第2話 『夫婦善哉』織田作之助著 を読んで  竹久優真

『夫婦善哉』織田作之助著を読んで             竹久優真

 

 『夫婦善哉』は織田作之助の出世作ともいえる小説。駆け落ちをした男女が苦労をともししながらも仲睦まじく暮らしていく物語。

 放課後に部室でこの小説を読んでから一人で下校する。『夫婦善哉』を読んだせいで、決して甘党ではない僕がどうにもあんこが食べたくなってきたのだ。秋口になり冷たい風が吹き始めたということもあるだろう。

 駅に向かう道を少しばかり遠回りしてたい焼きをひとつ買う。あまりにも熱いのですぐには齧りつかず、少し冷ましながら駅へと向かい、そこで瀬奈に出会った。

「あ、ユウも今帰り?」視線が僕の方ではなくたい焼きに向けられている。「めずらしいね、ユウが甘いものを食べるなんて」

「うん、ちょっとね。本を読んでいたらあんこが食べたくなって」

 瀬奈がどんな話なのかを尋ねるので、簡単にあらすじを語る。一人前のぜんざいを二皿に分け、男女で分け合うと縁が深まるという話。夫婦善哉と書いて、『ふうふよきかな』と読むという話。

「あ、じゃあさ。そのたい焼きを二人で分け合うっていうのはどう?」

 悪くない提案だ。何ならにやけてしまいそうな表情を必死で隠し、たい焼きを二つに割ろうとする――が、知る人ぞ知るこの柴田流のたい焼きの特徴は皮が薄く、あんがたっぷりで甘さが強い。つまり、二つには割りにくいのだ。

「じゃあ、こういうのはどうかな? アタシが半分食べてから、残り半分をユウが食べる」

 なんだそれは、イチャイチャしすぎだろ。断る理由なんてあるものか。

 頭の方から豪快にかじりつく瀬奈。

「あ、瀬奈も頭の方からなんだ」

 たい焼きをどこから食べるかというのは人類にとって最も答えのむつかしいテーマの一つだ。

「うん。ほら、しっぽの方ってさ、形的にあんがあまり入らないでしょ。だから少しあっさりしているの」

「そうそう。だから最後にしっぽを食べて口の中をすっきりさせたいんだよね――って、瀬奈。食べすぎだろ、半分どころかほとんど一人で食べてるじゃないか!」

「あ、ちょっとユウ。今ここで取るなんてずるいよ。今、口の中が甘ったるくなってるんだから最後にしっぽを食べてすっきりさせたいのに!」

「初めからそういう作戦だったのか!」

 田舎の駅のホームへ電車が入ってくる。僕は立ち上がり、電車には乗らずに駅舎を出る。

「ユウ、どこに行くのよ。電車乗らないの?」

「うん、やっぱり僕もたい焼きが食べたいからもう一度買いに行くよ。電車は次に遅らせればいい」

「まってまって、じゃあアタシもいく!」

「さっき食べたじゃん」

「もう一個食べたいの」

「じゃあ、しっぽの先まで一人で食べて口をすっきりさせる必要なんてなかったんじゃ――」

「いーの、いーの。アタシ、甘いの大好きだもん」

「――まったく」


 たまには、こういう甘ったるいのも悪くはない。

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