拾捌 二歳の造形

 最初に【水球アクル】で作った水人形はまぁ酷いものだった。


 小学生が作った粘土細工かと思うくらいつたないそれを見て私は頭を抱えた。

 まずもって、美術的な造形センスが皆無の自分にどこまで精巧な水人形が作れるのかという絶望に苛まれたからだ。


 一応これで人体そのものと、自身の体躯についての理解は深い方だと自負している。


 まず成型の腕が足りなさすぎる。

 次いで恐らく【水球アクル】の変則記述の時点で考え直す必要がある。




 初回は【水球アクル】を人型に成形するというシンプルな記述で試みた。

 ガワもガワで酷かったのだが、そもそもこれは実用が難しい。

 何せただ形が人型なだけの満遍なく水で満たされた風船のようなものだ。人体と構造が違い過ぎて自然に動作させるのが難しく、ダミーとしては致命的だった。


 改善策として、骨格と主要な骨格筋をそれぞれ【水球アクル】で再現し、他を一旦余剰として水で満たすことにした。

 成型技術は圧倒的に経験不足なので、骨格と骨格筋の再現を通して精巧さ、安定感、性質、数を増やす訓練も兼ねる。

 最初は頭を使い過ぎて疲労感が凄まじかったが、これも次第に慣れた。

 

 素体と自然な動きがまぁまぁ板についてきたところでディティールを作り込んでみたが、ディティールが加わったことで動作の難易度が一気に増した。

 水に色を付け、表面の硬度を調整し、肌や服の質感をよりリアルに近づける。余剰の水は二歳児の身体の柔らかさと体温を再現する。髪は難儀した。


 ここまでやってみたあたりで、魔法陣の記述が雑多になりすぎて若干嫌気がさしてきた。


 自分の生体情報をテンプレートとして書き出して別の魔法に転写するような機構があればな~……と考えているうちに、とある魔法の存在を思い出す。

 【闇】の魔法書に書かれていた或る魔法――確か【影法師ドッペル・シトゥン】という、本当にただ見てくれだけ自分そっくりな影分身を作る擬態魔法が存在する。

 分身は触れないし動きもしない。ただそっくりな影がそこにあるだけで、擬態としてはほんの猫騙しのようなものだろう。一方で見てくれに限っては現状の自身の生体情報を正確に影に転写するとされる。

 この魔法を転用できればわざわざ現況に合わせて膨大な記述を盛り込む手間が省けるかもしれない。


 一応は定型魔法である【影法師ドッペル・シトゥン】の魔法陣は魔法書に記載されていたが、【闇】の魔法書は冒頭に「悪用する魔法師が後を絶たないので、本書に記載する内容は門外不出とする」とされていた。貴族家だから運良くあり付けたが、これももしかすると禁書庫とやらに厳重に保管されていたかもしれないので紙一重だ。

 ともかく、そういう仄暗い曰くのある魔法を私が使えたら何かと問題になるかもしれないので、今回は一旦必要な情報を読み取るだけにしておこう。

 【影法師ドッペル・シトゥン】の魔法陣には現況の生体情報を影に転写する記述の文例があったので、当該部分をテクスチャとして転用することで造形記述の大幅なショートカットに成功した。



 水人形の完成まであと二ヶ月。

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