第18話 機械、ロボットの体には、抵抗がある

最近、疲れやすさが酷いなと感じ、

この前、サムさんに検査をしてもらったら、

僕の体は、

体内だけ106歳くらいになっていた。

どうりで、80歳だった時よりも、

疲れやすくなっていたわけだ。

新しい体の培養が、完成するまでには、

あと4年くらいかかると、

サムさんに言われたので、

ついに、

ヒューマンボウルの体を数年だけ、

借りることに決めた。

リアムが、体を交換しに行く時は、

付き添いたいと言ってくれたので、

2人の休みが同じ日に、

医療塔へ行くことにした。




医療塔の出入り口を入ると、

受け付けにいた人に、

「なんのご用ですか?」

と聞かれたので、

「えっと、サムさんに用事で……体の交換に来ました」

と言うと、

「あぁ、もしかして、スカイさんですか?」

と言ったので、

「はい、スカイ・ウィンスティーです。こちらは、付き添いのリアム・イザベライトです」

と答えた。

「話しは聞いていますので、スカイさんは管理マークはなしでいいですよ。リアムさんは、ナノスタンプを押していない方の手首を出してください。管理マークを貼ります」

と言ったので、

「僕はどうして……」

と聞くと、

「どうしてって、体を交換するために来たのでしょう? 今、手首に管理マークを貼っても、帰りにここを通る時は、ヒューマンボウルの体ですよね?」

少し、笑いながら言った。

「あぁ……確かに、そうですね」

僕は、苦笑いをした。

リアムの手首に、管理マークを貼りながら、

「培養医務室L8へ行ってください。ここをまっすぐ行って、突き当たりを右に行くと、培養医務室専用のエンヴィルがあるので、それで、13階まで、上がってください」

と言った。

「分かりました」

僕とリアムは、言われた通りに行くと、

エンヴィルがあった。

「スカイ、どうしたの?」

リアムと並んで歩いていたのに、

僕はいつの間にか、

リアムより数歩うしろを歩いていた。

「うん……なんだか怖いというか、帰る時は、この体、生体ヒューマンではなくて、機械の体なのか、と思って……ドキドキしているのかも」

不安そうな表情をしている僕を見て、

リアムが近づいて来た。

「……本当だね、スカイの心臓の鼓動が早い。深呼吸を、一緒にしよう」

リアムが僕の胸の中央に、

片方の手のひらをおいた。

「吸って、吐いて」

リアムが、僕を真っ直ぐ見つめがら言うので少し目をそらしながら、深呼吸をした。

「だんだん、落ち着いてきたね」

「うん、なんだか、落ち着いてきた」

僕とリアムは、顔を見合わせた。

「スカイ、行くよ」

リアムが、僕の手を握った。

僕は、うなずいた。

手をつないだまま、エンヴィルの中へ入って「13階」と言うと、

僕達の体が、ゆっくりと上昇を始めた。


内心、初めて、ヒューマンボウルの体に、

自分のジッタを移すので、

機械の体は、どんな感覚になるのかな?

今の生体ヒューマンの体では、生活がしに

くいから、ヒューマンボウルの体に

交換するって決めたけど、

この選択で、本当によかったのかな?

僕はこの期に及んで、ヒューマンボウルの体になることに、抵抗感を感じていた。


「スカイ、着いたよ」

考えごとをしているうちに、

13階に到着していた。

僕は、リアムに手を引かれながら、

エンヴィルを出た。

「スカイとリアムですね? L8へ案内します。こちらへどうぞ」

13階のフロアの受付を担当をしていた

AIヒューマンがいて、声をかけられた。

「はい、ありがとうございます」

僕とリアムは、AIヒューマンのうしろを

ついて歩いた。

13階のフロアには、いくつかの扉があって

そこには、それぞれアルファベットと数字が書いてあった。

AIヒューマンは、

「L8」と書かれている扉の前で、

停止して、

「この中に、サムがいます」

と言って、

エンヴィルの方へ、戻って行った。

僕は、L8の扉に片手を伸ばした。

ドアノブに手をかけて、

扉を開けるのを僕がためらっていると、

リアムが僕の手の上に自分の手をおいて、

そうっと、ドアノブを下に、

ガチャッと、動かした。

そして、

僕の顔をのぞきこんで、

ニコッとしながら、うなずいた。

「……」

しばらくリアムの顔を見つめたあと、

僕もうなずいた。

リアムと一緒に、扉を開けた。


部屋の中では、

サムさんが、準備をして待っていてくれた。

入って来た僕達に気づいて、

「おはよう」

サムさんが言った。

「おはようございます」

僕とリアムは、挨拶をした。

科学実験室です!

という感じの、いかつい椅子に座って、

ジッタを抜かれるのかな、と色々と想像を

巡らせて、勝手に不安に思っていたけど、

まったくそんなことはなくて、

背もたれが長めの、座り心地のよさそうな

椅子に座ってジッタはいつも通り、BNを

使って、移動させるけど、

今日は、BNの線が生体ヒューマンの体では

なくて、ヒューマンボウルの体につながって

いた。

あれに入るのか……なんだかドキドキして

きた……と思ったら、

「う……うぅ……」

胸が苦しくなってきた。

「スカイ、大丈夫?」

機器のそばにいたサムさんが、

かけよって来た。

「このままでは、よくないわ! 早く、ジッタを保存しないと!」

く、苦しい……胸が痛い……僕の意識は、

遠くなっていった。

「リアム! 一緒にスカイの体を持ち上げて、椅子に座らせて」

「はい!」

力の抜けた僕の体を、リアムとサムさんが

持ち上げて、椅子に乗せて、

僕の首のうしろにある挿し込み口に、

BNとつながっている線を挿した。

「お願い! 間に合って!」

サムさんは、BNの操作を始めた。

リアムは、僕の手を握って、

「スカイ、大丈夫だよ。僕がついているからね」

気を失った僕に、声をかけてくれていた。



ふと、目が覚めた。

「スカイ、分かる? 僕が誰だか、分かる?」

リアムが泣きながら言った。

「もちろん、分かるよ。リアムでしょう……」

僕が、笑顔で言うと、

「そうだよ! よかった」

リアムの握っている僕の手が、

視界に入って来た。

色が……変?

いつもと違う……。

僕は、勢いよく起き上がって、

自分の体を確認した。

「間に合ってよかった……スカイの体、機能が停止している臓器もあって、本当にボロボロだったわ。ジッタの保存が間に合って、本当によかった」

サムさんが、僕の肩に手をそっと置いた。

そんな大変なことになっていたの!?

僕は、驚いたけど、

それよりも、こちらの方が気になった。

これが、ヒューマンボウルの体か……

思ったより、体自体の重さは軽くて、

動きやすいと感じた。

でも、変な感覚だった。

自分の腕でも足でもないし、

脳や神経に、腕も足もつながっていないのに僕が動かしたい方向に、1秒の誤差もなく、腕も足が動いた。

ヒューマンボウルの体での食事の方法や、

移動の仕方などのレクチャーを受けて、

僕とリアムは、サムさんにお礼を言って、

医療塔を出た。


ヒューマンボウルの人は、

以前、設置してあった三日月ベンチ、

三角ベンチの近くに、

「ヒューマンボウルステーション」という、

8角形の中にイイイイスターの輪郭をした

形のポイントが、地面に設置してあって、

これで、月と火星、浮遊コロニーへ移動

する。

このポイントの中に入るとスクエアが現れて

どこに行きたいのか伝えると、行きたい先のヒューマンボウルステーションに、

ジッタを転送する先のヒューマンボウルの

体が、地下に作られたヒューマンボウル

保管庫から出てきて、準備が整ったら、

「転送を開始します」

とスクエアが言って、一瞬で、ジッタが転送

される。

転送先では、ジッタが入ると、その持ち主の

顔に、ヒューマンボウルの頭部の部分が変化

して、ジッタが移動して、空っぽになった

体は、地下に作られた保管庫へ収容される。


ヒューマンボウルステーションは、

撤去されていないから、今も使えるけど、

コロニートンネルは、ヒューマンボウルの

人も、そのままの体で移動ができるから、

使っている人はたぶん、いないと思う。



リアムとM02の浮遊コロニーへ帰るためにオーヴウォークへ向かっていたら、

「スカイ!」

名前を呼ばれて、振り向くと、

エルザだった。

「スカイが体を替えた、と母さんから聞いて。ね! 腕、貸して」

ニヤニヤしながら、エルザが言ったので、

「か……噛まないよね?」

エルザに確認をしてから、腕を差し出した。

エルザは匂いをかいだり、両手で僕の腕を

握ったりして、観察をしているようだった。

そして、気がすんだのか、

「あーあ、つまんない」

と言った。

「何それ?」

意味が分からなさすぎて、笑ってしまった。

「スカイは、いつまでこれなの? もう、この体には慣れたの?」

「培養している体が、完成するまでだよ。体にはそうだね……数分しかたっていないから、分からないかな」

「そっか。あ、テレパだ……戻らないと」

エルザは、中枢機関塔へ戻って行った。

そのうしろ姿を僕は、

無意識に目で追っていた。

すぐ近くから視線を感じて、横を見ると、

リアムがニヤニヤしながら、僕を見ていた。

「何?」

「いや、別に」

すっとぼけた感じで、口笛を吹きだした。

「何!?」

「何でもないよ」

逃げるリアムを追いかけた。

オーヴウォークに入って、

M02トンネルを通って、

またオーヴウォークに入って移動して、

リアムの家に着いた。


玄関の扉を開けると、

「お帰り」

リリアさんが、出迎えてくれた。

「座って、座って。リリア特製の大豆クッキーと大豆ミートのハンバーグ! それと、瞬培フィッシュのブリのお刺身を加工してみました。さぁ、味見をして、感想を聞かせて」

「うん……なんだか、ドキドキする。ヒューマンボウルの体での、初めての食事だ……」

僕は作ってくれた、

大豆ミートのハンバーグを加工した物が

入った、調理ボウルを手にとって、

特殊な立体映像でできた顔の口部分に

あててみた。

すると、調理ボウルが、その球の形のまま

顔の中に取り込まれて、体の中にある、

エネルギータンクへ入った。

その時、

実際に口に入れたわけではないのに、

味や匂い、作りたての温かさを感じた。

リアムとリリアさんは、

黙って僕を見つめていた。

「スカイ……味は、どうだった?」

リリアさんが、不安そうな顔で僕を見た。

「すごく、おいしいです」

僕が言うと、

「よかった。もう、ドキドキしちゃった」

ホッとした顔をした。



今まで、1日勤務、1日休みの勤務サイクルだったのを、

3、4日間勤務の1、2日休みの

勤務サイクルに戻してもらった。

体的には大丈夫だけど、

1日勤務で休みのサイクルに慣れていたから気持ち的に、1日目が過ぎると、

どっと疲れを感じた。

やっと2日目の勤務か……まだ、2、3日もある……果てしなく、長く感じた。

「スカイ、なんだか遠い目をしているけど

大丈夫? 具合、悪い?」

リアムが話しかけてきた。

「具合は、悪くないよ。それより、次って、どこの写真だっけ?」

僕が聞くと、

「え? スカイ、本当に大丈夫?」

リアムが、目を点にして言った。

「何で?」

「いや、さっき、南極の写真を撮ったあと、氷河の厚みとかを確認したら、3日間で帰れるなって、自分で言ったのを忘れたの?」

驚いた様子のリアムに言われて、

そんな話、していたかな?

記憶を巡らせると……あ!

僕は思い出した。

「そうだった、ごめん。なんか、勤務のサイクルが変わって、以前ならもう休みの日だったから、脳みそが、休みモードになっていたのかも」

とごまかした。

「サムさんに言って、ジッタの何か分からないけど、不具合がないか診てもらう?」

「大丈夫。疲れて、ぼうっとしただけだよ」

笑って言うと、

「そうなら、いいけど……何かあったら、すぐに言ってね。付き添うから」

リアムが、心配して言ってくれた。

「うわぁ! やってしまった」

僕とリアムとは別の作業をしていた、

レオとエドが叫んだ。

「どうしたの?」

僕や他の人も集まって来た。

「レオ、どうしたの?」

と聞くと、

「ずっと薄雲がかかっていて、陸地の様子が分からなかったけど、それがなくなったから、撮れる! と思ったら、ピントが ズレてしまっていて……また、取り直しだよ」

悔しさと悲しさが、混ざりあっている様子で言った。

「それは……悲しいね」

僕は、レオとエドの頭を、なでてあげた。

「こんなに技術が進歩しているのに、どうして、写真を撮るのは手動なの?」

エドが言うと、

「確かに! カメラをキュープに搭載して、地球に飛ばせば、楽に写真が撮れるのに」

リアムも言った。

2人の発言を聞いて、

AIキュープを使って、写真を撮れば、雲が邪魔でも、その下から撮ることもできるし、

失敗しても、月から撮るわけではないから、撮りなおしが、簡単にできるのに、

今の今まで、なぜ、

このことに気づかなかったのだろう?

僕も、リアムとエドと同じように思った。

ルーカス室長に、

この疑問をぶつけてみると、

「みんなの言うように、アムズの科学技術なら、カメラを搭載したAIキュープで、写真を撮ることは、簡単だけど、何でもAIに頼ってしまうと、人間は何もしなくても生きていけるようになってしまう。極端な話、何のために生きているのか、という存在意義? みたいなものが、揺らぐと思う。面倒くさいことをすると、生きている! と思えるだろう? ミスをするところも、人間的だと思わない? 」

と言った。

「そう言われると、返す言葉が見つかりませんけど……」

僕達は、なんとなく、

そういうことか……と思った。

「では、目標到着時間をリセットして、気合いを入れて、『自力』で撮影に挑んでくれ!」

満面の笑みで、

レオとエドの肩を、軽く1回たたいた。

「はーい」

レオとエドは、渋々、デスクに設置してある目標到着時間をデジタル表示する時計を

リセットして、待機した。


ルーカス室長が言った、

存在意義……この言葉が妙に頭の中に残って

引っかかった。


長い、長い、3日間の勤務が、

ついに終了する時間になった。

僕とリアム、ステファンは帰宅できるけど、

レオとエドは、撮りなおしがあったので、

残業になった。




ヒューマンボウルの体での生活が始まって、

早くも3か月が過ぎた。

最初は物珍しさで、口から食べていないのに

口の中にあるのかな?

錯覚する感覚が、すごいな、どんな仕組みになっているのかな?

不思議だな、と感動さえもしたけど、

慣れてくると、

なんだか味気ないな……と感じるように

なってきて、

エアボウルを、わざわざ口にあてる仕草が、無意味に思えてきた。


ヒューマンボウルの人の食事方法は簡単で、

体内のエネルギータンクに入れればいい

だけなので、顔の正面、後頭部、側頭部、

頭上、どこからでもいいから、

とにかく、エアボウルを頭部に投げ込めば、

それで終わり。

実は、生体ヒューマンの真似をして、

食べ物が入ったエアボウルを、

口に持っていく必要なんて、まったくない。


最近は、面倒だから、

エアボウルを右手で持って、右耳あたりから

ポイッ、

と投げ込んでいる。

時々、鏡や窓ガラス越しに、食事をとって

いる自分の姿を、見てしまう時がある。

その度に僕は、

何をしているのかな……と思ってしまう。

みんなと食事をする場面では、

みんなと同じ料理を頼んでも、

提供されるのは、

エアボウルに入った固形の料理ではなくて、

固形物をただ単にそのまま、かくはんして、ドロドロの液体にした、

エアボウルに入った料理で、

リリアさんも、もちろん、

僕の分だけ、液体で用意してくれる。


エルザには、

「ちょっと硬いな……腕。本当に、つまらない」

と会うたびに言われるし……。

僕の中に、モヤッとした、

負の感情が芽生えだしていた。

何がつまらないのか、分からないけど、

エルザの「つまらない」、「硬い」発言と、食事に関して以外のことでは、

特に思うことは余りなかったけど、

エルザが硬いと言うので、

噛まれて血を吸われるリスクを考えると、

機械の体の方が、都合はいいはずなのに、

僕は、早く、生体ヒューマンの体に戻りたいと強く思った。


この体の利点といえば、

血を吸われないことと、

医療塔にある、ヒューマンボウル管理室に、不調の時に行けば、すぐに検査をして、

プログラムの改善や部品の交換をしてくれて

新しいヒューマンボウルの体に替えてもらえるから、常に体の具合は、

万全でいられる……これくらいかな。

生体ヒューマンだと、

培養に15年はかかるから、

新しい体に交換することや体の部位の交換はすぐにはできないから。



○次回の予告○

『木星の流れるプールへ、遊びに行こう!』


































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