エピローグ そのための手


 それからどれくらい時間が経っただろうか。


 誰かに名前を呼ばれたような気がして、ラッツは目を覚ました。



「ここは……?」


 どうやらベッドの上に寝かされているようだ。右腕は失ったままだが、きちんと止血がしてある。他の傷も治療がされているようだ。


 そしてベッドサイドでは、リリーニャと同じ黒髪の少女がラッツを見下ろしていた。



「やっぱり貴方は、目覚めの悪い王子様のようね」


 呆れたように笑うミカの顔を見て、なんだか自分の家に帰ってきたような安心感を覚えた。


 同時に身体の痛みも思い出したようで、たまらず顔を歪めた。それを見て心配したミカが慌てて誰かを呼んだ。それを片手で遮ろうとして、その手はもう無いことを思い出した。



「まったく、貴方は昔から無茶ばっかりなんだから……」

「イレイヌ!? お前……!」

「あのときは本当にごめんなさい。でも私もガレスに脅されていたの」


 よく見知った金髪の女は申し訳なさそうに目を伏せながら、静かに語り出した。


 彼女が言うには、最初からガレスはソウル爆弾とやらを使って国を破壊するつもりはらしい。


 だが彼の計画に協力しなければ実行する、という条件を突き付けられてしまい、やむなく従ったそうだ。その話を聞いて、ラッツは思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。



(んだよ。俺は最後まで、まんまとアイツに利用されていたってことか?)


 ガレスは結局のところ、己の復讐が果たされればそれで良かったのだ。たとえそれで、自分の命がなくなろうとも。


 ラッツは自分の情けなさに呆れ果て、思わず重たいため息が出た。



「すべては終わったわ。『ソウルドライヴ』がもたらす害は国中に知られ、王や軍部などの上位陣も責任を問われることになるでしょうね。おそらく近いうちに裁判が行われるはずよ」

「そう……か……」


 ラッツはゆっくりと目を閉じ、これまでのことを思い返す。長い戦いだったが、それもようやく終わったのだ。



 この状況では、組織も解体されることだろう。


 ソウルドライヴという国の力が無くなれば、頼っていた軍部も弱体化する。

 もちろん、発展した技術はソウルドライヴが無くてもある程度の応用が利くが、それでも周辺諸国からの圧力は増すはずだ。



「はぁ……まったく、私も各方面からの問い合わせで頭がパンクしそうよ」

「ははは。でもまぁ、我が国で最も優れた頭脳を持つイレイヌなら、上手いことやれるだろ?」

「今日だけは、皮肉も甘んじて受け取っておくわ」


 一難去ってまた一難、問題は山積み。

 だがこれからは若い世代による、新しい時代が始まるに違いない。



「ねえ、これからラッツはどうするつもりなの? いちおう、貴方が受けていた『ソウルカクテル』の解毒は私がやっておいたけど」

「これからのこと? そうだなぁ……」


 ふと視線を横にやる。そこには不細工なネズミのドッグタグを首から掛けた少女が、どこか不安げにこちらを見つめていた。


 その様子を見て思わず、ラッツは口元を緩ませた。


 この子はリリーニャじゃないし、当然ながら恋愛感情といった下心もない。それでも不思議と、親愛のようなものを感じ始めていたからだ。だから――。



「とりあえず夢だった孤児院でもやってみるとするか? だがなぁ、左腕だけじゃ不便だし。どっかに若くて教師になりたい、都合の良い助手右手がほしいところなんだが」


 そう言うと、少女は驚いたように目を見開く。そしてすぐに満面の笑みで答えたのだった。



「仕方がないわね。今回の件で私は英雄になったわけだし? 目の前で困ってる人に手を貸すぐらい、なんてことはないわよ」


 それを聞いたラッツもまた笑みを浮かべた。その表情はまるで憑き物が落ちたかのような、とても晴れやかなものだった。

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