。俺の動きを目で追えないし、戦い方が殺伐としている――リスナーに不親切だったから。

 しかし登録者数40万人に達した今であれば、話は別ではないか。俺はそう思い立った。


 俺の人となりを知らない――すなわち俺への信頼がない相手に、いきなり付き合わせる内容にしてはハードルが高かっただけ。日本の最前線の攻略自体には需要があると踏んだ。


 もちろん、リスナーに極力分かりやすく伝える工夫もおこたらない。カメラのホワイトアウト対策のため赤外線モードで撮影するなど。


「早々のお出ましだ!」


 俺は雪の帳に敵影を捉えた。そいつらへと全力で突貫する。


 轟音をかき鳴らしながら干戈を交えた。無傷というわけにはいかず、敵を倒すたび、俺は自他の血にまみれる。


“なるほど、分からん!”

“とりまモンスターの手強さが段違いってコトだけは理解できた!”

“それ以上にレオポルトがヤバすぎる! 転移してるみてえな足さばきだ!”

“おい、ドローン仕事しろ! しょっちゅうレオポルトが見切れてんぞ!”

“ラーフ「これが日本の頂点か……! 高いパラメータによるゴリ押しではない! 挙措ひとつとっても、次の行動に繋がる最善手を選びつづけている……調和のとれた演奏のようだ!」”


 敵の強さは上層の比ではない。まばたきした瞬間、俺は即死させられるだろう。神経を研ぎ澄まし、全霊を振りしぼる。


“ラーフ「……なんたる緊張感! 見ているこちらがまいってしまいそうになる!」”

“※これは変態だから可能な所業です。よい子はマネしないでください”

“したくてもできんわ!”


 俺は傷だらけになって屍の山を築いた。付近のモンスターをあらかた始末する。


「どうした……? 前より身体のキレが悪い……」


 俺は自分の手を見下ろして独白した。


「――ダッサイ背中ね、レオポルト!」


 ふと、背後から声をかけられた。


 振り返った先、四人組の男女が立っている。


「おひさしぶり! アンタはいつも辛気臭いツラね!」


 先頭の、十代くらいの少女が俺に指を突きつけた。


 この第7層に到達した冒険者はかぎられる。当然、俺は彼女らの正体を知っていた。


“【コル・レオニス】のメンバーやんけ!”

“日本最強パーティ!”


 冒険者ランキング、日本1位から4位を独占する連中だ。活動拠点は札幌ダンジョンなのに、俺と遭遇した理由は単純明快。

 第7層以降、国内のダンジョンはすべて繋がっているのだ。


 少女がズカズカと歩を進めてきた。俺を下から上まで値踏みする。


「まだ第7層の序盤だってのに……その体たらく! アンタ、なまってんじゃないの?」


 しょっぱなからケンカ腰だ。俺は戸惑いつつ口を開く。


「お前たちの勇名は知ってるけど……初対面だよな? ひさしぶりって、どういう意味だ?」


 途端、少女がまなじりを決する。


「……っ! 言うにコトかいて、このアタシのことを忘れたですってええええ!」


 歯ぎしりしながら前傾姿勢になる。


「いっぺんシメる! このアタシの存在を直接、叩きつけてやろうじゃない!」

「ダル絡みはそこまでにしといてね、姫」


 少女が俺につかみかかる――より速く、その仲間が少女を羽交い絞めにした。


「な!? アンタたち、はなしなさいよ!」

「はなすわけなかろう、狂犬め」

「他人様に迷惑かけないの」


 日本最強パーティの面々が少女をいさめた。


 その内のひとり――30代くらいの温厚そうな男性が俺に話しかけてくる。


「お騒がせしてすまないね、【凶獅子】……うちのリーダーは君を強烈にライバル視しているんだ」


 少女――パーティのリーダーを一瞥して苦笑する。


「なんでも過去に因縁があるとか……君は覚えていないかい? 君と彼女は新宿ダンジョンでデビューした同期のはずだけど? 駆け出しの頃、小学生に説教された記憶は?」

「ああ……あのときの」


 俺はポンと手を打つ。思い当たる節があったから。


 俺の同期に、若干12歳の天才がいた。彼女はダンジョンの申し子とも呼ばれていた。


 反面、俺は落ちこぼれ扱いされ、すさんでいた。


 ある時、その天才がわざわざ俺の前にやってきて余計なお世話を焼いてきた。

 「身の程をわきまえろ」とか「才能もないのに、ダンジョンにいどむな」とか散々まくし立てられた。


 俺は天才を無視し、自分の可能性の模索に没頭した。


 俺が頭角を現して以降、彼女の姿を見なくなったが……そうか、あの時の子が日本1位になっていたのか。


 リーダーが仲間にがなり立てる。


「余計な告げ口してんじゃないわよ! ……レオポルト! か、勘違いしないでよねっ! アタシが北海道に移った理由は! 親の転勤なんだから! 下馬評をくつがえし、強くなっていくアンタから逃げたんじゃないんだからねっ!」

“聞いてもいないことを! 勝手に打ち明けてきた――っ!”

“これ、ツンデレって言うのか……?”

“ただようポンコツ臭”

“テレビで見た通りの残念美少女で草”

“レオポルトって、ヘンな女にばっか絡まれるのな?”


 リスナーたちが好き勝手に感想を述べていた。


 リーダーの仲間が肩をすくめる。


「こんなカンジで、彼女は君にご執心なんだ……どうか、大目に見てもらいたい」

「黙ってなさい! だ、だれが! こんな冴えない男のことなんて!」


 リーダーが拘束から逃れ、俺に闘気をぶつけてくる。


「宣言しとくわ! この第7層を最初に攻略するのは! アタシたち【コル・レオニス】! その意味は獅子の心臓! 【凶獅子】とキャラかぶって目ざわりなのよ!」


 いい気当たりだった。日本のトップに足る迫力を宿している。


「アンタにだけは負けないから!」


 リーダーの発言を耳にして、俺は既視感を抱いた。自己顕示欲丸出し……聞き覚えがある。


「お前、もしかして……『匿名希望の最強冒険者』ってハンドルネームで俺の配信にコメントしたことあるか?」


 図星を突かれたように、リーダーがのけぞる。


「な、なんのこと!?」


 汗をかいて視線を泳がせた。口笛を吹きはじめる。


“クソコテすぎワロタ”

“そのハンドルネーム、匿名掲示板でも見たコトあるぞ!www”

“もうちょっとマシな誤魔化しかたはなかったんか?www”

“もうイロモノにしか見えん”


 仲間たちが俺に挨拶し、リーダーを引きずって去っていく。


「待って! 待ちなさいよ! コイツには、まだ言いたいコトが――」

「はいはい、他人より自分の心配をしましょうね?」


 その様子は、仲間というより保護者に引率されるかのようだった。


 彼らが踵を返す直前、異変が巻き起こる。大地が意志を持ったようにうねり始めた。


「――っ!」


 俺は息をのんだ。


 先ほどまでのコミカルさが打って変わり、リーダーが真剣な表情になる。


「来るわよ、第7層以降の特殊ギミック――ダンジョンの構造変化が!」


 それは、大自然そのものが牙をむくかのような脅威だった。


 重低音を間断なく響かせながら、雪原がスライムのように形を変えていく。雪山が砂のように崩れた。地割れがそこかしこで発生する。

 その現象の名は構造変化。第7層全体が構造を書き換えられる。


 当然、内部に侵入した人間おれたちのことなどお構いなし。天変地異が襲いかかってくる。


「レオポルト、この程度でくたばるんじゃないわよ!」


 俺に言い置くと、リーダーが仲間たちと災害に対処する。さすが日本最強というべきか。一糸乱れぬ連携を発揮、難なくしのいでいた。


 俺も雪崩や地割れから退避する。

 アレに呑まれたら終わりだ。物理的な破壊力の話ではない。空間のゆがみをともなっているため、触れたら問答無用で消し飛ばされる。


“レオポルト、もっとスピード上げらんねえのか!? もうすぐそこまで迫ってんぞ!?”

“災害ってレベルじゃねえぞ!”

“ラーフ「これが構造変化……! 入るたびに地形が変わるため、マッピングが意味を為さない……第7層を難攻不落とする最大の要因!」”


 荒ぶる大地を駆け回ること、しばし。落ち着きを取り戻した時には、まったく異なる地形に変わり果てていた。


 俺は雪肌に手をつく。荒い呼吸を繰り返した。


「――やっぱアンタ、弱くなってるじゃない……見てらんないわよ」


 いつの間にか、リーダーが近付いてきていた。どこかツマらなさそうにしている。


「アタシの見立てだと……理由はひとつ! アンタ、迷ってんでしょ!? どっちつかずの宙ぶらりん! アンタは冒険者なの? 配信者なの? どっちの道に進もうってのよ!」

「……っ!」


 リーダーの糾弾が俺の胸を刺した。

 俺はいまだ答えを出せずにいる。恵美は俺のなんなのか。

 その迷いが俺をにぶらせているのか?


「今のアンタに勝っても、うれしくない!」


 リーダーが吐き捨てた。


 俺だって日本5位のプライドがある。日本人初の第7層踏破者の称号をゆずりたくない。

 そのためには、恵美との関係を断たねばならないのか?

 想像しただけでも背筋が凍るかのようだ。


「……あんまアタシを失望させないでよね」


 俺に背を向けたリーダーへ、反論の言葉ひとつ出てこなかった。


======

ここから2話ほど、ヤキモキするような展開となります。

しかし鬱展開にはなりません。主人公をしっかりと活躍させて締めます。

この作品はハッピーエンドです。ご安心ください。

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