1.娘が絨毯が綺麗と言ったので①

 輝くシャンデリア、ぴかぴかに磨かれた大理石。華やかな衣装を身に纏った人々が、各々飲み物を片手に歓談を楽しんでいた。

 とある侯爵家で行われている本日のパーティーは、蒐集家の夫人が繋がりを広めるため開いたものだった。

 夫人の好みは幅広く、それに伴って人脈のほうも広い。それで夫人を経由して繋がりを求める者が紹介状を求めるようになった。見返りは、更なる繋がりへのきっかけ。つまり夫人に新たな窓口を紹介すれば、自分も別の窓口を見つけられる。人の良い夫人はそれすらも楽しみにしていて、そのせいでいつもパーティーは大盛況だった。

 それがこの日は、特別人数が多かった。紹介が紹介を呼び、繋がりが複雑に絡み合って、誰がどうやったか、とんでもない人物が招待されたとその話で持ちきりだった。そのせいで参加者達は始まる前からそわそわしていた。主催の夫人はいつもより笑顔が深い。はっきりと答えはしなかったが、噂を否定することはなかった。これはもう確実だろうと、肝心の商談そっちのけでその人物について口々に話題にする。

 やがて人も揃いきって、会話が同じ事の繰り返しになった頃だった。ようやくその人物が会場に現れた。


「まあ、ご覧になって!」

「おお、まさか本当にいらっしゃるとは!」


 その声に惹き付けられるように、一斉に視線が扉に向かった。途端に誰もが口を紡ぐ。息を呑んで、それから熱い眼差しを送る。 

 衆目を集める彼はぴくりとも表情を動かさない。

 銀の髪の意味が分からぬ者はこの国にはいない。更にその美貌と言えば、該当するのはただ一人。


「ヴァーミリオン公!」

「アルベルト様……! なんて美しいの……」


 はあ、と息を漏らした淑女が一人、とさりと床に倒れた。同伴していた者はとっさに動くことができなかった。なぜなら、銀髪のその男に見惚れていたからだ。

 まず真っ先に目に入るのは、整えられた銀の髪だ。その色は王族に特有のものだが、彼の髪は夜の室内にあってどうしてだか淡く輝いている。その燦めきが彼の存在感を増しているのは間違いないだろう。きらきらとその髪を靡かせる彼の姿は、人々の目を惹きつけて離さない。そうさせるのは銀髪から覗く青が強烈だからだ。空よりも澄んでいて、海よりも深い青の双眸、それそのものがまるで宝石のよう。その色を、光を、輝きを、もっと近くで見てみたい。だから誰もが彼に引き寄せられるのだ、他のものに例えられないほど強烈な輝きを放つ唯一の玉がそこにあるのだから。

 だが、そうやって引き寄せられても、とある一定の範囲から先へは進むことができなくなる。どうしてだかそこでぴたりと足が止まり進めなくなる。近付いてみて気が付くのだ、そこから先へは進んではならない、と。

 威圧感とは違う。畏怖とでも言えばいいのだろうか。圧倒的なまでの、気高さ、高貴さが、人々の侵入を拒むようであった。不可侵の領域の只中にあって彼はそこに佇んでいる。着飾った貴族達の中、それはまるで、星が広がる夜空にひとつ浮かんでいる月のようだった。

 彼が月の貴公子と呼ばれているのは、主にその容姿によるものだが、この光景もひとつの要因だった。誰しもが吸い寄せられ、周囲に集まるのに、彼の存在は埋もれることが無い。どんなに星が瞬いても、月の輝きを遮ることがないのと同じように。

 王族に由来するものなのか、あるいは彼特有のものであるかは定かではないが、不可侵のその領域が絶対的なものであると錯覚してしまう。近付けず手が届かない、だからこそ、近付かずに居られない。もしもこの領域内に進むことができたのなら、月に手を伸ばすことができたのなら——そんな夢想が湧き上がるからだ。

 そうして領域の縁にやってくると、強烈な燦めきでばちっと目が覚めるのだ。夢から覚めるような感覚に驚いて、視線を彷徨わせて男が目に入ると、納得をしてしまう。あれを前にしたのならば、我を忘れるのは当然だ、と。

 その段になって初めて、じっくりとその顔を眺めることができるようになる。自分を取り戻した者達が最初にやることと言ったら大抵がそれだ。脳裏に焼き付けようと、無意識のうちに食い入るようにして見つめる。結局のところ自我を忘れているのと大差がなかった。

 人々を魅了する青い宝石を湛えた瞳、すっと通った鼻は高く、唇は形が良い。それがきゅっと結ばれている。それらのパーツは全て、最も美しく見える配置に的確に収められている。

 四十も半ばだというのに皺ひとつない肌は見るからに滑らかだ。一体どのようにしてその美貌を保っているのかと誰しもが思うところであろう。だがそれを尋ねることができる人間が、どれだけいるだろうか。

 触れるどころか近付くことさえ出来ない、美を体現した孤高の月のような男、アルベルト・ヴァーミリオン公爵。その彼が現れただけで、会場は一段明かりを増やしたように華やいだ。

 それなのに、と人々は思うのだ。輝かしいその容貌とは打って変わって、全身から感じる雰囲気は冷め切っている。それは、一切動かない表情のせいなのかもしれなかったし、瞳の青と鋭い目付きが氷を連想させるからかもしれない。そのせいで一層近寄り難く映るのだと、気付く者は少なかった。


 ほんの一時沸いた騒めきは、すぐにしんと静まった。いつもの事なのでアルベルトはまったく気にせず、とりあえず主催の侯爵夫人の元に向かうことにする。


(思っていたよりも多いな)


 どこかの誰かが伝手の伝手を頼って遡って、今日この日のパーティーに招待状を送ってきた。普段であればよほどの事がない限りこうした集まりに出ることはない。アルベルトが参加したのは、ほとんど気紛れである。ただ、その気紛れがたまに功を奏することもあるので、予定通り足を運んだのだ。大した収穫は期待していないが、藁にも縋るという言葉がある。ほとんど心境はそれに近い状態であった。何がしかを持ち帰りたいと、そう思っていた。


(妙案が浮かばないというだけで、こんなパーティーに出るとは。私も随分と焦っているらしい)


 アルベルトの周囲には人集りがあるものの、誰もが距離を置いて近付いて来ない。近付かれると歩き辛くなるのでそれはいいのだが、鬱陶しいことに変わりはない。なのでアルベルトは誰とも目を合わせずに、ただ人垣の向こうに居るはずである招待主、侯爵夫人の姿を探した。その折に視線を向けた方から、悲鳴のような声が上がるのが耳障りである。

 アルベルトは無表情のまま奥へ向かった。



 探している人物はすぐに見つかった。


「よくおいで下さいました、ヴァーミリオン公。もうどなたかとはお話に?」

「いや」


 口数の少ないアルベルトを気にせず、夫人はそうですかとだけ返した。

 気紛れに随分と参加者が多いようだが、と言うと、アルベルトが参加すると分かっただけで、いつもの三倍の客が来た、と返答があった。


「それは、迷惑をかけたようだ」

「そんなことはございませんわ。むしろ感謝せねばならないところです。こんなに賑やかになりましたのは閣下のお陰ですから」


 夫人は扇の奥でいたずらっぽく微笑んだ。それにアルベルトはぴくりと反応する。不快だったからではない、夫人の言葉と表情から、それ以上の利は求めていないという意図を察したのである。


「お探しのものがあれば、詳しい方をご紹介致しますが。とは言え、かのヴァーミリオン公爵閣下に当家がご紹介できるものは限られておりますが」


 ヴァーミリオン、と言えば、国内の商流にはほとんど関与しているし、国外であっても影響力は高い。その財があれば、大半のものは手に入れることができるだろうから、はっきり言って今日、アルベルトが収穫を得られるとは思えなかった。

 それも織り込み済みで、夫人は紹介を申し出てくれた。それでアルベルトは、多少は信用の置ける人物のようだと、夫人のことをそのように評価した。

 ただ、今日の目的には、人の紹介は不要であった。もしかしたら必要になるかも知れないが、それよりもまずは情報が必要だった。他の者に尋ねるよりはましであろうと、信用できそうな夫人に、アルベルトは尋ねる。


「夫人。貴女が気分を一新したい場合、まず何を行うか教えて貰えないだろうか」


 夫人はぱちぱちと瞬きをした。


「……ええ。構いませんわ」


 驚きを表情に乗せ、すぐさま微笑みに戻る。質問の意図には触れず、そうですわねえと考える夫人が有り難く感じた。


「まず、気分を入れ替えたい場合はお茶をしたりと休憩することがありますが。そういう程度ではないのですわね?」

「ああ、そうだな」


 一時的なものではないのでその様に答える。であれば、と夫人は続けた。


「次に手身近なところでは衣装やメイクですわね。ドレスをいつもと違った趣向のものにしたりですとか」

「ドレスか……」


 それで解決すればどれだけ良いか。どれだけ上等のものを誂えても、彼女が心の底から喜んでくれるとは思えなかった。

 眉を寄せていると、夫人が次の手を続けてくれる。


「でしたら、お部屋の模様替えはいかがかしら。大きなものでなくとも、雰囲気が変わるものですから、気分は変わります」

「……模様替え」


 それは、考えになかったことだ。アルベルトは視線を夫人へ向ける。夫人は一瞬びくりと肩を揺らしたが、すぐになんでもないことのように扇を仰いだ。


「例えば、布物ならば手軽ですわ。雰囲気もがらっと変わります。寝具なんかのカバー、カーテン辺りは季節によって入れ替えるものですが、たまには別の柄にするのも良いかと」


 その言葉に、ふむ、と考え込む。


「あとは……そうですわね、織物を装飾として使用するとか。ソファにかけると、それだけで印象が変わりますわ」

「なるほど」


 アルベルトは夫人の言葉に視線を上げる。

 それは、なかなかいいアイディアに感じた。倉庫に仕舞い込まれた織物は、あまりにたくさんあるので使う機会に恵まれていないものもある。そういうやつで、趣味の良いものを出してみるのもいいかもしれない。新しくドレスを誂えるのは嫌がるだろうが、それならば了承してくれるかも。


(……うん? 織物……)


 アルベルトの脳裏にふと浮かんだのは、いつだったか入手した織物だ。珍しいものだとか、価値のあるものだとかで商人が置いて行ったように記憶している。当時はさほど興味を引かれなかったが、細工は確かに良いものだったので、倉庫に入れて保管してある。定期的に手入れをしているはずなので虫食いもないだろう。


「夫人、感謝する」


 どこか晴れやかな雰囲気に変わったアルベルトに、夫人は心からの笑みを浮かべて返した。


「お力になれたのなら良かったですわ」

「折角だが用事ができてしまった。これで失礼する」

「ええ。ご足労頂きましたこと、光栄でございます」


 アルベルトはさっと踵を返して、足早に歩き出した。そうしてついさっき入ってきたばかりの扉をくぐる。周囲の人間は、誰もが困惑した表情をしていたのだが、そういう一切の事はアルベルトの視界に、いや意識下になかった。無用のものを意識に含める、という無駄なことに割く容量を、彼は有していないのである。



 ヴァーミリオン公を見送った夫人は、会場をさっと見回してから友人達の元へと向かった。多くの客人達は目論見が外れたのだろう、あからさまに落胆した様子で不躾に夫人に視線を向ける。夫人はなんでもない風で、友人達の輪に入る。彼女達は夫人を暖かく迎え入れてくれた。そのうちの一人が、少しだけいたずらっぽく、夫人に笑いかける。


「残念でしたわね。多少なりとも誼みができれば、益がありましたのに」

「仕方がありませんわ。ヴァーミリオン公ともあらば、あたくしがお力になれることなんてございませんもの。だってそうでしょう? 国内のほとんどが、あの方の掌中にあるんですもの」


 夫人は扇の奥で笑みを深めた。友人達は夫人のその言葉に顔を見合わせる。その通りねという返答は、その場の全員が思った通りの言葉である。

 国内の産業、その半数以上に、かのお方が携わっているのである。これは誇張でもなんでもなく、ただの事実だ。だから客人の多くは、公爵本人との接触が目的だった。

 それを理解した上で招待状を送っているのだから、客人達の落胆した視線を夫人は甘んじて受けているのだ。

 いつまでも出来なかったことを嘆いても仕方がないので、友人達はもう、お喋りに興じている。ただし会話の内容はやはり公爵の事だ。高貴なご身分であらせられる彼を、この目で見られたのは僥倖である。夫人に感謝を言いつつ、皆思い思いに美貌を称えている。中でも特に逆上せ上がった友人は、うっとりとした表情で夫人に言う。


「ほんとうに、どの様にも形容できない美しさだったわ……あの美貌を間近で拝見するだなんて。羨ましい限りね」

「ほほほ。それは、そうね。とても幸運なことだったわ」


 ただ、と夫人は思った。実物を拝むことになって、その美貌に驚いた。噂には聞いていたが、これほど人間離れしているとは思わなかったというのが、正直な感想である。あまりに美しくて、神々しさに似た波動を感じ、震えが止まらなかった。背中にはびっしょりと汗をかいてしまっている。あれと親しく話す、というのは、生まれ変わってもできそうになかった。


「遠くで眺めていた方が良いものもある、ということね」


 ぽつりと溢す。長く生きても経験しないと分からない事もあるのだと、夫人は心に刻んだ。



◆◆◆



 会場へ入ってものの十分で馬車に戻ったアルベルトは、すぐに屋敷に戻るように指示をした。いつも付き従っている執事のベンジャミンは、慣れた事なので詳細は問わなかった。馬車が走り出し、やがて侯爵家の敷地から出ると、それまで思案顔だったアルベルトはふいにベンジャミンを呼んだ。


「倉庫にいくつ織物がある」

「……」


 公爵家の屋敷には、いくつもの価値ある工芸品や宝飾品が保管されている。その保管庫を「倉庫」と呼ぶのだから、アルベルトの意識がどうなのかが窺い知れるというものだ。ベンジャミンは考えるふりをしてそれを嘆いた。


「宝物庫の織物であれば、大小合わせればかなりの数がありますが」

「大きなものは?」

「そうですね、二十はあったかと」


 正確な数はベンジャミンも把握していない。目録を見なければ正確には分からないくらいの数はあったはずだ。


「では、大小関わらず、滅多に出さないものだとどのくらいある?」


 その言葉に、ベンジャミンはふうむ、と顎を撫でる。


「数年に一度は使用しているものが大半なはずです。それを除外すれば、全体の二割程でしょうか」

「使わない理由は?」

「希少価値が高過ぎるのです。日常使いには、ヴァーミリオン家であっても、ちょっと」


 珍しく歯切れの悪い言い方であるが、それでアルベルトは察した。多分仕舞い込んでいるうちに価値が上がって、国宝みたいな値になったのだろう。王家から預かったものもあるし、手放してもいいのだが簡単にはいかない。それでますます出せなくなっているというわけである。

 アルベルトは、その辺りのことには興味がないから、適当にふうん、と返した。


「何かございましたか」


 ベンジャミンがそう聞くのは、会場から戻っていきなりこんな事を聞いたからであろう。まあな、と足を組み直して、アルベルトは窓の外を眺めた。


「模様替えでもしようかと思ったんだが、ピンと来なくてな」

「模様替え、でございますか」


 オウム返しにベンジャミンが溢す。


「悪くないのでは? 今のままでもご不便ではないでしょうが、成長期ですから、もしかしたら使い難くなっているやもしれません」

「だとしたら言ってくるだろう、あの子は」

「わかりませんよ。ご多忙な父君にご遠慮している可能性も」

「あると言うのか!?」


 食い気味に前のめりになったせいで強く靴底が当たり、がん、と床が鳴った。御者が何事かと様子を伺ってきたのでなんでもないと伝え、ベンジャミンはアルベルトに向き直る。


「可能性の話です」

「いや無い、無いだろう。……無い、よな……? いやそんな、まさか……」


 先程までの尊大な姿勢と打って変わって、アルベルトは両手で頭を抱え込み俯く。やれやれと肩を竦めて、ベンジャミンはそんな主人に声をかける。


「一度宝物庫の織物をご覧になってはいかがでしょう。良い物があるやもしれません」

「……ああ、そうだな、うん」


 それ以降は会話にならなかった。俯いて何事かをぶつぶつと呟くだけの置物になってしまった主人の姿に、ベンジャミンはもう一度肩を竦めるのだった。



 さて、帰宅したアルベルトは即刻宝物庫へと急いだ。厳重な鍵を開けると、ぱっと明かりが灯る。貴重な品が多いので、煤の出る蝋燭は使えない。その為に魔石を動力とした魔道具の照明が使用されているのだ。煌々と輝く部屋の中、使用人の手を借りて、管理者に目的の物を出させると、その前でアルベルトは腕を組んで唸る。


「どれもぱっとしないな」


 どれも一流の宝物なのですが、という言葉を使用人一同飲み込んで、次から次へ織物を広げていく。

 様々な地方の、様々な色合いの織物があった。金糸や銀糸で織られたもの、細工の細かなもの、ひとつひとつを検分していく。が、どれを見てもアルベルトが頷くことはなかった。宝物庫の管理者が、どうしましょう、という顔でベンジャミンに視線を投げかけるが、ベンジャミンもどうしたものかと途方に暮れていた。


「これで全部か?」


 しげしげと眺めていた大判の織物から目を離し、アルベルトは周囲を見回す。


「出せずにいるのは、これが全部ですね」


 ベンジャミンは目録をめくった。予測通り二十ほどが該当した。ひとつずつ見た限りでは保存状態は悪くないので、そこは心配はいらないが、ただ保管するだけになっているというのも考えものだ。

 今アルベルトが手にしているのは、王国初期のもので、奇跡的に戦火を逃れて残った、歴史的な価値もある物だ。おいそれと使うわけにいかなかったが、御当主様が使うと言ったら使わないわけにはいかない。そういうものが二十ある。それらが使われていないのは勿体無い。敷地内に小さな建物を建ててそちらに移し、解放するのも手かもしれないなどと余計な事を考えたくなるくらいには、持て余している。

 ふむ、とアルベルトはそれを、ぱさりと置いた。ベンジャミンはそれで意識を戻す。


「絨毯の類は」

「こちらとは別で、七ございます」

「少ないな」

「歴代の御当主が皆、嵩張るから集めなかったと聞いています」

「なるほど?」


 アルベルトはにやりと口元を歪める。歴代当主の言い分が理解できたからだ。大して興味を持てず、嵩張るものをわざわざ蒐集しようと思うことはないだろう。この王都のタウンハウスではなく、領地にある屋敷にはそれなりの数があるだろうが、ここに持って来ることもしなかったようである。

 とりあえずその七つの絨毯を見てみようと、そう指示をしたが、その場で開くことができたのは小さなものだけだった。広大なヴァーミリオン家の宝物庫でも、先に広げていた織物でスペースが埋まっていたのである。仕方なしに小さな三つを運び出した。

 三つは全く異なる意匠のものであった。大きさにはそれほど違いはない。伝統的な形式のものと、白地に青で織られた珍しいものと、目の覚めるような赤のもの。その中のひとつに、アルベルトは迷いなく手を伸ばす。


「これだ……!」


 それは一番小ぶりの、赤いものだった。絨毯、というよりは敷物と表現したほうがいいくらいである。絢爛ではないが、しかし存在感を感じるのは、あまりに赤が鮮やかだからであろう。これならばとアルベルトは頷き、手にとって眺めた。


「これなら、リリアンも気に入るはず!」

「分かりましたから、アルベルト様。手荒に扱いませんよう。もう同じものは二度と手に入りませんから」

「うるさいやつだな、そんな事分かっている」


 早速確かめると言って宝物庫を飛び出したアルベルトを、使用人一同が見送る。やれやれ、といった様子でベンジャミンがその後を追った。

 駆け出したアルベルトは叫ぶ。


「リリアン! これはどうだ!?」


 そうして飛び込んだ部屋の中、驚いた表情の少女がアルベルトを振り返る。大きな瞳を瞬かせると、彼女はふわりと笑った。

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