『フェリスの眼』小根子愛 著を読んで

フェリスの眼  小根子愛著 を読んで             笹葉更紗



 フェリスの眼は、いわゆるハードボイルド小説だ。美女二人組の大盗賊が貴重な財宝を追い求め……えっと……どういう話だっただろうか? 


 ゴールデンウィークということもあり、朝からずっとだらだらと本を読んでいる。

 高校に入学してから一か月、あまりにいろんなことが目まぐるしく移り変わり、読書に時間を割く余裕があまり作れなかった。

 それなのに、学校の帰りには本屋に立ち寄り、気になったものを購入していく毎日だから積読はたまっていく一方だ。

 ようやく訪れた連休に、朝からずっと本を読んでいるのだけれど、話の内容が全く頭に入ってこない。

 別に本がつまらないとかそういうことではないのだ。

 昨日の出来事が、ずっと頭から離れない。

 

 昨日、クラスメイトの黒崎君に告白された。

 彼はどの点をもってしても日の打ちようのないほどに素敵な男性だ。どうしてウチなんかにそんなことを言ったのかわからない。はじめは、からかわれているんじゃないかと思ったくらいだ。

 それなのに、心から素直に喜べない自分がいる。なんて贅沢極まりないんだろうか。そんな自分にまた、嫌気がさす。

 そんなあやふやなままの自分が黒崎君の申し出を受けたのは、それがひとつのケジメになるからと思ったのだ。

 昨夜の月はブルームーン。言えない相談。叶わぬ恋という意味を持つ。まさに自分に当てはまるそのままの言葉だ。


 朝になり、読書を始めたのだけど、心の隅に後悔が迫って来る。

 作中の女盗賊二人組が作中仲間割れをして、片方が奪った財宝を一人で持ち逃げしたあたりからすっかり頭に入らなくなってきた。

『そんなに大事なものを、むざむざ盗まれるほうが悪いのよ!』

 作中のそんな言葉に思わず涙がこぼれた。

 読んでいるはずなのにまったくストーリーが頭に入ってこないまま、無駄に時間だけが過ぎ、ページをめくる。

 そう言えば、連休の後半には黒崎君とどこかデートに行くという約束をしていたことを思い出す。

 デートって、いったい何をすればいいのだろうか?

 

 漠然と考えていた自分の理想のデート。

 本屋に行っておたがいのおすすめの本を買いプレゼントしあい、後日感想を語り合う。

 朝から図書館に行って、ずっとダラダラと本を読み続け、軽い昼食を取りながら感想を語り合う。

 そして、互いの誕生日には相手への想いを綴った短編小説を書いてプレゼントするのだ。

 これはおそろしく恥ずかしいことなのだけれど、それを照れくさそうに受け取り、ドキドキしながら読み終える時を隣で待つ……

 そんな馬鹿げた妄想に、あの黒崎君が付き合ってくれるわけないだろうなと思う。

 あるいは、きっと優しい彼のことなので、それさえも受け入れてくれるのかもしれないけれど、やはりそれはそれでつらいのだろう。

 こんなおそろしく恥ずかしいデートをまともに付き合ってくれる男性なんて、果たしてこの世にいるのだろうか……

 

 いや、たぶんいるのだろう。

 

 ウチが思いつく限り、そんな人はひとりしかいないのだけれど……


 ――いや、そうじゃない。


 はじめから、その人であることを前提として考えたデートプランだ。


 また、涙が零れ落ちてしまう。

 まったくウチはひどい女だ。恋人ができたばかりだというのに、別の人のことを考えてばかりだ。余計なことを考えるのはよそう。

 

 再び本を手に取り、続きを読むことにしよう。

 頭の中を、物語でいっぱいにして、ゆっくり眠り、気持ちを取り戻さなければならない。


 ――物語の続き、相棒に財宝を持ち逃げされた主人公は悲しみの中から立ち上がり、声たかだかに宣言する。


『奪われた財宝は、取り戻せばいいだけのことよ!』





注釈 『フェリスの眼』は架空の小説です。ぽりごん。さんのイラストに描かれた書籍を勝手に妄想しただけのものです。

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