第5話

 キッパリ拒否したというのに。恵美がこりる気配はない。


「そこをなんとか! まずは、お試しで一回だけ付き合ってくんない?」


 恵美が額を床にこすりつけてきた。


 俺はあわてて恵美にとりすがる。


「お、おい! やめろ! やめてくれ! 俺が悪者みたいになるだろ!」


 案の定、居合わせた冒険者が俺たちの様子を見て、噂話をはじめる。


「きょ、【凶獅子】が! 新人っぽい女の子に土下座させてるぞ!」

「あの子、メッチャ美人だし……因縁つけて手籠めにしちまう気か!」

「だ、だれか! 【凶獅子】を止めてくれ!」

「アホ、だれが出来るっつーんだよ! 俺らが束になっても余裕で返り討ちだわ!」


 四方八方、俺は非難の視線に刺し貫かれる。居心地悪くなって身を縮こませた。


「ウチのセンサーにね、ビビっときたの! 教えてもらうなら、せんせーがイイって決めた! せんせーじゃなきゃイヤだし!」


 あろうことか、恵美がさらなる燃料をバラまいた。


「ん? 様子を見てるかぎり、恫喝してるワケじゃなさそうだ……もしかして痴情のもつれか?」

「【凶獅子】に別れ話を切り出され、泣き落としにかかってるのか?」

「あんなカワイイ子を振ろうとしてんのか……うらやま――けしからん!」

「そう思うなら本人に直接、抗議してこいよ」

「バァカ! 俺にそんな度胸あるワケないだろ! 相手見て物言えカス!」

「自慢げに開き直って言うコトじゃないだろ……」

「あの子、もしかして……ミーチューバーのエミルじゃね?」

「え……マジじゃねえか! ……ほええ! 日本5位サマともなれば、有名人とも付き合えるんだな!」

「まあ、【凶獅子】の年収は一流芸能人並みだろうしな……俺らみたいな凡人とはちがう。上級国民だし、あっちから女が寄ってくるんだろうさ」

「……やめようぜ、上を見たらキリがない。地に足つけて地道にやっていこうや」


 誤解が誤解を生み、もはや収拾がつかなそうだ。


「く、あはは……もう、なんとでも言ってくれ」


 俺は途方にくれた。きっと死んだ魚のような目をしているのだろう。


 鎮が無責任に笑っている。他人事だと思いやがって……。


「……ふっ、カオスな空気になっちまった。ここじゃオチオチ話もできなさそうだ」


 親指でビルの上層を指し示す。


「どれ、場所を変えようかね」


          ★ ★ ★


 ビルの上層階は関係者以外、立ち入り禁止になっている。

 その一室、俺は応接間のソファに座って厨松恵美と向かい合った。


 俺と恵美の間、黒檀のテーブルの手前に鎮が立っていた。笑いを噛み殺しながら喋る。


「くく……ここは、あとは若い二人に任せてって言っとくべきか?」


 お見合いかよ。小ボケをはさまないでほしい。


 俺の非難の視線を受け流しつつ、鎮が司会を進行していく。


「なあ、江藤よ。管理局としては、お嬢さんの提案をぜひとも受けてもらいたい」

「……なぜ、ですか?」


 鎮が困ったように肩をすくめる。


「上からの圧力……中間管理職のツラいところだな」


 予想外の答えを耳にして、俺は目を細める。


「どうして俺が? 管理局の上部組織――ダンジョン省に厨松の面倒を見ることを望まれてるんですか?」


 我が意を得たりとばかり、鎮がうなづく。


「問題なのは、その『厨松』だ……お前さんも知ってんだろ? 厨松グループの雷名を」


 俺はハッとなって恵美に視線を移す。


「どおりで聞き覚えのある名字だと思ったら……この子、あの厨松一族なんですか!?」


 冒険者であれば、厨松グループの名を知らぬ者はいない。

 なにせ国内最大手のダンジョン関連企業だ。創業者一族が重役を占めているという。

 チャラチャラした身なりから想像もできなかったが、恵美はご令嬢らしい。


 恵美が不承不承といった感じで首肯する。


「そ、ウチの両親はおカタい人たちなんよ。冒険者になることを反対されてた……どうにか説得できたんだけどさ。昨日のキマイラの件があったっしょ? またぞろ反対だって、ぶり返されちゃって……昨日の夜なんて押し問答の大喧嘩だったっつーの」


 いまいましげに拳をふるわせていた。両親のことをよく思っていないようだ。思春期特有の反抗期なのかもしれない。


「そんで条件をつけられた……ダンジョンにもぐるにせよ、ボディガードをつけろって」


 恵美は不服そうにしているが……娘を案じればこそ当然の条件だ。


 鎮が恵美の言葉を継いでいく。


「そこで白羽の矢を立てられたのがお前さんってワケよ。お前さんなら腕になんら問題はないし……なにより、お嬢さんたっての希望だったからな」


 そういう経緯があったのか。いち冒険者の進退に干渉する越権行為だが……天下の厨松グループの要請とあれば、政府も無視はできまい。

 なんか最近の俺の人生、激動に突入してないか?


「お前さんは個人事業主フリーランスだ。俺たち国側に強制することはできない――が、言わなくても分かるだろ?」


 鎮が言外に匂わせた。俺に命令する手段はいくらでもある、と。

 たとえば難癖をつけて冒険者活動を制限するなど。


 その事実を誤魔化さず突きつけてきたのは、鎮なりの誠意だ。恨む気にはなれない。彼も立場上、そうせざるを得ないだけだ。


 恵美が申し訳なさそうにまつげを揺らす。


「家族のトラブルに巻きこんでゴメン……だけど、ウチは本気だし! 遊び半分で言い出したワケじゃないから! 実家のことがなくても! せんせーに声をかけるつもりだった!」


 熱をこめて力説してきた。


 それを受けて、俺は認識をあらためる。彼女の言葉には、軽率な輩に出せない重みがあった。お嬢サマの気まぐれってワケじゃなさそうだ。

 本気の想いには本音で答えなければならない。


「悪いが……ほかを当たってくれないか? 俺より適任はいくらでもいる」


 俺は恵美に語って聞かせた。俺なりの信念、ボッチを貫く理由を。いずれ配信で実現したい理想について。


「――そういうワケだから。お前の熱意に応えることはできない。俺のアイデンティティ、その趣旨がブレる……お前からすれば、ちっぽけな意地かもしれないけど、絶対にゆずれないんだ」


 赤面するような内容だ。呆れるか、笑われてしまうか。


「そんなコトないって!」


 しかし恵美の反応はどちらでもなかった。真剣な表情で俺を射抜く。


「ぶっちゃけ感動した! せんせーの夢、立派だと思うよ! ウチだけじゃない! きっと大勢のひとが共感してくれるし!」

「……っ!」


 真正面から称賛され、俺は思考を漂白されてしまう。

 胸に迫るこの感情はなんだ? うまくラベリングできない。


「そういうコトなら……ウチのワガママに付き合ってもらうワケにはいかないね。残念だけど……せんせーのコト、ガチで応援するし!」


 感極まったように身を乗り出して、俺の肩をたたいてきた。


 俺の肩に衝撃がズシリとひびく。熱がジンジンとうずき、恵美の手が離れた時は名残惜しさすら感じた。


「――待ちな、お嬢さん」


 恵美がこの場を去ろうとするのを、鎮が呼び止める。


「管理局としては代わりを見つけたって構わない……けどな、江藤。お前さん、ホントにそれでいいのか?」


 気遣わしげに声をかけてくる。


「お前さんは不器用だ。チャンネル登録者を増やす手立てだってロクに思いついちゃいないだろ? お嬢さんは一流の配信者だ。そばにいれば、色々と学べるんじゃないか?」


 ……たしかに。俺ひとりのキャパシティを超えていると実感していたところだ。どこにテコ入れしていいか、見当もつかない。


「お前さんは冒険者の手ほどきをする。お嬢さんは配信の何たるかを教える――そういう契約を結んじゃどうだ?」


 俺は面を伏せて考えこむ。そういう形であれば、俺にもメリットが生じる。

 断わる理由があるとすれば自分自身の気持ちだが……つい先ほどよりも抵抗感が薄れている。


 俺は咳払いをひとつ、おそるおそる恵美に切り出す。


「俺はボッチをこじらせた社会不適合者だ。他人を受け入れる勇気が持てない。他人に合わせることができないから個人事業主の道をえらんだ。カラミづらくて面倒な人間だと思う。お前のことを利用するつもりでしか接することができない……それでも、いいか?」


 突然の心変わりだったからだろう。恵美が驚きを顔に表す。


「うん……モチロン! くぅー、燃えてきたー! そういうコトなら……せんせーをウチなしじゃ生きられないカラダにしてやるし!」


 なにやら悪だくみするようにニマニマと口元をゆるめていた。


 ――こうしてボッチ恵美ギャル……奇妙な取り合わせの関係がはじまったのである。


 関わりたいと思ったこともない人種と行動をともにする。昨日までの俺が聞いたらウソだと笑い飛ばしたに違いない。

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