第2話 ドブネズミの見る夢


 その場で任務の報酬を受け取った隊員たちは、これから王都にある飲み屋街へ行くという。


 ラッツも彼らに誘われたのだが――。



「悪いが、行きつけの場所で古馴染ふるなじみたちと静かに飲みてぇんだ」


 と言って断った。ブライアンもその旧友の一人なのだが、このあとは残業があるといって帰ってしまった。


 口うるさい上官に対して、ラッツの代わりに今回の失態のフォローをしてくれるのだろう。


 上手いこと組織内で成り上がっていく友を内心で褒めつつ、ラッツは自身を襲う体の痛みに耐えながら目的のバーへと向かった。





「よぉ、相変わらず強い酒を飲んでやがるな」


 ラッツが十年以上も通い詰めている場末のバーに向かうと、一人の女がカウンターに座っていた。


 彼女は三角のグラスに入った黄金色のカクテルを口に運びながら、ラッツに向けて微笑んだ。



「スティンガーというカクテルよ。ブランデーのベースに、スッキリとしたミントの風味が美味しいの。貴方も飲んでみる?」


 背中の空いた真っ赤なドレスに、長い金髪。まるで映画女優のような妖艶さをもつ彼女は、名をイレイヌという。


 組織のラムダ部隊……つまりは研究者が集まる部隊で働いている女性だ。


 専門は『ソウルドライヴ』を用いた毒物の研究をしている。年齢はラッツの半分ほど。二十四歳という若さだったが、彼女は部隊長を任されるほどの優秀な頭脳を持つ。



 二人が知り合ったキッカケは――さて、なんだったか。


 どちらからともなく誘い合い、体の関係を持つようになった。だがそれは恋愛感情によるものではなく、ただ組織の仲間として、プライベートの話をする程度の仲だった。



 ラッツはひとまず、いつも頼んでいる甘めの果実酒をバーテンダーに注文してから、今回の任務についてイレイヌと雑談を始めた。


 ちなみに二人とも酒が入っているが、声量には気を使っている。

 機密が外にバレてしまえば、次の日にはこの世界から消える羽目になるからだ。



「ブライアンの奴は相変わらず、処世術が上手かったよ。アイツのフォローが無ければ、また誰かさんにどやされるところだった」

「ふふっ。でも貴方はそんなの気にしないでしょう?」

「……ま、そうなんだけどな」

「でもあまり無茶をしては駄目よ? いくら貴方が優秀でも、もう良いオジサンなんだから」

「……あぁ。心配しなくとも、自分のことは自分が一番分かってるさ」


 二人はそう言葉を交わして、お互いの飲み物をゆっくりと味わうように飲むのだった。


 ――と、そこでラッツはあることを思い出した。



「そういえば、今回の任務で救出するはずだった研究員から、とあるチップを託されてな」


 そう言ってラッツは、ズボンのポケットから何かを取り出した。それは、彼の小指の爪ほどの大きさをしたチップだった。


 それを見た瞬間、イレイヌの表情が一変した。



「……ちょっと待ってよ。貴方まさか、組織に黙って持ってきたわけ!?」


 ラッツの手からその小さな物体を受け取った彼女は、慌ててそれを自分のポーチの中へと隠した。


 それを見たラッツは苦笑する。



「おいおい……そこまで慌てなくてもいいじゃねぇか」

「慌てるに決まっているでしょ!? だってこれは……」

「――『ソウルドライヴ』に関する資料なんだろう?」


 ラッツの言葉に、イレイヌは一瞬言葉に詰まる。しかしすぐに平静を取り戻したかのように、こう返した。



「……そうよ。しかも組織が躍起になって取り返そうとしたってことは、かなり重要なデータでしょうね」


 よく分かってんじゃねぇか、と軽口を叩くラッツ。


 対するイレイヌの方は、すっかり酔いが醒めてしまったようだ。キッと目を鋭くした彼女は、ラッツの耳元でささやいた。



「私に渡したってことは、中身を調べさせるつもりなんでしょう!?」

「おぉ。さすがは天才少女。話が早くて助かるぜ」

「こんなときにふざけないで! そんな危ないもの、私が扱えるわけないじゃない! だいたい貴方、組織にバレたらタダじゃ――ってまさか!?」


 怒りの感情を爆発させながらも、周囲には聞こえないよう囁く彼女に対して、ラッツはさとすような口調でこう言った。



「まぁまぁ。俺ももうオッサンだしさ。組織を抜けたあとは貯めた金を使って、田舎で孤児院でもやろうかと思ってよ。もし組織が邪魔してくるようなら、その情報が何かに使えるかもしれないだろう?」

「……」


 その言葉を聞いた途端、イレイヌは黙ってしまう。



「だからお前に頼みたいんだよ。このデータを解析をさ」

「貴方が孤児だったことは知っているわ。どうせ自分のような子供たちを救いたいとか、そんなことを考えているんでしょう? でもだからって、こんな危険を貴方が背負う必要なんかないじゃない……」


 まったく、不器用なんだから……とうつむく彼女に、ラッツは言う。



「良いんだよ。今までの人生、俺は殺すばかりで誰も守れやしなかった。そんな男がちょっとした善行をしよう、そう思いついただけなんだからよ」


 その言葉に、彼女は何も返せなかった。



「それに俺はな。次の任務で組織から引退するって、ガレスのジジイに言っちまったんだ」


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