8.リリアンの居ない五日間⑤
四日目ともなれば、環境に慣れる者が大半であろう。アルベルトも例に漏れず、リリアンの居ない生活に慣れてきた。慣れ過ぎて、今はもう完璧に瞼の裏にリリアンの姿を思い描くことができた。そうしてリリアンに会えない寂しさを、幻影と会話する事で宥めたのである。
ちなみにだが、昨夜は一睡もしていない。リリアンの幻影と会えて嬉し過ぎたのと、会えなかった間のお互いの報告とで忙しくて眠る時間がなかったのだ。
——お疲れではない?
「大丈夫だよ、リリアン。お前に会えたから、疲れなんて吹っ飛んでしまった」
——それでね、お兄様ったら……。
「そうなのか。楽しかったかい?」
——今度はお父様と一緒に居たいわ。
「そうだね、きっとそうしよう。楽しみだ……」
アルベルトは瞼の裏のリリアンと会話を楽しむ。だが実際には、アルベルトの独り言だ。なにしろ幻影のリリアンの声は、アルベルトにしか聞こえていない。だからデリックとボーマンには、アルベルトがただ俯いて、手にしたブロマイドに何がしかを呟いているだけにしか見えない。
「うわ……」
「……む」
その姿は有り体に言って異常だった。
昨日、艶を失くしていた髪は、今はもう銀ではなく白髪に見える程にはぼさぼさになっていた。着ている服は昨日のまま、もしかしたら一晩中ずっとこの姿勢のまま項垂れていたのではないだろうか。デリックとボーマンは交代で休んでいたが、お互いに確認を怠っていた。相手の見張り時間中に休んだものだと思い込んでいたのだ。
二人は視線を合わせる。思っていたことは、きっと同じだろう。これはきっと一晩中起きていたに違いないと思ったのだ。目の下の隈が酷く、唇はがさがさ。頬がこけているようにも見えた。こんな状態のアルベルトは見た事がない。
その姿に、どうしてだか目を離せなかった。憔悴したアルベルトからは普段のきらきらした圧が喪失しているのに、存在感がある。あまりにも酷い状態だからだろうかとも思うが、きっと違う。これは、こういう生き物なのかも知れない。生まれながらにして、人を惹きつける何かを持っているのかも。こんなに酷い状態なのに視線を外せない事に、デリックは恐れを抱いた。
アルベルトは、そんな従者の事なんか頭に無かった。何故ならリリアン(の幻影)とのお喋りで、本当に忙しかったからだ。
——それでね、シルヴィアったらね。
「うん、うん」
——その時にルルが……。
「そうなのか」
——でも、ベンジャミンが駄目、と。
「それはいけない。私が何とかしよう……」
くひ、とアルベルトの引き攣った口から笑い声が上がる。
アルベルトの脳裏には、くっきりとリリアンの美しい笑顔が浮かんでいた。声もその耳ではっきりと聞き取れる。ただ唯一、温もりを感じることだけが出来ない。
——ふふ。お父様ったら。
笑顔のリリアンに、アルベルトはそれまで閉じていた目を開いた。
「……リリアン!」
思わず伸ばした手には、しっかりとブロマイドが握られていた。
そのブロマイドには、リリアンを思わせる装飾が施されている。カードスリーブ、のようなものだ。これがリリアンの銀髪の美しさを際立たせるのだ。本物の宝石と金、それから魔石を砕いて入れた特殊な塗料で、絵を保護する。リリアンを汚れや傷から守り、同時に飾る。絵の縁には額縁の様な装飾を施している。この為に使われているのはエメラルドと金だ。リリアンの絵の部分には絵の色合いに影響が無いよう、無色透明の樹脂に状態維持の為に魔石を砕いて塗ってある。その保護は、ガラスの様に光を反射する。それと一緒に装飾部分のエメラルドと金がきらきら輝く。それに負けないくらい、リリアンの髪、瞳も、美しく光っていた。
平原の只中にあってそれは非常に目立っていたのだ。
アルベルトがブロマイドを掲げたその時、すいっと影が差したのをデリックは感じた。鳥か、と思い、見上げて、デリックは目を見開く。
「旦那様!」
デリックが見た鳥はやけにでかい。ただの鳥ではない、魔物だ。それが滑空している。その行く先は、どうしてだかアルベルトのようだった。
普段のアルベルトであればその声に反応し、魔法で撃ち落とすなりやっていただろうが、今の幻影と会話をしている状態でそれは不可能だった。デリックの声はまったくアルベルトに届いていなかったのだ。
その真っ黒な鳥の魔物は、一直線にアルベルトに向かう。
この魔物の特性として、きらきら光る物に惹き寄せられるというものがある。自然界では水面くらいでしか見られないそれに、物珍しさに寄ってくるのだ。
それが今、この平野には輝くものがある。リリアンのブロマイドだ。宝石と金、魔石を砕いて飾ったそれは、陽の光を反射させきらきら輝いていた。平野に他にあるものといえば背丈の低い草ばかり、あとは露出した岩だけだ。そこにひとつだけ光るものがあれば、なんだろうと近付きたくなるのも道理である。ある意味でいい的だったのだ。更にそれが高く掲げられていれば尚更。
あ、と思った時には遅かった。鳥の魔物は器用にブロマイドに狙いを定めると、嘴で摘んでアルベルトの手から抜き取っていった。
一瞬の出来事だった。咄嗟に視線で追った時には、魔物はすでに手の届かない範囲まで移動していた。
アルベルトの耳には、聞こえないはずの悲鳴が聞こえていた。それくらいブロマイドにリリアンを見出していたのだ。
——きゃあ!
——お父様、助けて!!
声だけでなく、こちらへ手を伸ばす娘の姿まで見える。
「リリアーーーーン!!!」
アルベルト一生の不覚である。まさか目の前で、リリアンが攫われるだなんて!
すぐに立ち上がり、鳥を追う。乗るのもまどろっこしいから、アルベルトはやはり馬を使うことはしなかった。全速力で駆けていく。
「あ、ちょっと、旦那様!」
それに慌てたのがデリックとボーマンだ。アルベルトの身の危険、というものには危機感を覚えていないが、護衛対象から離れてしまうのは良くない。ましてや相手は公爵当主だ、デリックかボーマン、どちらか一人は側についていないと、何かあった時に対処できない。何か、というのはこの場合、アルベルトの暴走である。辺り一面を火の海にしないためにも、抑制しなければならない。
デリックは叫びながら駆け出した。
「ボーマン、お前は残れ!」
ボーマンは大柄ゆえに体力はあるが、小回りが利かない。おそらく森へ向かうだろう魔物とアルベルトを追うのなら、俊敏なデリックの方が都合がいいだろう。すでに豆粒のようになってしまっている背中を追って、デリックは顔を歪めた。
「旦那様ぁ! 頼むから、森焼くのだけは勘弁な!」
絶対に聞こえていないし、なんなら聞こえていたとしても無視されただろうが、主張せずにはいられなかった。
◆
アルベルトは走った。走って走って、その魔物を追った。
魔物は想像通り山の上を飛んでいった。それを追って、森へと入っていく。森は昨日入った森だ。高い山の北側の斜面となるので薄暗いが、背丈の高い草は少ないから多少は進みやすい。落ち葉と腐葉土を巻き上げて、魔物の飛んでいった方向へひたすら走る。
さすがに森に入ると、樹木で魔物の姿は見えなくなってしまう。なのでアルベルトは昨日のように魔力を放出した。全方向ではなく、前のみに限定してしまえば結構な距離まで伸ばすことが出来る。王都までは無理だったが、山の中を把握するくらいなら問題ない。遠慮なく魔力を出して魔物の追跡に充てた。その為見失う事はなかったが、さすがに森の中なので思った様に走り抜けることが出来ない。思うように追い付けなくて、アルベルトはどんどん苛ついてくる。
「おのれぇ……!」
そもそも、ブロマイドを魔物に盗られるなどという前代未聞の失態を、どうして許せるだろうか。アルベルトは魔物にもそうだが自分にも苛立ちを覚えていた。そのせいで気持ちがささくれ立っている。そのささくれは、魔力にも影響を及ぼしていた。魔力の操作には精神状態も重要になってくる。例えば、やる気があればその勢いが魔法にも出る。ささくれ立っているこの時のアルベルトの魔力は、言うなれば棘まみれの棒を振り回しているような状態だった。それが、魔物の後を追う為にあちこちへ向けられる。森に棲みついている魔物達からしてみればたまったものではない。なにしろ、棲家に棘付き棒を振り回して引っ掻きまわす奴が乗り込んできている様なものなのだ。
「無事で済むと思うなァ!!」
しかも、殺気が凄い。逃げ出すのは必定だろう。
こうしてアルベルトの駆け出した先から、山中の魔物が一目散に逃げていった。険しい山を避けた結果、逃げ出したのは、あの平野である。
◆
「うん?」
森の縁で、ガードマンは異変に気付いた。部下達が入っていった森を見渡せる位置で、調査の終わりを待っていた彼の耳に地鳴りのような音が届いたのだ。ドドド、という音と、それと呼応するように、地面から振動を感じる。
「何事だ?」
ガードマンと、共に見回りをしていた部下達は周囲を警戒する。と言っても背後は見渡しのいい平野だ、そちらからではないだろう。音のする方向は間違いなく森。しかも音と振動が徐々に強くなっている。これは只事ではない、と身構える者が出る中で、異変は起こった。
「副団長、あれを!」
「むっ!?」
一人の騎士が指差した先を見れば、森の中で樹木が倒れている。
「なんだ? 山崩れ……!?」
もしや、土砂崩れが起きたのだろうか。それならこの音も振動も理解できる。だが、それが見える範囲全体、いや森全体で起きているのはどういう事だろう?
ガードマンは、側に控えていた一人を急ぎ拠点へ向かわせた。
「何が起きているかわからん。拠点に戻り、全員緊急事態に備えさせよ!」
「はっ!」
「それから、アルベルト様にもこの事を……」
知らせるように、と伝えようとした時、森の途切れ目から何かが飛び出して来た。小さな影だ。
「なんだ?」
小さな影は騎士と騎士の間を走り抜けていった。よく見ると兎だった。さっきまで生き物なんて見なかったのに、と思っていると、その兎と同じようにして、次々と森から生き物が飛び出してくる。それらをよくよく見ると野生動物ではなかった。魔物だ。さっきの兎も、その後に続いた生き物も、普通の動物にはない蹄や角を持っていた。
「魔物……!?」
それを認めたガードマンは、即座に剣を抜いた。騎士達も異常に気が付いたのか、ガードマンに続いてそれぞれ構える。が、森からは続々と魔物が飛び出してきていた。鼠のような小さなものから、猪のように大きなものまで様々。本当に山中の魔物が降りて来たようにしか見えない。
「これはいかん!」
数が多い。ガードマンは持ち前の大声量で叫んだ。
「全員、拠点まで下がれ! そこで迎え撃ーーつ!!」
◆
「くそっ、どうなってんだあのお方は!」
デリックは悪態をつきながらも駆ける。急いで追いかけたけれども、アルベルトの姿を見失ってしまったのだ。だが、たまに聞こえてくる「リリアーーン!」という叫び声が、デリックに位置を伝えてくる。それが瞬く間に遠ざかって行くものだから、デリックは焦った。
「山ん中だぞ!? おかしいだろ!!」
どうやらデリックのアルベルトに対する認識というのは間違っていたらしい。規格外だと思っていたがここまでとは。アルベルトの移動速度は異常だった。デリックが平地を駆けるよりも早いのではないかと思う速度で、森を移動している。そうでもしなければ空を飛ぶ魔物を追うことなど不可能だろうから、本気で追おうとすればこうなるだろう。けれどもそれを本当に実行するなど思わないではないか。
「畜生!」
どうやって実行しているのかわからないが、追い付けそうにない。けれど、このまま戻る訳にもいかなかった。仕方なくデリックは見えないアルベルトを追う。
「旦那様ぁ!!」
◆
もちろん、そんなデリックの声など、物理的にも精神的にもアルベルトには届いていない。デリックの遥か前方で、アルベルトは怒りに任せて叫んでいる。
「そこかァ!!」
びゅん、と風を割くのは、魔法で作った氷の槍だ。木の枝の影からブロマイドを盗んだ魔物を狙ったが、すんでのところで回避されてしまう。アルベルトは盛大に顔を歪めて舌打ちをした。
普段なら、きちんと当てているはずだ。走りながらとはいえ、どうしてだかいつも以上に魔法の精度が悪い。悪いと言うか、悪すぎる。
アルベルトは自覚していなかったが、三日ほどリリアンに会えていないことが大きな影響を出していた。気力が削げ、体力が落ちている。更に言えば昨日寝ていないせいで集中力も無い。膨大な魔力を持つアルベルトは、魔力のお陰で若々しい肉体を保っている。それでも四十半ば、寝不足で気力が落ちていて頭に血が昇っていれば、そりゃあ上手く力を扱えなくて当然だろう。
だが、冷静でないアルベルトがそれに気付くことはなかった。あちこちに魔法を放ち、索敵の為に魔力を放出し、森を縦横無尽に駆けるものだから、森中の魔物がそれから逃げだそうと走り出す。
「ぬあぁーーー!!」
ただ良かったのは、アルベルトが標的を鳥の魔物に絞ったことだ。今もまたしゅるりと魔物は魔法を躱したが、樹木や山の地形には影響を出さなかった。アルベルトの放った魔法に限った話だが。
森の魔物達は、巻き込まれないようにするので精一杯だ。あの恐ろしい魔力から出来るだけ遠ざかろうと、山を下へ下へと降っていった。
◆
そんな訳で、山から降りて来た魔物達を平野で迎え撃つ羽目になった騎士団の一行は、山の調査をしていた団員を呼び戻し、総員で討伐を行なっていた。そこでガードマンは、アルベルトが山へ入ったことをボーマンから聞く。
「なんと、アルベルト様が!?」
経緯は不明だが、魔物を追ってアルベルトは山へ入って行ったという。
「むう……と言うことはこれは……」
ガードマンは次々やってくる魔物に対応するよう、的確に指示を出しながら考える。
先日の様子から、アルベルトは魔物の気配を感知しているようだった。それで今日、山に単身入り、魔物の追い出しのようなことをやる。もしかすると先日、放置しておくとまずい魔物の気配を感じ取ったのではないか?
だとすればこれは、その魔物を騎士団に排除させる為の追い出し。この数を討伐させるとなると労力もかかる。きっと排除と同時に騎士達を鍛えようというのだ。ああ言っておきながらもアルベルトは、きちんと王の指示通りに役割を果たそうとしている。
「さすがはアルベルト様! 我らを鍛えるためにこのようなことをなさるとはぁ!」
ガードマンはそのように考えた。ならばガードマンを始めとする第二騎士団の者達は、アルベルトの期待に応えねばならない。
すう、と目一杯に息を吸い込んだガードマンは、胸を反らせる。それを見た騎士達はぎょっとして、慌てて耳に手を充てた。
「いよぉーし!! 皆、獅子奮迅せよぉーー!!!」
それでもキンと耳に響いて来るのだから、ガードマンの声量は色々とおかしい。ぐわんぐわん揺れる視界をなんとか振り払って、おう、と返す騎士達は、伊達に第二騎士団をやっていない。副団長のでかすぎる号令にも復帰が早いのだ。
詳細はともかくとして、山から大量の魔物が降りて来ている今、これをどうにか出来るのは間違いなく自分達だけ。それを理解しているから、誰もが懸命に剣を振るう。ガードマンも自ら剣を取り魔物を屠っていく。
狐のような魔物が、鋭い爪を繰り出してきた。ガードマンは落ち着いて、魔物の腕を落とすように剣を振り下ろした。それで戦意を削がれた魔物はガードマンから離れるように下がったが、そこを他の騎士によって討ち取られた。
その向こうでは、なんと熊のような魔物が咆哮を上げている。魔物の方も必死だ、強大な魔力を放つ何かから逃げて来たというのに、逃げた先では人間が同胞を襲っているのだから威嚇もしたくなる。咆哮で驚いた何人かの騎士が動きを止めた。そこを熊の魔物が狙う。が、背後から長身の魔導士が魔物を襲った。風を巻き起こし、魔物の動きを阻害する。今度は魔物の方がそれに驚いているうちに、一人が切りつけ、それに二人目が続いた。襲われた魔物が太い腕を振り回して抗うが、先程より大きな突風が魔物の表皮をずたずたに切り裂いた。深く切り付けられた魔物は、ずしんと音を立てて地面に倒れる。意識を失っただけかもしれないので、念のためにと騎士が首に深く剣を突き刺した。びくんと痙攣をした胴体は、そのまま動かなくなった。
小さな魔物も、数が集まれば脅威となる。鼠の大群が平野を駆けて来る様はぞっとするものがあった。が、大群が辿り着く前に、癖っ毛の魔導士が魔法を発動させた。地面に描いた魔法陣に杖を突き立てる。杖の先端の宝石が光って、中央から魔法陣も光を上げた。光が魔法陣の外側まで達すると、鼠の駆ける先、魔導士の前で、地面がぼこりと喪失した。鼠は全力で駆けていた。そのせいで止まることができず、喪失した地面に落ちて行くしかなかった。そうして大群が一匹残らず消えた後もう一度魔法陣が光り、喪失した地面が元に戻る。草の無くなったその一面には、もう他の生き物はいなかった。
「ぬうっ! まだやって来るか!」
ガードマンは森を睨みつけた。地鳴りは止んでいて、山崩れのような崩壊も止まった。だが、砂塵を上げて森からやってくる魔物の群れは続いている。確かに数は減っているのだろう、先程までの集団とは密度が違う。
「副団長」
呼ばれてガードマンは己の部下を振り返った。部下は息を切らしてはいるが、まだ疲労の色は薄い。けれども額には汗が浮かんでおり、その表情は緊張を孕んでいる。
「被害は」
「軽傷者が何名か。重傷者はおりません。が、数があまりにも多く、このままでは」
「むう!」
辺りを見回せば、拠点としていたテントは埃や魔物の亡骸で崩れていて、ぼろぼろだった。荷物が燃えていないのが幸いだ。団員はそれぞれ班ごとに統率の取れた動きが出来ていて、確実に魔物を倒してはいるが、長丁場となるといつまで保つか。そもそも、こんな大規模の討伐は想定されていなかったから装備も少ない。一旦恐慌状態に陥ってしまえば、崩壊はすぐだろう。
アルベルトの護衛としてやってきたボーマンも素晴らしい働きで貢献してくれていた。さすがはヴァーミリオン家の騎士といったところだ。彼はまだ余裕がありそうだったが、いつまでも主人の側を離れたままと言う訳にも行くまい。
「……む? そう言えば、アルベルト様は何処に!?」
ガードマンははっとして周囲を見回す。アルベルトが山へ入ったと聞いてから魔物を倒しまくり、随分と時間が経っている。が、戦場のどこにもあの銀髪が見えない。魔法の片鱗も無い。
ガードマンの言葉に、部下も慌てる。
「自分は、森の方を見ておりましたが、お姿は見ておりません。どうしますか、人員を割きますか」
「いや、それはできん!」
やたら声がでかいのが欠点であるが、ガードマンは軍人としては有能な男だ。戦局からすると人を割く余裕は無いと判断した。
「まずはここを凌げ! アルベルト様の捜索はそれからだ、もしもボーマン殿が離れられると言うのであれば、森までご助力するように!」
「はっ!」
そう指示を出し、部下がボーマンへ駆けて行くのを見送って、ガードマンは剣を握り直した。
ここまでの混戦、しかも結構な規模だ、自分が覚えている限りではここまでの討伐は十数年振りである。訓練は行っているものの、自分の体力が確実に落ちている事を実感せずにいられない。部下達だって普段は数体の魔物を相手取る事がたまにあるだけ。よくもまあ、それでこれだけの動きが出来るものだ。常日頃の訓練は無駄では無かったのだ。
「これを確認出来たのもアルベルト様のお陰であるな……!」
ぎゅっと握った剣で、突っ込んできた魔物を打ち払った。魔物はぎゃん、と声を上げて吹っ飛ぶ。吹っ飛んだ先、起き上がろうとしたところを、水柱が魔物を襲う。眼鏡の魔導士の魔法だった。
「やりよるなあ!」
水柱によって魔物は仕留められたようだ。もう四肢が動く事はなかった。
それを見て、ガードマンはこっそり残念に思うところがあった。もしもアルベルトであれば、同じ水柱を同時に十個以上出して、一気に魔物を殲滅したに違い無い。
ガードマンは知っている。あの、王に向かってツーンとそっぽを向いた男が、凄まじいまでの魔法を操る事を。魔力を一切持たないガードマンだが、それがどれ程偉大なことなのか分かっているつもりだ。実を言えば、今回の演習で、アルベルトの大規模な魔法を見てみたいと思っていたガードマンは、この場にアルベルトが居ない事に少しがっかりしていたのだ。
とは言え、自分には役割がある。第二騎士団を率いる身として、この場をなんとか切り抜けなければならない。
ふんがーと叫んで気合いを新たに入れ直し——不意を突かれた者が数名、意識を飛ばしかけたが——森の方へ再び視線を向けると、そこに待ち望んだ人の姿を見付けた。
「あれは……!」
砂塵を上げてこちらへ向かって来るアルベルトの姿があった。
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