第11話 『マクベス』シェイクスピア著を読んで  笹葉更紗

『マクベス』シェイクスピア著を読んで     笹葉更紗



「『明けない夜はない』っていうのはマクベスのセリフが初めだったわよね」


「たぶんそう。……だとおれも認識しているけど?」


 先日の学園祭でシェイクスピアの演劇をやって以来、改めて再読しようと手に取った。それでふと思ったことがあるのだ。もしかしたら、竹久なら知っているんじゃないだろうかと。


「じゃあさ、『やまない雨はない』というのは、いったい誰の言葉なのかしら?」


「…………さあ、わからないなあ。あ、ちょっと待って」


そう言って制服のブレザーのポケットに手を突っ込む竹久。


「わからないときに何でも教えてくれる魔法がある。この魔法は手を使って操作するから〝手魔法〟(しゅまほう)とおれは呼んでいるんだけどね」


 取り出した魔導書でgoogleの呪文を唱える。


「そう言うくだらないダジャレ、黒崎君の影響かしら?」


「おいおいやめてくれよ。おれのやつはあんなにセンス悪くないと思うけどな。これはね、いわゆる当て字というやつだよ。スマホを手の魔法と書いて〝手魔法〟なんてさ、まるで漱石みたいだろ?」


「漱石はそんなにセンス悪くないわよ」



 夏目漱石は当て字の達人である。


 有名なもので言えば『ロマン』を『浪漫』と書いたことは有名で、他にも『バケツ』を『馬尻』と書いたり、『ズタズタ』を『寸断寸断』と書いてみたりする。『食いしん坊』を『食い心棒』と表記するのは、いかにもその人物の心棒が食べることだと表現できていて素晴らしいと思う。


 話は横道にそれたが、結果として手魔法は大した成果を上げられず、『やまない雨はない』という言葉の由来はわからなかった。少なくとも、江戸時代の日本ではすでに使われていたようだということくらい。


「ところでさ、おれはシェイクスピアの『明けない夜はない』のアンサーはヘミングウェイの『日はまた昇る』だと思うんだけどどうかな?」


「まあ、それでいいんじゃない? じゃあ、『やまない雨はない』のアンサーは?」


「うーん。『虹を待つ』というのはどうかな?」


「まあ。それでいいんじゃない?」


「おいおい。もう少し褒めてくれてもよさそうなんだけどなあ」


 


 そんな会話をしたのが昨日のことだ。

 そのことが朝になっても強く印象に残っていた。だから今日は、天気予報は晴れだったけれど、傘を持って出ることにしたのだ。


 瀬奈と二人電車に乗り、学校最寄りの東西大寺駅に到着。

 ついさっきまで晴れていた空が、雨を降らせ始めたのだ。

 それはまるで、竹久がウチのためにそうすることを促した奇跡のようにさえ感じた。



「サラサはスゴイね。こんな時にちゃんと傘を持っているなんて、一緒にラブラブパラソルしようか!」


 ウチの持っているかさに入り込もうとする瀬奈。


「いやよ。瀬奈はちゃんと折り畳み傘を持っているのでしょ。だから、入れてあげない」


「だってさあ、雨に濡れると、また乾かして折りたたんでって、結構めんどくさいんだよ」


「そんな言い訳が通じるとでも?」


「はあーい」


 渋々に赤い折り畳み傘を広げた瀬奈と二人並んで学校へと向かう。


「そう言えばサラサ、前までもっとかわいい傘使ってなかったっけ? 今日の傘はなんというか、味気ないフツーの傘よね」

 

確かに今日ウチが持っている傘は、一見地味な無色透明のシンプルな傘だ。

だけど――


「これはね、特別な傘なのよ」


 そう、胸を張って言った。


「乙女心と秋の空……だねえ」


 瀬奈が空を見上げ、予想外の雨に不満を漏らすかのようにつぶやく。

 まったくその通りだ。


 ウチが今日持っている傘は特別な傘。


 あの、夏の日。


 大好きだった人を忘れると心に決めた日に、その人から渡された特別な傘なのだ。



 ――乙女心と秋の空。


 夏の日にそう思ったウチは、今ではやっぱり、あきらめたくないと思うようになったのだ。


 空を見上げていた瀬奈はつぶやく。


さっきまで予想外の雨に不満をこぼしていたが、気持ちの切り替えは人一倍早い。



「でも、まあいっか。雨が降るっていうことは、虹を待つ楽しみが増えるってことだからね」




 ライバルは、果てしなく強い。

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