4.娘を害するものは羽虫だろうと容赦しない②
「——この、愚か者が!!」
パーティー会場を辞して、屋敷に戻ったシュナイダーはさすがに娘を叱った。怒鳴りつけられたセレストはびくりと肩を竦めて目を瞑る。凍っていた右手が赤くなって痛ましいが、軽い霜焼けで済んだのだからまだましだ。
「なぜあんなことを」
「だって、ルーファス様を蔑ろにするから! ルーファス様の婚約者はわたくしなのに!」
はあ、とシュナイダーはため息を吐いた。長年彼を困らせる頭痛の種。娘の気持ちが分かるから、なおのことたちが悪かった。
ルーファスは第二王子である。そして、アズール公爵家は国の主要な公爵家。後継する男児が居らず、いるのは一人娘のセレストだけ。それでかなり早くからセレストとルーファスとの婚約が結ばれた。ルーファスはアズール公爵家に婿入りすることになっている。これはもう決定事項となっているのでよほどのことがないと覆らない。だからセレストは安心していいのだが、問題なのはルーファスの方だ。先のパーティーでの行動の通り、彼はヴァーミリオン家のリリアンにご執心なのだ。
というのも、ヴァーミリオン家と王家は子供達が幼少の頃からよく交流があったそうだ。現に王太子マクスウェルとヴァーミリオン家嫡男レイナードは同世代で兄弟のように育っている。その下のルーファスとリリアンは、兄同士が会うものだから接点があった。そんな中、可憐なリリアンに、ルーファスのほうが想いを寄せたようなのだが、その頃にはもうルーファスとセレストの婚約は済んでいた。幼い時分のことだ、そういうこともあるだろう。だが、王侯貴族ならば己の立場を弁え受け入れるところを、ルーファスはいまだに諦めきれずにいるようだ。
これに頭を痛めているのは、なにもシュナイダーだけではない。国王も、聞き分けのない息子に手を焼いていると聞いた。王妃や兄からも諌められているようだが、ルーファスはリリアンの後を追うのをやめないから、セレストは気が気じゃない。悪いのはどちらかと言うとルーファスなので、シュナイダーはセレストを強く叱ることができない。
ではリリアンはルーファスをどう思っているのかというと、王妃いわくそういうのはないそうだ。会話の内容はルーファスが常に空回っているとかで、リリアンはルーファスが好意を持って接していることにすら気付いていないようだとか。だから王妃はいつもセレストに「大丈夫よ、心配しないで、己を磨き続けなさい」と言い続けていると報告が上がっている。一度王妃に直接話を聞く機会があったのでそれとなく訊ねると、「リリアンはルーファスを弟としか思っていないから、本当に大丈夫。むしろ相手にされていなさすぎて心配になるくらい」とのことだったので、シュナイダーとしては娘にはどっしりと構えていて貰いたいのだが。それでもなにかにつけて婚約者が自分ではない女性を追っていれば不安にもなるだろう。
故に糾弾されるべきはルーファス王子である。だがそれは原因はなにか、であって、セレストがリリアンに嫌がらせをしていい理由にはならない。ましてやわざとジュースをかけてやろうだなんて、人としてやってはいけないことだ。そして、それによってあのアルベルトの逆鱗に触れるなど、最もやってはならない。
もう一度、深くため息を吐く。
「いいかセレスト。王妃様もおっしゃっているだろう。ルーファス殿下の婚約者は間違いなくお前だし、リリアン嬢とどうにかなることなんて無い。だから安心しなさい」
「そんなこと分かってるわ!!」
セレストの叫びが響く。向けられていた怒気による恐怖と、どうにもできないやるせなさとで、セレストは涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「ルーファス様の婚約者はわたくしよ。あの子じゃないわ。ルーファス様だってきっと、本気じゃないのよ。でも、だからって、あんなの……見たくない……!」
セレストは言って、ついに声を上げて泣き出してしまう。見かねてシュナイダーは駆け寄り、ハンカチを娘に差し出してやった。
「お前がそんなに辛いなら、相手はルーファス殿下でなくともいいんだぞ」
「……いいえ、お父様。わたくしは……ルーファス様がいいの」
セレストはいつもそう言った。それも、シュナイダーを悩ませた。
「ルーファス様ぁ……」
なかなか、涙は止まらなかった。
◆◆◆
パーティーから数日後。王城の一室で王と王妃、それから王太子は、第二王子に懇々と言い聞かせていた。内容はパーティーでの振る舞いについてだ。よくよく反省し、見直すようにと言っているのだがルーファスは顔を歪めるばかり。
「いいかルーファス、まずはきちんと謝罪をするんだぞ」
「分かってるって言ってるだろ。何回同じ事を言えば気が済むんだよ」
「言ってもお前が実行しないからだろう」
顔を合わせれば同じ事を繰り返すので、いい加減ルーファスも嫌になっていた。
あの日、ルーファスの振る舞いが家族に伝わり大目玉を食ったのだ。何年も同じ事を繰り返し、成長した今になっても同じ事をしでかす。そろそろ大人の仲間入りをする年齢に近くなっているのだし、いい加減誠意のある行動をしろと、そう言い聞かせているわけだが、いつまで経ってもルーファスの行動は変わらない。幼い頃には許されていたことでも今ではそういうわけにはいかない。
とにかくルーファスが婚約者を傷付けたことに相違ないから、王妃はこのままにしてはおけないと言い切って、セレストを城へ招く事にした。きちんとルーファスに謝罪をさせるためである。幸いにもセレストは応じてくれたから良かったが、本来ならルーファスの方から出向いて欲しいものだ。
それからついでに王妃はアルベルトのことも呼び付ける。騒ぎがあったことが王と王妃の耳に入り、明らかにやり過ぎていたから、ようは「お前も一緒に謝っておけ」とそういうことである。アルベルトは当初渋っていたが、リリアンがちらりと視線を投げかけた直後に応じたという。なんとも呆れる話である。
ただこの数日間、ずっとルーファスが拗ねた態度を取っているものだから、直前になっても言い聞かせる羽目になっている。アルベルトを交え、一家はルーファスを諭している最中である。
「反抗期かしらねえ」
王妃シエラは頬に手を当て、夫のグレンリヒトに視線を向けた。
「マクスがこの年齢の時にはこんな事あったかしら?」
「こいつはほら、あの子にベタ惚れだったから」
「あら、そうだったわ。あの子に相応しい男になるんだー、って一生懸命だった時期ね。良かったわねマクス、頑張った甲斐があって」
「父上母上、それは今関係ないから」
「んまぁ。照れちゃって」
マクスウェルは「んん!」と咳払いをする。両親に
「でもルーファス、本当にこのままではだめよ。セレストちゃんが可哀想だわ」
母の言葉にルーファスはむすっとした顔で答える。
「……謝罪はする」
「それは当たり前のことよ」
シエラはズバッと言い切った。
「当たり前のことをしただけで許して貰えるだなんて甘くてよ」
「その通りだぞ愚か者め」
「過去何度、お前は同じ事をしたかしらね? その度に彼女は傷付いていた。傷は塞がっても痛みは残るのよ、それを帳消しにできるとでも思っていて?」
「そうだそうだ」
「それは都合が良すぎるというものよ。仮に同じだけ、彼女がお前との約束事を
「許されんよなあ」
「過去お前が行ったことさえ許されないのに、今回ダメ押しをしておいて、どうしてそういう態度が取れるのか不思議だわ」
「不誠実なガキめ。お前みたいなのを馬鹿というんだ」
「……ちょっと、アルベルト。貴方は黙っていてちょうだい」
「なぜ?」
「なぜ、じゃないわよ。貴方がルーファスにあれこれ言える?」
「言うとも。こいつがリリアンに近付かなければあんな事は起こらなかったからな」
「戦場でもないのに魔法の出力を上げ過ぎて丸腰の女の子を震え上がらせるだなんて、歴代最高の魔導士が聞いて呆れるわ。それでよく言えるわねえ」
「……貴女のナイフの切れ味は相変わらずだな」
「あら、どうも」
シエラは合いの手で野次を飛ばすアルベルトのこともばっさり切り捨てる。容赦のない彼女の言葉はアルベルトにぐっさり刺さった。やや勢いを削がれたアルベルトに、言われっ放しだったルーファスがふん、と鼻を鳴らす。
「叔父上ともあろう方が情けない。一体どんな強敵が居たっていうんだ、パーティー会場に?」
母は口が達者なので敵うわけがないから、矛先をアルベルトに向けたのだろう。鬱憤を晴らすようにふんぞり返っている。
「あぁ?」
だが、アルベルトも負けてない。ギン、と目を吊り上げてルーファスを睨みつける。
「そんなもん居るわけ無いだろう。王宮の重鎮が集まるのにそんなのが紛れ込んでいるのか? ふうん、随分と
「な、なんでそうなる! そんなわけないだろ!」
「そうだな、そんなわけがないな。だが、お前の口ぶりではそうとしか受け取れなかったが?」
「それは、叔父上が魔法の加減を間違えたっていうから、それで」
「ほーぅ? 私をあげつらうつもりが、王の警護に文句をつける結果になったと言うのか。もうちょっと頭を使って話す癖をつけた方がいいんじゃないのか、王族としての自覚があるのかね君は」
「そ、そ、そういうのじゃない!」
「じゃあどういうのなんだ? うん? 言ってみろ、ほれ」
「うううう」
「魔法のことだってお前にとやかく言われる筋合いはないな。持って生まれた単属性でさえ扱えないお前に何が分かる? つむじ風ひとつ起こせずよく言えるな」
「ううううううう」
「……叔父上、ちょっとその辺で」
「唸ってないで何か言って……なんだマクスウェル、今いいところなんだが」
「子供を苛めておいていいところとか言わんで下さい」
マクスウェルは頭痛のする思いでため息を吐く。レイナードはいつもこれを止めているのかと思うと、ちょっと苦労が分かる気がする。
「言い方ってもんがあるでしょうが。それに今はセレスト嬢にどのように接するべきなのか、それを教え込むのが先決だ」
「教えた所でこいつが態度を改めるか?」
「改めさせるのが俺達のするべき事でしょう」
マクスウェルの言葉に、アルベルトは息を一つ吐く。
「そもそもこいつがリリアンに付き纏うのは、小さい頃のリリアンのあまりの可憐さに目が眩んで一目惚れしたからだろう」
ルーファスがぎょっと目を見開く。
「そ、それは!」
それには構わず、アルベルトは続けた。
「今ももちろん素晴らしいが、あの頃のリリアンは本当に地上に舞い降りた天使の様だったからそれは仕方がないとは思うが」
「そうねぇ。小さい頃は本当に愛らしかったものねぇ。今はとっても美人だけど」
シエラの言葉に当然だ、とアルベルトは大いに頷いた。グレンリヒトとマクスウェルは呆れ返って半目になった。ルーファスは、真っ赤な顔でぷるぷると震える。なぜ家族に対して、他人に恋心をバラされなければならないのか。思春期を迎えている彼にはとても耐えられなかった。しかも的確に言い当てられているのだから目も当てられない。
「とは言え、セレスト嬢との婚約が済んでいるのだったら、彼女を優先するべきだ。本来の気持ちがどうであろうとな。それが王侯貴族だ、彼女だってそれは理解している」
アルベルトはびしっとルーファスを指差した。
「その点こいつときたら! 分別のある年頃になってまで改めないどころか公の場でも変わらない態度を取る。王族どころか紳士としてあるまじき行為だぞ、それは」
その言葉にルーファスは顔を歪めた。その言葉は正論である。さっき大人げなくルーファスを煽っていたアルベルトには言われたくなかったが。
アルベルトの態度はともかくその言葉だけは正しかったので、グレンリヒトもマクスウェルも何も言えなかった。シエラはというと、「そうよねえ」と紅茶を啜っていて息子を庇う素振りは一切ない。
アルベルトはそれを見回す。誰がどう見ても分かりきっている、だから、それをどうしてルーファスが行うのかと言うと、理由はひとつしかない。
「分かってて態度を変えないんだ、こいつは」
「ぐっ」
ルーファスは息を呑んだ。その通りだ。分かっていても、ルーファスは行動を改めてこなかった。アルベルトの指摘は正しい。
「そんな奴にあれこれ言ったところでなーんも変わらん」
「うっ、うう」
「こいつは王族としての立場より己を優先しているんだ。なぜなら」
「うわああああああああ!!」
ルーファスは、アルベルトの言葉を遮るように大声を出して、扉に突っ込んだ。そのまま勢いよく扉を開けて走り去っていく。
「ふん、腰抜けめ」
「アルベルト、お前なぁ……」
言い過ぎだと言わんばかりのグレンリヒトの呆れた声に、アルベルトは振り返った。
「兄上と
「うーん、それを言われると」
「あなた」
妻の声に、グレンリヒトは気まずそうに視線を逸らす。
「アルベルトの言う通りよ、癪だけれど」
「……そうだな。早過ぎたんだ」
王は、重苦しくため息をついた。
「婚約者を決めるのも、あれに覚悟を決めさせるのも」
かちゃりとカップを持ち上げる。その中の紅茶に映る自分は、ずいぶん老けて見えた。
「ままならんなぁ」
ルーファスは走った。とてもではないがあの場に居られなかったから。
ルーファスは早熟だった兄と違って、実年齢よりややゆっくり成長していた。王太子である兄とは違い、ルーファスには少しばかり緩めの教育がされた。両親が子育てというものに若干慣れたのもあるだろう、急ぎ過ぎる必要はないと、のんびりとゆとりのある環境で育てられた。本人の資質もあって、同世代の貴族の子供にはある大人のような落ち着きはなく、子供らしさを持った幼少期だった。つまり、精神的に幼いのだ。
小さい頃はリリアンを追いかけるのに忙しく、後に付いてくるセレストを振り返ることはなかった。二次性徴を迎える頃、ようやく婚約者が傷付いていることを知った。だけど彼女は気にしてない風だったので、そのままでいいのだと思った。それから数年経って、公爵家に婿入りするルーファスに対し本格的な後継の教育がなされるようになると、両親や周囲から頻繁に小言をもらうようになった。今のままではいけないと、そればかりを言われる日々。
(セレストなんて頼んでない。リリアンを想う気持ちを捨てなきゃならない理由がわからない!)
だが反面、それではいけないということも理解できていた。理解はするが、気持ちを変えることができない。変えるに足る理由が見つからない。
(だって叔父上はあんなに自由だ。俺と同じ第二王子なのに)
二番目なら、公爵家に行くなら、自由でいいはずだ。同じ第二王子で公爵となったアルベルトのように。
同じ公爵家に行くなら、アズール家でなくてもいいはずだ。ヴァーミリオン家でもいいじゃないか。
(なのになんで!)
不誠実な真似をしていることは理解できていたが、どうしてもセレストのほうを向くことができない。
(綺麗すぎるんだ……)
視界に入るリリアンが眩くて、どうしてもルーファスはそちらへ吸い寄せられてしまう。そのルーファスの後ろではセレストが泣いているのも理解できた。
(どうして)
ルーファスには理解できない。どうしてこんなにも、リリアンに魅せられてしまうのかが。
(どうして……)
ルーファスは足を止めた。息が上がって苦しいが、リリアンのことを思い浮かべるともっと苦しくなる。それで更に、セレストのことを考えることができなくなるのだった。
セレストはとぼとぼと歩みを進める。王妃に呼ばれたので城へ来たはいいけれど気が重かった。また、仕方なさそうな顔で謝罪するルーファスを見なければならないのかと思うと、進む気になれなかった。
セレストが婿を迎えることになったのは、彼女がまだ幼い頃のことだ。両親に連れられ王家に顔合わせに出向いた際、夫人に手を引かれたセレストはルーファスに出会った。そしてその横顔に惚れたのだ。
きらきらした髪、ふくふくのほっぺ、輝く瞳。セレストはそんなルーファスを一眼見て、物語の王子様そのものだわ、と夢中になった。
そしてその直後に知ったのだ、彼が誰かを目で追っているのを。その、誰かを追う目に、自分が惚れた事も。
(ルーファス様はあの頃からリリアン様を追いかけていた。わたくしとの婚約の話が出たのは、本当はその後なのよ。ルーファス様が当時自覚が無かっただけで)
セレストは、セレストだけは気付いていた。幼いルーファスが誰を想っていたのかを。そして「誰かに夢中なルーファス」に夢中になっている自分を自覚した。あんなに瞳を輝かせて、一点を見つめるルーファスは、セレストには本当に魅力的に見えたのだ。ルーファスの見つめるその先が自分であったならと思わずにいられないが、でも初めから彼がこちらを見ていたら、セレストはこんなに夢中になっていただろうか。セレストは目を閉じて幼い頃を思い出す。初めて見たあの横顔、あれだけが、どうしてだか瞼から消えない。これまで何度も何年もルーファスを見ているけれど、これを掻き消す姿というのは今まで無かった。
(これから、そんなものがあるのかしら)
そう思って、セレストは重く息を吐いた。そんなことはきっと無い。ルーファスが自分にあんな目を向けるとは思えない。あの日だって一度も、ルーファスはセレストを見たりなんかしなかったから。
重くて重くて、とてもじゃないが足を動かせない。回廊が庭園に差し掛かったところで、セレストはもうそれ以上進む事が出来なくなってしまった。明るい日差しが眩しくて見ていられない。視線を伏せて俯いて、そのまま立ち止まってしまった。
人の少ない場所を選んで歩いていたので、辺りには人気が無い。誰にも会いたくないセレストはそれを確かめ、ほっとした。そしてそんな自分に笑ってしまった。なんて情けない。一番位の高い公爵家の娘として厳しい教育をされてきたのだから、こんなの割り切るべきだと、そう思っていたのに。どうやら今回は、自分が思った以上に堪えていたらしい。こうなったらもう、いっそ遅刻してしまってもいいかもしれない。セレストは半ばやけくそになって、このまま気持ちが落ち着くまで過ごしていてもいいかもと、庭園に出た。その時だった。庭園の向こう側の回廊から、誰かが飛び出してきたのだ。
「ルーファス様」
誰か、なんて、セレストにはすぐわかった。セレストが彼のことを見間違うわけがない。だって、いつもいつも彼の姿を探しているのだから。
でも今は会いたくなかった。それはルーファスの方も同じだったようで、彼は名前を呼ばれて顔を上げると、すぐに固まってしまった。セレストはその顔を見て、失敗した、と思った。名前を呼んだりせず、物陰に隠れてやり過ごした方が良かったのかもしれない。
ルーファスの方も、心の準備ができないままセレストに会ってしまったことで硬直していた。それで気まずくてお互いに声を掛ける事ができない。
けれどそのままというわけにいかず、困ったセレストはひとまず礼儀作法のままに礼をする。
「ルーファス様、招集に応じ参上致しました」
「あ、ああ。楽にするといい」
「ありがとうございます」
すっとセレストは姿勢を戻すが、それきり言葉が出て来ず、しばらく沈黙が続いてしまう。
(くそ、こちらに向かっているんだから、そりゃあ会うに決まってる。戻りたくないが、そういうわけにもいかないよな……)
(出迎えに来て下さったのかしら? ……いいえ、そんなわけがないわね。じゃあもしかして、わたくしに会いたくなくて、それで部屋に戻る途中だったのかしら。もしもそうだとしたら……考えたくないわ……)
そうだったら、セレストはもうこれ以上耐えられないかもしれない。少なくとも今日は無理だ。だからできれば、さっさとルーファスから謝罪の言葉を貰って帰りたかった。だけどルーファスの様子がおかしい。いつもの怒り顔じゃなくて、困惑したような、どうしたらいいのかわからないような、そんな顔で視線を彷徨わせている。セレストから謝ってくれと言えば、それだけで言ってくれるとは思えなかった。
そう想像して、勝手な、と思った。同時に悲しかった。セレストのほうがどうしたらいいかわからない。そんなに持て余すなら、いっそ思い切り嫌って欲しい。そうしたら諦められるかもしれない。諦める努力をできるかもしれない。
どうしてだかイライラして我慢できなくて、セレストは前置きもなく思ったことを口にした。
「ルーファス様は、わたくしがお嫌い?」
その言葉にルーファスは驚いた顔をした。目を見開いて、そしてまじまじとセレストを見ると、ゆっくり首を横に振ったのだ。
「……いや。そういうんじゃない。君の事は、嫌ってなんかない」
セレストは、意外だというような声を出した。
「……そうなのですか?」
てっきり嫌われていると、そう思ったのだが。
(嫌われていない。そう、そうなのね。では、好きになって頂ける余地があると、そう思っていいのかしら)
セレストは自分でも不思議な気分だった。そう思えるだなんてやけに前向きだなと、どこか他人事のように感じていた。それがおかしくて、泣きたいのに笑えてしまった。
ルーファスは自分の言葉を反芻していた。
(そう、だな……セレストの事は嫌いじゃない。だけどそれ以上に、俺はリリアンが好きなんだ)
だとしたら、それをセレストに伝えるべきだろうか。
そう思ったルーファスだったが、うっすら笑みを浮かべて俯くセレストの姿に、ふと幼い頃を思い出した。その時もリリアンはすぐに会話をやめてしまって、父親に抱き抱えられ帰ってしまった。がっくりと肩を落とすルーファスの元にセレストがやってきて、「わたくしともお話ししてください」と言った。ルーファスは自分の思うままに、「嫌だよ、ぼくはリリアンがいいんだ」と言い放った。その時セレストは、一瞬泣き出しそうな顔をした後、ぐっと堪えて言ったのだ。
「では、わたくしは、ずっと二番めでいいですから。いいと思ったそのときは、わたくしともお話ししてくださいね」
そうしてふわりと笑った瞳から、ぽろっと涙が溢れた。
(それと同じことを俺は、彼女に言えるか?)
例えばリリアンに「俺と話をしてくれ」と言い寄った時に、リリアンに「嫌です、わたくしはあちらの方がいいのです」と言われたら。ルーファスは多分、絶望して立ち直れない。
(……いや、数週間引きずるかもしれないけど、立ち直る。俺のリリアンへの気持ちはそんなことじゃ折れたりしない)
そうだ。その程度のことで諦めたりはしない。
でもセレストは言った。「二番目でもいい」と。それを当時のルーファスはその通りに受け取った。セレストは二番目、一番目をリリアンにして、ひたすらに追い掛けていた。
だけどセレストは、泣きながら二番目でいたのだ。彼女の一番目は、他ならぬ自分であるのに。
(十年、ずっと)
ルーファスはようやく、そこに思い至った。
(嘘だろ)
あの時涙を流したセレストの痛みが、ようやく理解できた。そして愕然とした。どうして自分はそんな事に気付かずにいたのか、一旦気付いてしまえばその事が不思議で仕方ない。それがどれだけ不誠実なのかようやく分かった。今までさんざ、家族に注意されていたわけだ。あまりにも愚かであったと、そう思わずにいられなかった。
ルーファスがやるべきだったのはリリアンに振り向いて貰うことではなく、セレストを振り返って彼女に歩み寄ることだったのだ。
でも、それを自覚しても、リリアンのことを忘れられるか分からなかった。
「ごめん」
思わず出たのは、ルーファスの本心からの言葉だった。
「今まで酷い事をした」
セレストはその声色で分かった。伊達に十年、ルーファスの謝罪を受けていない。視線を上げると、いつになく真面目な表情のルーファスがいた。それを見て、やはり間違っていないとセレストは感じた。
「分かって頂けたのですね」
うん、とルーファスは頷いて、それから目を伏せた。
「ようやく分かった……俺が馬鹿だった。君を傷つけた」
「ルーファス様……」
「でも、それが分かっても、すぐにリリアンを諦められない。君が俺を諦められないように、俺はリリアンを諦められない」
セレストは黙ってそれを聞いていた。
「だから、これ以上は言わないことにする。本当に、ごめん。悪かった」
頭を下げるルーファスに、セレストは表情を変えることはなかった。はあ、と息を吐く。それで、体がずっと強張っていたのに気付いた。力が抜けたからか、体が軽くなった気がした。
セレストは首を横に振った。
「分かって頂けたのなら、今はもういいです。許したりはしませんけど」
「うん。それでいい。俺は諦めない、君も諦めないだろ」
「ええ。今はそれで良いですわ。ルーファス様の心からの謝罪を聞けたのは、わたくしにとって何よりの収穫です」
それは、セレストの本心だった。やはりリリアンが一番なのだと、そう言われたのは勿論ショックだったが、それ以上に「どうしてセレストが傷付いていたのか」、それをルーファスが自分で理解したらしいことは嬉しかった。
だけど、リリアンが一番だというのは、やっぱりセレストの胸を抉ったのだった。これから王と王妃に会って、そこでまた謝罪を受けるのは、非常に困難に思えた。だからセレストは、今日はこれで帰りたいと、ルーファスにそう伝えた。セレストの気持ちがようやく理解できたらしいルーファスは、それを受け入れたのだった。
「わたくしは、これで。目的は果たしましたし……。たいへん無礼ではありますが、王妃陛下へは、ルーファス様からお話頂けますでしょうか。セレストとは話がついたので、本日はすでにお開きになったと」
「わかった。母上には俺から説明する。……その、今まで、本当に済まなかった」
セレストは目を見開いて、すぐに柔らかく笑った。その顔は泣き腫らした後のようだったが、どこかすっきりしたものだった。
「いいえ。ルーファス様のお気持ちは、よく分かりましたから。それでいいです」
気まずそうに頭を掻くルーファスに頭を下げ、セレストはその場を後にする。悲しくてたまらないのにどうしてだか嬉しい。この気持ちをどう処理していいのかわからなくて、セレストは泣かないようにするので精一杯だった。
そうして出口へ向かう途中、セレストは脇道から声を掛けられた。
「セレスト・アズール」
いきなりのことでびくりと肩を跳ね上げる。「ひっ」と小さく悲鳴を上げ声の主を探った。声がした方向を恐る恐る見る。そこににいたのはアルベルトだった。
「ヴァーミリオン公」
さっと腰を折るセレストに、アルベルトは手を振った。
「ああ、いい、いい。そういう堅苦しいのは」
そういうわけにはいかないセレストだったが、アルベルトの声色に本当に嫌そうな気配を感じたので、仕方なく姿勢を戻す。アルベルトは決まりの悪い顔で、セレストを見ていた。
その顔に、セレストは状況を忘れて、ほう、と息を吐く。
普段、アルベルトはにこやかでいることが多い。娘のリリアンがいる所では尚更だ。そうしてにこやかにしていると彼の美貌は引き立つ。王族に連なる者としては、比較的表情に感情が出やすい方ではあるが、おそらく周囲が、彼ににこやかでいるよう仕向けているのだろう。セレストが見た事があるのはにこにこしている顔が多い。
だからパーティーの時は本当に驚いた。驚いたし、恐ろしかった。あんな風に怒るとは思っていなかった。
なのでセレストは、簡単に頭を上げるわけにいかなかったのだが。眉間に皺を寄せて真面目な表情でいるアルベルトは、ルーファスとは違った格好良さがある。思わず見惚れてしまうくらいには。
「その、君に謝罪を」
その声にセレストははっとする。
「あの後、リリアンに怒られた。君に酷い事をするな、と」
セレストはぱちぱちと目を瞬かせる。
「少しやり過ぎてしまったことを謝る」
「あ、いえ、その、わたくしも、いけないことをしましたので」
「うん、それはそうだな。リリアンに手を出したら許さないから、覚えておくように」
その言葉にまたセレストは目をぱちぱちさせる。今、謝罪を受けているのか、忠告を受けているのかわからなくなった。
「でもまあ、こないだはやり過ぎだったから。君にこれを」
アルベルトはそう言って、小さな包みを差し出した。二十センチ四方くらいの、綺麗な包装の小箱だ。
「君の為にリリアンが選んだものだ」
「リリアン様が……?」
うん、とアルベルトが頷く。
「リリアンが選んだのだから、君に似合うはずだ。あの子のセンスはとても良いから」
忠告を受けたと思ったら、今度は親馬鹿を発揮されている。
「まあ、君の好きに使うといい。要件はそれだけだ。では」
シュナイダー君によろしく、と言って、アルベルトは向こうの方に去ってしまった。戸惑っているうちに終わってしまって、小箱を返すわけにもいかず、セレストはそのまま帰宅するしかなかった。
屋敷に戻ってセレストは、父親への報告も早々に自室に戻った。リリアンが選んだという、小箱の中身がどうしても気になったのだ。
箱のリボンを解いて蓋を開けると、セレストは「まあ」と感嘆の声を上げる。
「綺麗……」
そこに入っていたのはリボンとレースだった。手触りと光沢から間違いなく絹だろう。レースは実に緻密だ、ドレスの端に使うのは勿体無い。これは胸元に添えるにも十分な出来のものだ。
リボンは、あまり見たことがない色だった。薄くて優しい色合いの黄。それは、セレストの髪の色によく似ていた。あまり長さはないが小物には十分使えるだろう。
贈り物に添えられていたカードには署名がなかった。ただ一言、「陽だまりを好む貴女に」と、淡いインクで書かれている。それを書いたのはまず間違いなくリリアンだろう。どうしてだか、彼女は知っているようだ。セレストが、よく着るはっきりした色合いのドレスよりも、ずっとずっと薄くて淡い色合いのものの方が好みだということを。小箱に入っていた黄色いリボンは春の優しい陽射しのようで、見るだけでセレストは気持ちが和らいだ。
贈り物にもカードにも、嫌味なところがどこにもない。署名をしていないのも気を利かせたのだろう。セレストが贈り物を受け取りやすくするために。
それを思って、セレストはカードを見つめた。
(……これと同じ事が、わたくしにできるかしら)
自分を嫌っている子に、気持ちの篭った贈り物を、その子の好みに合わせて準備することができるだろうか。
セレストは考えてみる。体裁を保つ為に贈り物をする事はあるだろうが、打算が大いに込められたものになるだろう。例え相手のことを考えた物を贈れたとしても、公にしていない相手の好みが把握できるだろうか。
好みを調べるのは家の力を使えば可能かもしれない。でも、おそらくだがリリアンは調べたりせずにこれを選んだのだろうと感じた。このささやかな贈り物は、リリアンが自分で考えて選んだに違いない。
(悔しいけれど、今のわたくしには、同じことは出来ないかもしれない)
相手の好み通りの贈り物を準備すること、それ自体は難しくない。だけどこの、さり気ないカード。これを自然と書けるかと言われると、どうだろう。自分の力不足を感じずにいられない。
(王妃様の仰る通りだわ。今のわたくしがやるべき事は、自らを磨き上げること)
リリアンはやってみせたのだ。彼女にできて、セレストにできないはずがない。だってセレストも、今日までずっと、ルーファスに見合うよう努力し続けてきたのだから。
(見ていなさい、リリアン・ヴァーミリオン……絶対に負けないわ!)
ルーファスとのことはまったく解決していない。むしろ、ようやく始まりに立てたところだ。だけどセレストは悲観していなかった。ルーファスからちゃんとした謝罪を受け取れたし、ようやく自分がどうしてあんなにも不安だったのかがわかったからだ。
ルーファスに嫌われているのではないか。どうしてセレストがこんなに辛い思いをしているのかを、ルーファスは理解できないのではないか。ずっと、それが気掛かりだったのだ。
自分に不足があればそれを埋めよう。自分にできること、まずはそれをひたすらやっていこう。そうしたら、ルーファスが自分を向いてくれなかったとしても、やれる事をやっただけ、セレストは胸を張れるはずだ。
セレストは、手の中のリボンをそっと見下ろした。
「ふん、なによ。本当に素敵なんだから」
悔しいから、セレストは今日のことを忘れないだろう。このリボンを見る度に思い出すかもしれない。でもそれでいいのだ。だって今日は、ルーファスが本心を聞かせてくれた日なのだから。
レースとリボンを箱に戻して、セレストは思いを巡らせた。レースは、今度のドレスに使って貰おう。レースに負けない生地を準備しないといけない。色はどうしようか。このリボンが映える色にしたらどうだろう。
でもそんなドレス、パーティーには着ていけない。リリアンからの贈り物で仕立てたドレスなんて、彼女の前で着られない。それはセレストの沽券に関わる。
答えの出ないまま、セレストは侍女を呼んで仕立て屋に連絡するよう指示を出した。むしろドレスはリリアンに見せつけてやって、礼を言った方が大物っぽいだろうか。いっそルーファスに相談してみたらどうだろう?
ぐるぐるぐるぐる、セレストは考え続けた。答えが出ないことを考えるのは得意だ。ルーファスの婚約者になってからそんなことばかりだったから。今はでも、前より苦しくないから、ぐるぐるぐるぐる、セレストは考え続ることができた。
答えはもちろん、出なかった。
◆
一方その頃ヴァーミリオン邸では、アルベルトがスキップしながら、うきうきとリリアンの元を訪れていた。鼻歌混じりにドアを開くと、華麗に一回転してリリアンに跪く。
「リリアン! 言われた通り、セレスト嬢に謝罪の品を渡してきたぞ!」
歌劇のように、右手を差し出して左手は胸に添える姿に、リリアンはなんの反応も示さず「そうですか」と返した。こんなの日常茶飯事だから、リリアンはもう慣れっ子だ。いちいち反応していたらきりがない。
リリアンに無視されずに済んだアルベルトはにっこりと頷く。
「それに、ちゃんと謝った」
「まあ。それは良かった」
リリアンのお茶に付き合っていたレイナードは、アルベルトの言葉にため息を吐いた。
「いや、大人として当たり前のことでしょう」
「だからちゃんとやってきたと言っただろう」
「それは当然だと言っているのですが?」
「なんだ、厳しい奴だな」
そんなことはないと思ったが、これ以上言っても無駄だろう。レイナードは仕方なく黙ることにした。リリアンは、そんな父と兄のやり取りを見て笑う。ヴァーミリオン家は今日も平常運転である。
父に席を勧めたリリアンは、城での様子を訊ねた。今日はセレストに対し、アルベルトとルーファスが謝罪を述べるのだと聞いていた。間接的に関係のあるリリアンとしてはその様子が気になったのである。
けれど聞いたのは、アルベルトとルーファスは別々に話をつけたということだけ。アルベルトは廊下で、ルーファスは別の場所でそれぞれ謝罪をしたと聞いて呆れた。
「お父様、廊下でだなんて、お行儀が悪いわ」
「出会い頭だったからつい」
「つい、じゃありません」
小さな子供に言うようにリリアンは叱る。
「でもじゃあ、ルーファス様がセレスト様にどんな言葉を掛けられたのかは、お父様もご存じないのね?」
それが一番気になっていたのだが、アルベルトは娘の言葉に頷いた。
「ああ、知らん。私が見かけた時には、なんだかすっきりした顔付きだったな。それで部屋に戻ったらルーファスがいて、話をしたとか言っていた。私に会う前に話をつけたんだろう。奴も珍しくしおらしくしていたから、ようやく自分の行動がまずいものだと気付いたんじゃないか?」
「そう……」
リリアンは、パーティーの日に見たセレストを思い浮かべる。いつもルーファスが近付いてくると、セレストはキッとリリアンを睨みつけるのだが、あの日見たのはもっと違う感じがした。なんだか凄く辛そうで、リリアンはせめてもの慰めになればと、アルベルトに贈り物を渡して貰うよう頼んだのだ。
派手なもので元気を出して貰うより、綺麗な物を眺めた方が気が休まるのではないかと、淡い色合いのリボンを選んだのだが。今頃贈り物を見ているだろうか。少しでも役に立っていればいいなと、リリアンは思った。
「セレスト様、お気に召したかしら」
「心配いらない。リリアンが選んだものだから」
父の言葉にリリアンは視線を上げる。アルベルトは、いつも通りにっこり笑った。
「最高級の絹に今までにない発色のリボン。それに最先端技術で編まれたレースだぞ? アズール家の者ならまずぞんざいに扱ったりしないさ」
そう。贈り物は、リリアンの元に持ち込まれた、数ある試作品の中から一番良いものを選んだのである。服飾に携わるアズール家、そのトップである当主の娘であれば、そのことに真っ先に気付くはずだ。
リリアンがあれを選んだのは単にセレストが好みそうだからであったが、彼女であればもっと有効な使い方をするだろうとアルベルトは思っている。試作品が世に流れたとしても、ヴァーミリオン家としては別に痛手でもなんでもない。そもそもあれを世間に広めるのはアズール家の役割だ。ヴァーミリオン家は開発をするだけ。
現にセレストは、目まぐるしくレースとリボンについてあれこれ思案している。
「なによこれどんな染料で染めているの? こんなに繊細な色合いでかつはっきりとした黄色、見た事がないわ。生地も折り目がつかないじゃない。ただの絹というわけではなさそうね。レースはひょっとして手編みじゃない? これだけの編み目なのに機械式? 嘘でしょう、これがもしも機械で織られていたら革命が起こるわ。今までより安価になったりするのかしら。そうなったら、どんなドレスにもこのレースが使われるかもしれない。なんてこと……一刻も早く技術の確認と生産計画を詰めなければ」
とまあ、そんな具合に。
それからあらゆる意味で吹っ切れたセレストは、変に気を使わず、ルーファスにも、そしてリリアンにもまっすぐと言葉を投げかけるようになった。
「リリアン様。そのドレスは新作かしら?」
「いいえセレスト様。今日のドレスは、昨年作った物を手直ししたものです」
「あら、そうなの! 見るに、足りなくなった裾を補うのに内側に新しい布を足したのね。フロント部分もそれに合わせて形を変えて……ふうん、ちらりと見える生地がおしゃれだわ。さすが、ルーファス様を夢中にさせるだけあるわね!」
「まあ。ありがとうございます」
そんな風に正面から言われてしまうと、リリアンは微笑ましくて仕方がない。
アルベルトは遠くからそれを見ていた。そして偶然行き合った隣の人物に、ちらりと視線を向ける。
「シュナイダー君。きみのところの娘は、最近ちょっと調子に乗っているんじゃないかね?」
「いっつも調子に乗っているお前に言われたくないわ!」
シュナイダーは慌てて否定するが、アルベルトのじっとりとした半目は変わらない。気が変わらないうちにと、シュナイダーは退散するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます