第29話 最初で最後の、水泳大会

地球環境モニター室で、

2日目の勤務に突入した日、

「こっちに、集まって」

ルーカス室長が言ったので、

地球環境モニター室の中央の広い空間へ

移動した。

「みんなは、木星の流れるプールで泳いだことはある?」

ルーカス室長が言った。

「1回だけなら、あります」

「昨日も行ってきました」

みんなが、1回以上は泳いだことがあると、答えると、

「それは、よかった。実は、木星の流れるプールで、所属部門別対抗の水泳大会が、開催されます。拍手!」

ルーカス室長が、手をたたいた。

「え? 木星で、水泳大会!?」

みんなが、驚いた。

「なんと、優勝した部門には……」

ルーカス室長が、話すのを途中でやめて、

僕達の顔を見渡していると、

「優勝した部門には、なんですか!?」

案の定、リアムとレオが、早く教えて欲しいと急かした。

「優勝した部門には、なんと……何も貰えません!」

ルーカス室長が、笑顔で断言した。

「えー!? 何も貰えないの?」

「大会って、普通、トロフィーとかメダルがあるよね?」

悲しそうに、みんなが言うと、

「思い出、という見えない景品が貰えるよ」

俺、洒落たことを今、言ったよね?

という感じで、ドヤ顔をした。

「見えないものよりも、小さなメダルでもいいから、目で見える物が、欲しい」

「何も貰えない大会か……やる気が出ない」

リアムとレオが言うと、

それを無視して、

「明後日の朝の10時に、木星に集合です! では、作業に戻って」

ルーカス室長は、自分のデスクへ戻って

いった。

僕達は練習なしで、やる気もないのに、

強制的に、景品が何もない、

水泳大会に挑むことになった。

エルザとエマも同じことを言っていたので、

もしかしたら、ほとんどの人が、

同じような気持ちで挑むのかもしれない。




2日後、

僕達は月のファイカプで待ち合わせをして、

カプカに一緒に乗って、木星へ向かった。


木星の浮遊コロニーJP5に着くと、

大混雑していた。

カプカから降りた瞬間、

人混みのどさくさに紛れて、

エルザが、僕の腕をつかんだ。

僕は、驚きと緊張で、体が硬直した。

「スカイと一緒が、いいな」

エルザに言われて、

「う、うん」

うなずいた僕の顔は、熱を帯びていた。


「こちらの着色してあるカプカに、所属部門別で、移動してもらいます。青色には、地球環境モニター室所属の人、黄緑色には、映像管理室所属の人……」

水泳大会の司会を務めるポプ室長の声が、

木星の浮遊コロニーJP5に設置されていた

スピーカーから聞こえてきた。

「エルザ、行くよ」

エルザと同じ、

映像管理室所属のノウェンベルが、エルザの手をつかんで、引っ張ったので、

僕の腕から、エルザの手がずれていった。

とっさに、連れて行かないで!

と思ってしまった。

僕の手のひらと、

エルザの手のひらが重なった。

僕は、体が硬直したままだったので、

エルザの手を、握り損ねてしまった。

「スカイ!」

エルザは、悲しそうに叫びながら、

ノウェンベルに連れて行かれてしまった。

エルザの姿が見えなくなっても、

その方向をずっと見ていた僕に、

「ねぇ、もしかして2人はもう、気持ちを伝えあったの?」

レオが、小さな声で言った。

「え? ま、まだ……な、何も聞いていないよ」

僕が、あたふたして言うと、

「そうなの? まぁ、告白のタイミングは、人それぞれだからね。でも、2人の雰囲気を見ていると、両想いなのは、間違いないと思うけど?」

レオが、ニヤニヤしながら言った。

「そ、そうかな……」


両想い!?

エルザと!?

嬉しすぎて、照れくさくて、

火が出そうなくらい、顔が熱くなった。

でも、エルザ本人からは、

まだ、何も聞いていない、と自分をどうにか落ち着かせた。


「そこの2人、何しているの? 行くよ」

少し離れたところにいた僕とレオに、

リアムが言った。

僕達は、青色のカプカに向かった。

初めて見るタイプの巨大なカプカで、

クッションがたくさん浮いていて、

壁や天井がなくて、

1m50cmくらいの柵に囲まれていた。


カプカに乗り込むと、そこにいたスクエアが木星専用のボディスーツを渡してくれた。


「みなさん、ボディスーツは、着ましたか?

泳ぐ順番を決めて、スクエアに名前と何番目に泳ぐのかを伝えてください 」


ポプ室長から、指示があったので、

僕達は、ジャンケンをして、勝った人から

泳ぐことにした。

スクエアに、名前と泳ぐ順番を伝えると、

ボディスーツの背中とお腹の部分に、

イイイイスターの輪郭が現れて、その中に、

地球環境モニター室の文字と泳ぐ順番が、

浮き出てきた。

「なんだか、大会の雰囲気が出てきたね」

「うん、頑張って泳ぐぞ!」

優勝しても、何も貰えないのか……

と残念がっていたのに、

リアムとレオは、張り切っていた。


「木星の中腹からスタートして、北極を目指してもらいます! と言いたいところですが、半径でも7万km以上あるので、人力で泳いでいては、水泳大会の終わりが見えません。なので、地球直径、約2個分、2万5000kmの木星の大赤斑を回るコースで、リレーをします! 今から第1から10走者の人を、AIキュープが迎えに行きます」

ポプ室長が言うと、

「えー!? 地球、2個分もの距離を泳ぐの!?」

それは、不可能では?

木星の半径よりは、はるかに短い距離だけど2万5000kmは……と会場内に、

ネガティブな空気が、漂った。

そんなことは、関係ないとばかりに、

AIキュープがやって来て、

地球環境モニター室の、第1走者のレイスや数人の体をつかんで、飛んで行った。

そして、

第11走者が乗っているカラフルなカプカがすべて動きだして、

大赤斑の中央付近で止まった。

どうやら、このカプカは、

待機場所兼観客席になっているようだった。

第1から第10走者の人は、

大赤斑の東側に、奇数の走者がスタート、

待機するためのリサが描かれていている

カプカ、通称、「リサカプ」が設置されて

いて、

西側には、偶然の走者がスタート、待機するためのぽぽぽが描かれているカプカ、通称、「ぽぽカプ」が設置してあった。


「それでは、最初で最後の、木星の流れるプールでの水泳大会を始めます! 第1走者のみなさん、準備はいいですか? 行きますよ!? よーい、ドンッ!」

ポプ室長が、叫んだ。

ジャボンッ、

ジャボンッ。

第1走者の16人が、一斉に飛び込んだ。

「レイス、ファイト!」

「頑張れ!」

早くも会場内は、声援で大盛り上がり。

地球の直径2個分の距離を、

第1走者の16人が、渦の流れに乗って、

あっという間に進んだので、

「この感じなら、思ったよりも簡単に次の人と交代できそうだね」

会場内に、ポジティブな雰囲気が、漂った。


第2走者の待つ、ぽぽカプに、最初に姿を

見せたのは、

地球環境モニター室、所属のレイスだった。

レイスの姿を捉えた、第2走者のスミットが

白カプから、身をのり出して、

腕を伸ばした。

レイスは、スミットを目指して、

大赤斑の渦の流れから脱出しようと、

泳いだ。

でも、渦の流れが速くて、

「うわぁ」

レイスは、渦の中心へ向かって、

流されてしまった。

そのあとから泳いできた他の人達も、

レイス同様、ぽぽカプを目指して、

渦の流れから、抜け出そうとしていたけど、渦の中心へ向かって流されて沈み、

AIキュープに引き上げられて黒カプへ

運ばれる人と、

渦の外側の西方向の流れに乗ってしまい、

ぽぽカプを通過して地平線の向こうまで

流されてしまう人が続出した。

誰ひとり、第2走者の待つぽぽカプに、

たどり着くことができなかった。


大赤斑からの脱出を試みるも、

渦の中心へ流されて沈み、スタート地点の

リサカプへ戻されて……を16人全員が

繰り返していた。


会場内に、

大赤斑の渦の流れから、脱出することは

できるのか?

第2走者と交代することは、

できるのか?

この水泳大会は、終えることができるのか?

また、ネガティブな感情が漂ってきた。


「レイス、頑張れ!」

僕達の乗っていた青色のカプカの前を

通過したレイスに、みんなで声援を送った。

ぽぽカプへ向けて、渦の流れからの脱出を

試み始めたレイスだったが、

「うわぁ」

渦の中心へ向かう流れに捕まってしまい、

ジャボンッ、

レイスの体が沈み、かろうじて伸ばした片腕だけが水面から出ていた。

僕達は、柵に身をのり出して、腕を伸ばしてレイスの手をつかもうとした……届くはずもないのに。

僕達が見守る中、レイスの腕が沈んでいき、

完全に姿が見えなくなった。

「レイス!」

僕達は、別れを嘆いた。


ステファンが、大赤斑の反時計回りの渦の

流れを、じっと見つめながら、

考えごとをしていた。

「そうだ、もしかしたら……」

「どうしたの?」

僕が聞くと、

「上手くいくか分からないけど……」

「どんなこと?」

ステファンが話そうとした時、

エドからテレパがきて、

「大変だよ、レイスが大赤斑に、真向勝負を挑むみたい。無謀、過ぎる」

と笑った。

僕とステファンは、座席のポケットに入っていた、望遠オクーロを取り出して、

レイスの姿を見るために、

エドのいる、カプカの西側に移動した。


「望遠オクーロ」とは、

横に細長い8角形をしている、

いわゆる望遠鏡で、

使い方は、

自分の目から、5cmほど離した位置で、

望遠オクーロの側面に付いている、

「固定」というボタンを押すと、

その位置を保ってくれるので、

手を放しても動いても、落ちたりずれたり

しない、便利なアイテムだ。



「本当だ……大赤斑の中央を、横切るつもりだ」

「さすが、レイス。無謀、過ぎて逆に、カッコイイ」

望遠オクーロで、

地球の直径分、離れた場所にいるレイスを

見て、僕達は、呆れつつ笑った。

「そうだ、ステファン。何か、思いついたことがあるのでしょう? 早くも教えてあげないと、レイスが無謀なチャレンジを始めてしまうよ」

僕が言うと、

「う、うん。そうだね」

ステファンが、少し慌てた様子で、

レイスにテレパをした。


「何? 今から大赤斑の渦の流れとの勝負で、忙しいのだけど」

レイスが言った。

「えっと、あまり内側に行くと中心へ向かう流れに飲み込まれるし、渦の外へ行くと東西方向に流されてしまうから、渦の流れの影響を受ける、ギリギリの位置を保ちながら、地球2個分の距離を移動して、次の走者が待っているカプカが見えたら、その渦の勢いを利用しながら脱出ができないかな、と思って」

ステファンが言うと、

「なるほど……えっと、カプカの前に来てから、抜け出そうとするのではなくて、見えた段階で脱出を試みる、ということ?」

レイスが言った。

「うん、その通り! さすがレイス、理解が早いね」

ステファンが褒めると、

「そうでしょう、そうでしょう」

レイスが照れ笑いをした。

「上手くいくか分からないけど、やってみて」

「分かった、やってみるよ」


テレパを終えたレイスは、

正面突破をしようとしていたのをやめて、

大赤斑の反時計回りの、渦の流れに乗った。

流れの影響を受けるギリギリの位置を

保ちながら、

地球の直径2個分の距離を移動して行った。

そして、

次の走者、スミットが待つぽぽカプが見えた

ので、渦の流れからの脱出を試みた。

もう少しで、流れから出られそうだ、

と思った瞬間、

「うわぁ」

レイスは、すぐうしろにいた、

ハウトにぶつかって、

一緒に渦の外側に少し出てしまい、赤道に

沿って流れている西方向の流れに乗って、

ぽぽカプを通り過ぎて、どんどん西へ流されて行った。

望遠オクーロで見ていた達は、

「レイス! ハウト!」

大きな声で叫んだ。


その後、数回、脱出ができなくて、

渦に飲み込まれてしまったレイスは、

「次こそは、やるぞ! 頑張るぞ!」

意気込んで、また黒カプから、泳ぎ始めた。

地球の直径、2個分の距離は、

問題なく移動して行き、

ぽぽカプが見えた瞬間、脱出を試みた。

激しく手足をばたつかせて、

泳いだ結果、

なんと、ついに脱出に成功した、レイス。

「おぉ! すごいよ、レイス」

僕達は、まだ第2走者のスミットの元に

たどり着いたわけではないのに、

歓喜にわいた。


ぽぽカプでは、レイスの姿を捉えたスミットが交代しやすいように、カプカの手すりから

腕を伸ばせるだけ伸ばして、待機していた。


もうすぐで、手と手がふれそうな距離にまでレイスがやって来た。

「よし、ついに、交代だ!」

誰もが思った、その瞬間、

「うわぁ」

レイスが、あともう一歩のところで、

西方向の流れに捕まってしまった。

スミットも僕達も、

「レイス!」

悲しげに叫んだ。

「惜しかったね、あと少しだったのに」

「うん、本当に。でもステファンの作戦が正しいって証明できたね。初めて、あんなに近くまで来たから」


西へ西へと流されて行ったレイスを、

黒カプまで、AIキュープが運んで来た。

「つ、次こそは、やるぞ……」

満身創痍気味のレイスは、

ゆっくりとプールの中へ入り、大赤斑の渦の流れに乗って、

ぽぽカプを目指して流れて行った。

レイスの姿が見えたスミットは、また腕を

伸ばした。

「うおぉ!」

ぽぽカプが見えたレイスは、力を振り絞って泳ぎまくった。

大赤斑からの脱出に成功したレイスは、

西方向の流れに捕まらないように、

気をつけながら、

ぽぽカプを目指して泳いだ。

そして、

ついに、ついに、スミットの手のひらに、

ふれることができた。

その瞬間、ゆっくりとレイスが、

プールの中へと沈んでいった。

ジャボンッ。

スミットが飛び込んで、沈んでいくレイスを抱きかかえた。

「お疲れ様。ゆっくり、休憩してね」

レイスは、うなずいた。

AIキュープがやって来て、

レイスの体をつかんで、持ち上げた。

スミットは、それを見届けて、泳ぎ始めた。


スミットは、なんと、一度目の挑戦で

第3走者に交代した。

地球環境モニター室のレイスとスミット達の泳ぎ方を、他の部門の人達も取り入れて、

どうにか、時間はかかりつつ、

交代していくことができていた。


カラフルなカプカに、AIキュープがやって

来て、次の走者の人を運んでいった。

「いってらっしゃい!」

みんなが、僕とステファン、

これから泳ぐ人達を見送ってくれた。

「行ってきます!」

僕とステファンは、みんなに手を振った。

ステファンは、リサカプに、

僕は、ぽぽカプに運ばれた。

シアマムの姿が見えたステファンは、

手すりから腕を伸ばして、待機した。

シアマムの手と、ステファンの手が

ふれた。

ジャボンッ。

ステファンがプールの中へ飛び込んで、

「お疲れ様、ゆっくり休んでね」

と言うと、

「うん……そうするよ」

シアマムが、力なく笑った。

AIキュープがやって来て、

シアマムの体をつかんで、

青色のカプカへ向かった。


ステファンは、一度目の挑戦で、僕が

待機していた、ぽぽカプにたどり着いた。

「スカイ、行ってらっしゃい」

「行ってきます!」

僕もステファンのように、

一度目の挑戦、で交代してやる!

と意気込んで、泳ぎ始めた。

でも、現実は、そう上手くはいかなかった。

ただ見ていただけの時には、

簡単にできると思っていたのに、大赤斑の

渦の流れの影響を受ける、ギリギリの位置を保つのが、僕には難しくて、

みんなはどうやって、保っていたの?

と不思議に思えてきた。

何度も、大赤斑の渦の中心や外側の流れに

捕らわれてしまい、僕は、次の走者に

交代することができずにいた。

「上手くいかないよ……」

テレパで弱音を吐く僕に、

「大丈夫、もう少しだよ。頑張って」

みんなが応援してくれたのに、

辛すぎて、一切、耳に入ってこなかった。

気持ち的には、大げさだけど、

木星の直径くらいの距離は、泳いでいると

思う。

意識が、もうろうとしてきたよ……もう駄目だ……と思った瞬間、


「水泳大会の途中ですが、また3日が経過したので、休憩に入ります」

ポプ室長の声がスピーカーから、

聞こえてきた。

AIキュープが何台もやって来て、

泳いでいた人達の体をつかんで持ち上げた。

「位置を記憶しました」

電子音声が流れたあと、

AIキュープは、カラフルなカプカへ向かって移動を始めた。

大赤斑の中央付近で浮いていたカラフルな

カプカすべてと、ぽぽカプとリサカプに、

AIキュープが、エアボウルに入った

カレーライスと水を運んで来てくれた。

束の間の休息が訪れた。

食事を終えた僕は、

みんなに、少し仮眠するね、と伝えて、

はしの方で寝転んで眠った。



次の日、眠っていた僕の体を、

AIキュープが持ち上げた。

「スカイ、頑張ってね、待っているよ」

レイスの声で、僕は目が覚めた。

「運ばれている……もう休みが終わったのか」

レイスが僕に向かって手を振っていたので、

僕も手を振った。

AIキュープが、休憩前にいた場所に、

泳いでいた人達を、ひとりずつ運んでいた。

AIキュープに運ばれながら、

僕は、大赤斑をぼうっと眺めていた。

「どうして、ここを泳がないといけないのかな? 高気圧の嵐だよ、普通、近づいたら駄目でしょう? そんな場所で、泳がせるなんて……企画したやつ、狂っている」

心の中でつぶやいたつもりが、

実際に声に出ていたみたいで、

「水泳大会だからでしょう」

AIキュープから電子音声が流れた。

「え? 聞こえていたの? まぁ、いいや。もう、泳ぎたくないよ」

僕が、文句を言うと、

「思い出作り、知恵を絞って頑張りなさい」

ジャボンッ。

AIキュープが、僕を大赤斑の渦の中へ置いて去って行った。

「もう、やだよ……」

泳ぐ気力がわいてこなくて、僕は、仰向けになって、ぼうっとしていた。

思い出作り? 意味ないでしょう。

僕は、鼻で笑った。

どうせ、地球に着いた時には、

ここでの暮らしの記憶は、キレイさっぱり

忘れているのに……なんだよ、思い出って。

あはは、意味が分からない。

宇宙空間を眺めながら、

僕は、自暴自棄になっていた。

リサカプで、リアムが待っていること、

水泳大会のまっただ中であることを、一瞬、忘れていた。


ゴンッ。

突然、頭に鈍痛が走った。

「痛い!」

頭をさわった時、

「スカイ、大丈夫!?」


リアムの顔が、目の前にあった。

「あれ? なんで?」

驚いている僕に、

「お疲れ様、交代だよ」

ジャボンッ。

リアムがプールの中へ入ってきた。

僕はいつの間にか、リサカプへ到着して

いた。

さらに、偶然、鈍痛がした頭の部分を

さわった時に、リアムの手のひらに、

僕の手がふれていた。

「よく、頑張ったね」

リアムが、僕を抱きしめてくれた。

「う……うん。遅くなってごめんね」

僕は、もう泳がなくていいのが分かって、

リアムの顔が見られて嬉しくて、

ホッとして、涙が出てきた。

AIキュープがやって来て、

僕の体をつかんで、移動を始めた。


青色のカプカに降ろされた僕を、

ステファンが受け止めてくれた。

「お疲れ様。スカイ、すごいよ! いい作戦だね」

ステファンが、興奮気味に言った。

「え? 何が?」

疲れていたので、

薄くしか反応できなかった。


僕達はテレパを始めた。

「スカイを見ていて、いいことを思いついたよ」

「どんなこと?」

「初めて木星に来た日、タピアが仰向けになると、頭が向いている方向に、ゆっくりと体が移動する、と言っていたのを覚えている?」

「言っていたかな?」

レオが首をかしげた。

「それ、覚えているよ。僕とスカイとステファンで、流れに身を任せて遊覧したよね」

リアムが言うと、

「うん。その仕組みを利用すれば、簡単に次の人と交代できると思う」

「え? どういうこと?」

今度は、リアムが首をかしげた。

「ぽぽカプからリサカプへ行く時は、大赤斑の渦も隣接する縞模様の気流も東方向の流れで、リサカプからぽぽカプへ行く時は、大赤斑の渦も隣接する縞模様の気流も西方向の流れだから、今まで通り最初は、大赤斑の渦の流れに乗りながら地球2個分の距離を移動して、カプカが見えたら、仰向けになる。そうすれば、東西方向の縞模様の流れに乗れるから、簡単に渦の流れから抜け出せると思う。どうかな?」

僕達は、大赤斑を見ながら、

ステファンが言った手順で、

泳いでいる自分を、思い浮かべた。

「おぉ! 簡単に脱出できた」

「さすが、ステファン。その発想はなかった!」

「まさに、目からウロコだね」

みんな同様、僕も、さすがだな、と思った。

そんなこと、気づきもしなかった。

「なるほど、分かった! よし、エド、待っていて! すぐに行くよ」

リアムが、大赤斑の渦の流れに乗って

移動しながら、元気よく言った。

「うん、待っているよ」

僕達は、テレパを終えた。



ステファンの提案通りに泳いだリアムは、

なんと、

一度目の挑戦で、

ぽぽカプで待つ、エドの元へ到着した。

エドもステファンの提案した泳ぎ方をすると

一度目の挑戦で、リサカプにたどり着いた。


そんな、2人を見ていた他の人達が、

その泳ぎ方いいね! と真似をした。

ステファン提案の泳ぎ方を、

全員が取り入れて実行したことで、最初とは比べものにならないくらい、

テンポよく、次の走者と交代することが

できるようになった。



何度も休憩をはさみながら、

リレーは続き、

ついに残すは、どこの部門もアンカーと

その前の走者の2、3人だけになった。

地球環境モニター室のアンカーは、レオで、その前は、アキヌスだった。


アキヌスは、ステファン提案の泳ぎ方を、

順番がくるまで、何度も頭の中で、

イメージトレーニングをしていた。

その甲斐があって、一度目の挑戦で、

リサカプで待っていた、アンカーのレオと

交代した。

そとあとすぐに、

生体培養室所属のタットル、

植物管理室所属のティオンが続いた。


レオもステファン提案の泳ぎ方で、

ぽぽカプが見えた瞬間、仰向けになった。

大赤斑の渦の流れから脱出して、

順調にぽぽカプに近づいていった。

そして、

3Dホログラム製の「ゴール」と表示された板にさわるために、仰向けをやめて、

体を、水面に対して垂直にした瞬間、

「うわぁ」

レオが、西方向の流れに乗ってしまい、

ぽぽカプからドンドン遠ざかって行った。

「レオ!」

みんなで叫んだ。

レオの姿が、地平線の向こうへ行ってしまい見えなくなった。

でもすぐに、地平線の彼方へ消えた、レオを

AIキュープがリサカプまで運んできてくれた。


「次こそ、ゴールしてやる!」

レオは、意気込んで、

プールへ飛び込み、再スタートした。


頭の中では、

どうすればゴールへたどり着けるのか、

理論的には分かっていても、疲れてくると、こちらの体力は衰えていくのに、

渦の流れる勢いは、変化しないので、

大赤斑の渦の流れの影響を受ける、

ギリギリの位置を保つのが難しくなってきて

渦の中心へ向かう流れに捕まってしまい、

レオは沈んではAIキュープに引き上げられて……を繰り返していた。

そこで、レオは考えた。

始めから、仰向けで行けばいいんだ!

レオは、リサカプから、プールへ飛び込んだ

あと、すぐに仰向けになった。


そんなレオの思惑を見抜いたステファンが、

テレパをした。

「2万5000km、地球の直径2個分の距離は、大赤斑の渦の流れに乗らないと、レオだけゴールにたどり着くのが、たぶん、数か月後とかになるかもよ」

ステファンが言うと、

「え? どういうこと?」

レオが言った。

「仰向けだと、遊覧する速度になるから、ゆっくり過ぎて、全然進めない」

「そうなの!? 始めから仰向けでいけば、完璧な作戦だ! と思ったのに……駄目だったか」

レオは落胆した。

「でも、レオの作戦、いいと思うよ」

「本当?」

「うん。ただ使い方の問題で、ギリギリの位置からずれそうになった時に、レオの仰向け作戦で、軌道修正するのはどう?」

ステファンが、

レオに寄り添う感じで言うと、

「うん、やってみるよ」

レオは元気を取り戻し、嬉しそうに言った。

レオとステファンがテレパを終えたあと、

「レオって単純で、かわいい人だよね」

エドが笑うと、

「うん、そうだね」

ステファンが、ニコッとした。


レオは、大赤斑の渦の流れの影響を受ける

ギリギリの位置を時々、仰向けになって、

軌道修正しながら、地球の直径、2個分の距離を移動して行った。

そして、ぽぽカプが見えると、

レオは仰向けになって、頭をぽぽカプの方へ向けた。

「レオ、もう少しだよ」

会場内に、ついにゴールする人が、現れる!

と期待感で満ちていた。

大赤斑を脱出したレオは、

仰向けのまま少し体をひねって、

ぽぽカプの位置を確認して、頭を動かして、

移動する方向を微調整していた。

そして、

板にさわるために、

先ほどと同じような位置に来た時に、

仰向けをやめると、

「うわぁ!」

西方向に向かって、流されていった。

AIキュープが、地平線の彼方からレオを

リサカプへ運んできた。


レオは、黒

リサカプに着いてすぐに、プールの

中へ飛び込んだ。

大赤斑の渦の影響を受けるギリギリの位置を軌道修正しながら移動して行き、

ぽぽカプが見えてくると、

また先ほどと同じような位置で、仰向けを

やめようとしたので、

ステファンが慌てて、レオにテレパをした。

「レオ、仰向けをやめるのは、ゴールの板の手前に来た時というか、スカイのように、仰向けのままゴールの板にふれるのが、確実だと思うよ。どうかな?」

ステファンが言うと、

「それ、すぐこくいい作戦! 仰向けをやめた瞬間、流されてしまったから、今度は、仰向けをやめずに行ってみるよ」

レオが言った。


レオは、仰向けのまま、移動して行った。

そして、ついに、

レオが、「ゴール」と表示された

3Dホログラム製の板に、

手が届きそうになった。

「やっと、着いた」

レオが安堵した、その時、

「わぁ!」

叫ぶ声が聞こえて、

レオがその方向を見ると、勢いよく、

西方向に流れて行くティオンが、

仰向けにだったレオの体をつかんだ。

その瞬間、

「うわぁ!」

レオとティオンが、同時にプールの中へ

沈んだ。

ガバッ。

水面から片手か出てきて、

「ゴール」と表示された板にふれた。

その瞬間、

ポプ室長が、叫んだ。

「ゴール! ついに、ゴールです! ですが……どちらの手でしょうか!?」

会場内にいた全員が、かたずをのんで、

見守った。

「どっちかな?」

「レオかな? ティオンかな?」

プハッ。

仰向けになったレオのお腹に顔を乗せた

ティオンが同時に水面に出てきた。

「果たして、どちらの手でしょうか!?」

ポプ室長が、興奮気味に言った。

会場内でも、どちらかな!?

レオとティオンに注目した。

「僕だよ!」

レオが、板にふれていた手を高くあげて、

叫んだ。

そのあと、ティオンがプールの中から両手を出して、板にふれた。

「ゴール! ついにゴールです! 一着でゴールしたのは、地球環境モニター室所属のレオナルド。二着は、植物管理室所属のティオンです!」

興奮気味にポプ室長が言うと、

「おぉ! レオ、すごい」

「ティオン、やったね!」

会場内のあちらこちらから、歓喜の声が

聞こえてきた。



ほとんどの人が、

「ゴール」の板にふれていき、

最後のひとりになった。

「スピキュール、頑張れ!」

所属部門別対抗リレーだったけど、

会場にいた全員が、最後の走者、

医務室所属のスピキュールを応援した。

それは、なぜか?

スピキュールがゴールしてくれたら、この過酷な水泳大会が終わるからだ。

利害の一致がなせる業、ということ。

スピキュールは、

大赤斑の渦の流れの影響を受ける、

ギリギリの位置を保ちながら、地球の直径、2個分の距離は問題なく移動していたけど、

大赤斑から脱出したあとが、問題だった。

仰向けで方向を調整しながら、進まなくてはいけなかったので、

上を向いていて、前方が見えないことが、

スピキュールはすごく怖くて、

少し進んでは、どの方向へ向かっているのかを確認するために、仰向けをやめてしまい、その瞬間、西方向の流れに捕らわれて、

地平線の彼方へ流されていた。


そんなスピキュールの様子を見ていた

ステファンがは、

どの方向へ向かっているのか、

望遠オクーロで、確認しながら、

「そのままで大丈夫」とか、

「少し右に頭を傾けて、向きを変えて」

などと、テレパで伝えて、

怖がっているスピキュールを支えた。

すると、スピキュールが、

仰向けをやめる回数が減ってきた。


そして、ついに、

スピキュールの手が、

「ゴール」と表示された板にふれた。

「ゴール! スピキュールがついに、ついに、リタイアすることなく、泳ぎ切りました!」

興奮気味にポプ室長が言った。

「スピキュール、お疲れ様!」

「偉かったね、辛かったね」

「最後まで、泳ぎきるなんて、すごいよ」

会場内のあちらこちらから、

労いと歓声が聞こえてきた。

満身創痍のスピキュールは、

「応援、ありがとう」

小さな声で言ったあと、

プールの中へ沈みだしたスピキュールを

AIキュープがやって来て、体を持ち上げて、

大赤斑の中央付近にあった、赤色のカプカに運んで、

降ろされたのを確認したポプ室長は、

「これで、最初で最期の木星の流れるプールでの水泳大会は、終了です。最初は、大赤斑でリレーなんて無謀だ、と思ったことでしょう。でも、どうですか? 時間はかかりましたが、一致団結し、知恵を絞った結果、見事に全員が泳ぎ切りました。この経験は、とても大切です。地球へ戻っても、『知恵を絞って、団結する』ことは、忘れないでしょう。では、今日だけ休憩して、明日からの勤務も頑張ってください。体は若いので、疲れはすぐに消えますよ」

と言った。

甲斐のあちらこちらから、

「えー、明日から勤務? 嘘でしょう!?」

「もっと、休憩が欲しい!」

と声があがると、

「どれだけ作業が滞ったと思っているのですか? 休んだ分、しっかりと作業をしてください」

ポプ室長が、冷めたトーンで言った。


僕達は、カラフルなカプカに乗ったまま、

木星の浮遊コロニーJP5に設置された

ファィカプから、月のファィカプに移動して足早に解散した。

完全に、強制参加だった気がするから、

作業が滞っている、と言われても……。

僕達含め、みんなが釈然としない気持ち

だったけど、明日から勤務だから、

いち早くベッドに寝転んで眠りたい、

この気持ちの方が強かった。



次の日の勤務開始の前から、

疲れた……という雰囲気が、

地球環境モニター室だけではなくて、

アムズ全体に漂っていたけど、

ポプ室長の言う通り、

体は20歳だから、疲れたという雰囲気は、いつの間にかどこかへ行ってしまった。



3日間の勤務が終わった次の日、

僕とエルザは、休みだったので、

水泳大会のあと、

もう二度と木星は見たくない、

行きたくない、と強く思っていたのに、

僕は、エルザが行きたいと言ったので、

2人で、木星の流れるプールへ遊びに来た。


不思議なことに、

木星全体が、キラキラして見えた。

しかも、「楽しい」という感情で、

心も頭の中も、いっぱいだった。

どうしてだろう?

そうか……うすうすは分かっていたけど、

エルザと一緒だからだ。

それしかない。

僕は、エルザのことが、

ただ気になっていただけではなくて、

出会ってから約2万年かかって、

やっと気づいた。


この気持ちを、木星のお土産を選ぶ前に、

突然、伝えたくなって、

「と、突然だけど……」

僕は、緊張して、どうにかなりそうだった。

「どうしたの?」

「えっと、その……エルザのことが……好きだよ」

僕は、恥ずかしすぎて、うつむいた。

すると、僕の顔をのぞきこんできた、

エルザの顔が、濃いピンク色をしていた。

「私も、スカイが大好き!」

抱きついてきた。

僕は、硬直して、

「う……うん」

としか言えなかった。

周りの人達が言っていた通り、

僕とエルザは、両想いだった。

お土産は、お揃いで持ち歩けるように、

木星のキーホルダーにした。



次の日、地球環境モニター室に行って、

今日の作業はなんだろう? と思っていたら

「みんな、ここに、集まって」

ルーカス室長が、地球環境モニター室の

中央の広い空間に集まるように言った。

「みんなの作業を内容を確認したところ、ちょうど、2、3日あれば終わりそうなので、任された作業が終わった人は、やることがないので、勤務日数に関係なく帰っていいよ、と言いたいところだけど、あと4日ですべての作業を終わらせたいので、終わっていない人を手伝って。あと数日で、地球に適した体の培養が終わるから、ここでの勤務は、あと4日で終わりです」

ルーカス室長が言った。


楽しい月日の流れは、恐ろしいほど早くて、

あっという間に、

ヒューマンレベルの判定日から、

15年が経過していたようだ。


「あと4日で、勤務が終わり!?」

そんなこと信じられない、とばかりに全員が騒然とした。

「地球に戻れるの、嬉しいだろ? それとも、嬉しくないの?」

ルーカス室長が、首をかしげた。

「目標は、それだったので、嬉しいですけど、ここの暮しが長すぎて」

「地球に戻ったら、自動で体を運んでくれるオーヴウォークはないですよね? 洗顔タオルも調理ボウルも……それともありますか?」

レイスがルーカス室長に聞くと、

「残念ながら、それらはアムズの技術だから地球上には存在しない。でも、レイスがいつか、発明したらどう? 地球上も、アムズのように便利になるよ」

と笑顔で言った。

「ないのか……まぁ、でもそうですね。僕が発明したら、功績が称えられて、歴史の教科書に載ってしまうかもしれないな。レイス博士として」

レイスが嬉しそうに言うと、

「僕も一緒にやるよ」

レオが手を上げながら言った。

「よし、レオと僕で発明博士になろう!」

「僕も一緒に発明するよ、博士になりたい!」

レオとレイスの話に、リアムも加わって、

3人で、楽しそうに話をしていた。

もちろん、

「地球へ戻る日が来る」というのは、

ずっと頭の中で認識はしていたけど、

アムズでの暮らしが「あたりまえ」になっていたから、漠然と、これが永遠に続く、

と思っていた節もあるので、

一部をのぞいた全員が、

なんだか急に、寂しい気持ちになった……

としんみりしていると、

「では、気持ちを切り替えて、あと4日間で、協力してすべての作業を終えましょう! さっさと始めて、解散!」

ルーカス室長は、

笑顔で、手で追い払う仕草をしたあと、

自分のデスクへ戻っていった。

一部をのぞいて、全員が唖然とした。

「干渉に浸っている時間は、ないみたいだね」

エドが寂しそうに言うと、

「そうみたいだね……」

ステファンも寂しそうな表情をした。

しょんぼりした雰囲気で、それぞれ持ち場へ移動した。


自分の作業が終わった人は、

まだ終わっていない人を手伝った。

作業に終われていると、

あっという間に4日間が過ぎてしまった。

最期の作業は、

リアムが以前、旧人類の遺跡が、

木の成長の妨げになっていたので、

「うっすら覆う作戦」をした場所の

確認だった。

AIキュープを地球へ飛ばして、

遠隔操作して、送られてくる映像を見ながら

遺跡とその周辺を観察した。

狙いどおり、建物をうっすら覆う感じで、

草花が、

枝や幹が建物を避けるように伸びた、異様な形をした木が、しっかりと育っていた。

リアムが、AIキュープに、「帰還」の指示を出して、

ゆっくりと振り返った。

そして、

「確認……終わりました」

リアムが静かに言った。

僕は、リアムの肩を持って、うなずいた。


ついに、ついに、

すべての作業が、終わってしまった。


「みんなのおかげで、すべての作業が無事に終わりました。ありがとう。約2万年間、お疲れ様! 実は昨日、培養していた体が完成しました。これから培養した体の検査と地球の状態の最終確認をします。それが終わったら、いよいよ地球へ戻るので、アムズで過ごせるのは、あと数日です。思い出を作って、過ごしてください」

ルーカス室長が、明るいトーンで言った。


○次回の予告○

『太陽系ツアーと未完成の天王星の遊園地』


















































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