第2話

 話は決まった。

 ちしゃから生まれたお姫さまは、どうにかこうにか自立できる四歳。その世話係として、我が娘は小学一年生から。一緒になって、新生活をスタートさせる。それはいい。

「あの、ランドセルの色、決まりましたか?」

 うんざりしたようすの絵師。

「だから、私は青! この、ロイヤルブルーがすてきだなあと」

 色鉛筆を突きつけてくる。

「それは無い。こっちも、赤やピンクにしろなんて言うのではない。水色にしなさいと」

「い、や、で、す!」

 普段は聞き分けのいい娘なのだ。夢なので、年齢設定は、その時々で違っていた。だが、小一になると決まったので、今はその年頃の姿になっている。

「ロイヤルブルーなんて、ちっとも可愛くない」

「それは、求めていません。格好いいほうがいい!」

 ふくれっ面の娘から、顔を背ける。溜息を吐く。冷戦開始。娘は、部屋から出ていってしまった。

「あの、決まったら声をかけて下さい。私は、外に居ますので」

 絵師も、庭に逃げ出してしまった。

「何故、ロイヤルブルーではいけないのですか。あっ、サムシングブルーみたいだからですか?」

 嬉々として、何を言うか。苦虫を噛み潰した顔をする。

「お前の娘も、いつか嫁に行くんだぞ?」

「はい、そうですね。まあ、お婿さんには、少々可哀想なことをしますが」

 首を傾げる。菅沼すがぬまくん曰く、ちしゃ姫はあくまでも神に属する者なので、ちしゃ姫に恋をして、ましてや自分の子供を産ませるなんてのは、大罪に他ならないのだそうだ。

「重い。重すぎるよ、菅沼くん…」

 菅沼くんから、ちしゃ姫に目を向ける。父親の膝の上で、微笑する。

「まあ、父親としては、大切な愛娘を奪われるのですから、それくらいね…」

 お前だって、同じことをしたのだろうに…。理不尽な神もあったものだ。

「解っているのだよ。きっとこれから先、ロイヤルブルーのランドセルを見ては、僕は嫌な顔をする。それどころか、あの子に手を上げるかもしれない。そんなのは嫌だから、水色で我慢しようとしている」

 端的に言ってしまえば、リホの最期を思い出してしまうのだ。男の制服で現れたあの子の母親。

「でも、仲直りしたのでしょう?」

「それは、そうだが…」

 僕は、顔を上げる。

「だからね、言ったでしょう。人と人が解り合うのに、生死の順番は関係ないって」

 そうか。だから、娘は生まれたのだ。戸口に娘が立っている。

「あのね、お父さま。聡流さとるは、リホさんとおんなじで、男の子と女の子と両方の気持ちがあるの。だから、水色はちょっと…。ダサくて…」

 僕は、ふき出していた。水色のブラウスに、白いスカートをはいた娘。そうか、水色はダサいのか。

「あっ、この服はストライプだし、可愛くて。ねえ、この服なら、ランドセルは濃い色のほうが似合うでしょう。ねえ、お父さま。ああ、もう…」

「おいで」

 抱きしめて、頭をなでてやる。

「ようく解ったよ。好きにしなさい」

「ほんとうに? 時々、大きらいな色って、怒鳴ったりしない?」

 一時、押し黙る。娘が、顔を曇らせる。

「うん。でも、お父さまも我慢するだろうし…。いいよ。男の子みたいって、怒っても」

 僕は、たった今、生傷を作ったのだ。それでも、娘は僕を父と慕ってくれるのだ。息を吐く。

「お父さんは、雪国出身だから頑固なんだよ。ごめんね」

「ふふっ。知っています。ん、なあに?」

 ちしゃ姫が何か差し出す。これは、大きな…。

「本当に、何?」

 菅沼くんに、顔を向ける。

「めはりずし、キャベツバージョンです」

 コンソメでキャベツを煮て、ごはんを包んだものらしい。元来は、関西の山奥で食べられている、郷土食のにぎり飯である。目を見張って食べるほど大きいからと。早速、娘がかぶりつく。

「ん、これ、ごはんがチキンライス!」

 どうやらオムライスとロールキャベツを足して半分に割ったみたいな。ちしゃ姫は大好きなキャベツを食べてご満悦である。

「ね、大丈夫ですよ。何せ、うちの娘が居るのですから」

「それもそうか」

 しばし、食事を楽しむ。

「これなら、僕でも作れそうだよ」

「私も、お手伝いします!」

 ちしゃ姫が、菅沼くんに抱きつく。

「よかったね。しい

「うん」

「ああ、私、春が楽しみ!」

 娘二人。それもいいか。

「聡流。表に行って、青谷さんを呼んでおいで。キャベツのめはりずしも…」

「あっ、もうありません…」

 娘がしゅんとする。

「いい。後で、作ったらあげるから」

「はい!」

 娘は、駆け出して行った。春が楽しみ。それは、きっと僕も。


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ちしゃ姫を、届ける。 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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