第15話 歴史に名を残さぬ名参謀達

「ふん、何が献帝だ!! 何が袁紹だ!! 玉璽を持った朕こそが皇帝なのだ!!」


 袁術が玉璽を持って詔を文官に書かせた。


 袁紹の官位を大将軍から司隷校尉に任命する。


 先帝の近くにいながら静観した者を大将軍を任せられるはずが無い。


 先帝は愚帝だ。


 朕こそが聡明なる皇帝なのだ。


 この詔、いや、檄文を手にした曹操は多いに笑った。


「うっはっはっはっはっは!! 全くもって袁術の言う通りだ!! 袁紹は愚か者、そして、袁紹への褒賞も下心しか無い!! 馬鹿かと思ったが、一理ある。当面は袁紹と袁術を放置しておこう。それよりも、徐州だが………」


 曹操が徐州のことを荀彧に持ちかける。


 すると、荀彧は一計案じる。


「徐州は残念ながら落とすことは不可能でしょう。それは、劉備と呂布が協力関係にあるからです。しかし、天下に二君無し、ここは二人の仲を裂くのが最善の策と思われます。」


 曹操は『なるほど』と思い、荀彧の話に耳を傾ける。


「まず、劉備を正式な徐州牧に任命するのです。その代わり、呂布を殺せと密書も同時に送るのです。」


 これを聞いた曹操は『ふむ』と頷く。


「なるほど、二虎競食の計か………しかし、劉備は大義の人間、そう、上手くは行かぬだろうが、試す価値はあるな………」


 曹操は早速天子の名で劉備に詔と密書を送った。


「呂布は私利私欲に飢えている虎だろうが、果たして、劉備はどうかな………」


 劉備は天子の使者が参ったということで謁見を開く。


 その内容に劉備は頭を抱えていた。


 張飛が聞く。


「兄者、どうしたんだ? 悪い知らせか?」


 劉備は張飛に言う。


「良い知らせと悪い知らせがある。恐らく、これは天子の詔ではなく、曹操の詔であろう。」


 劉備は詳しく話した。


 それを聞いた張飛は大喜びして蛇矛を手にする。


「おい、張飛!! どこへ行くつもりだ!!」


 関羽が止めに入ると張飛が言う。


「どこって、決まってるだろう? 呂布を殺せって天子様から勅命が出たんだ。それに従うまでさ。」


 それを聞いた劉備は張飛に冷静になって静かに口を開く。


「飢えた虎が二頭、そこに餌を置き、二頭の虎を争わせる。これを『二虎競食の計』といい。飢えとは己の欲望、即ち、私利私欲や野心、呂布と張飛には持って来いの策だな。」


 劉備のその言葉に張飛がよくわかっていない顔を向けてくる。


 関羽が言う。


「まだわからんのか!!? 曹操は我らと呂布を争わせて漁夫の利を狙っておるのだ!!」


 ようやく理解した張飛は謝罪する。


「面目ねぇ………それで、返事はどうするんだ? 従わなければ天子様に逆らったことになって逆賊扱いされちまうぞ?」


 劉備は既に看破していた。


「なに、時期を見計らうことにすると誑かしておいたわ。少し私は出かける。お前たちはここにいるのだ………」


 劉備は二人を置いて呂布の元へと一人で向かった。


 呂布は事の次第を劉備から聞いて曹操へ怒りを燃やした。


「おのれ曹操め!! 天子を人質に好き勝手しおって!! 賢弟よ。俺は弟を裏切ったりはしない!! 必ず曹操をこの手で仕留めて見せる!!」


 呂布は曹操の卑劣さと雪辱の炎を燃やした。


 劉備は『これで良い』と思って戻っていく。


 劉備と呂布の仲は悪化するどころかますます強まったという。


「はっはっはっは、流石は劉備だ。大義に生きるものは己の欲望を支配している。荀彧、お主の計略が外れたようだな。」


 これに対して、荀彧は劉備を改めることにし、新たなる計略を進言した。


「劉備は立派な名君です。ならば、その忠誠心を利用しましょう。皇帝を名乗る逆賊・袁術の討伐を命じるのです。それと同時に、劉備が袁術を天下の大逆賊と罵り、討伐に向かっている。しかし、それは建前、本当は袁術の領土を奪うつもりだと………」


 これを聞いた曹操は納得し、こう答える。


「忠義に生きる劉備なら袁術討伐の大義には逆らえまい。そして、強欲な袁術なら感情的になって劉備に対抗するだろう。駆虎呑狼の計か………考えたな。荀彧よ!!」


 再び、劉日に密書が届く。


 それを見た張飛と関羽は反対した。


「これは曹操の罠です!!」


 しかし、劉備の解釈は違った。


「いや、これは正しく天子の密命だろう。天子を罵っている袁術への討伐は正しく大儀である。行かねばなるまい。しかし………」


 劉備は討伐に向かうつもりだが、懸念すべき問題が一つある。


「どうかしたのか兄者?」


 張飛はきょとんとして尋ねる。


 劉備は溜め息を付いて言う。


「私が留守の間、誰がこの城を守るかだ………」


 張飛はこう言った。


「俺は袁術を攻めるぞ!!」


 劉備は溜め息をついて言う。


「それはならん。そうなれば関羽がここに残ることになる。関羽は私の相談役になってもらわねばならない。」


 張飛が言う。


「なら、俺がこの城を守ってやるよ。留守番は暇だがな………」


 劉備は再び溜め息をついて言う。


「それが一番不安なのだ………」


 それを聞いた張飛は『なぜなんだ?』と尋ねる。


「お前は曹操の二虎競食の計にはまっていた。張飛を置いていけば曹操の計略に遭い、呂布と戦うに決まっておる。そうなれば徐州は崩壊、困ったものだ。」


 続いて関羽。


「この徐州は我らにとって無二とない城、守れれば大手柄だぞ。」


 張飛はようやく理解する。


 しかし、間違った方向に理解してしまう。


「なんだ。こんな城を守るだけか、それなら簡単だ。大船に乗った気で行ってくれ。」


 劉備は溜め息を付いた。


「なぜ、兄の気持ちがわからぬ? 城を守ってる間は酒は飲まぬ、城を出て決して戦ったりはしない。などと言えないのだ?」


 それを聞いた張飛は顔を真っ青にして言う。


「さ、酒を飲んだら駄目なのか?」


 劉備は溜め息をついて言う。


「己の欲望に支配されたものは戦に置いても政治に置いても生まれた時点で己に負けている。お前を残すということは、城を明け渡したも同然ということ、もし、この城がなくなれば、死んでいった陶謙にお前は顔向けができるのか?」


 それを聞いた張飛はこう答える。


「死んだものに顔向け? はは、何を言う兄者、酒くらい我慢できる。この城も俺が居れば不落のしろよ。兵士にも怒ったりしない。民にも優しくする。兄者の顔にも泥を塗らないさ。」


 張飛は一応計算ができた。


 故に、劉備の気持ちを考えて発言したために、劉備は張飛に自覚があると思わされてしまった。


「よし、そこまで言うなら張飛を信じよう。もし、城を守れたなら大手柄だ。今後、このように悩むこともない。任せたぞ………張飛。」


 張飛は劉備に平伏して城に残された。


 劉備、関羽は袁術討伐のために城を出るのである。


 一方、袁術の方には曹操からこんな密書が届いた。


 袁術は目を通りて激怒する。


「草履売の小僧め!! 何様のつもりで朕を打とうというのか!! 絶対に許さんぞ!!」


 袁術は椅子を蹴飛ばしてご乱心の様子、しかし、紀霊将軍が宥める。


「袁術様、お気をお沈めください。曹操は信用できる人間とは思えません!!」


 それを聞いた袁術は紀霊の言う通りだと思い始める。


「確かに、曹操の奴がわざわざ朕に報告する理由がない。紀霊よ。これはどういうことだ?」


 紀霊は袁術が冷静を取り戻してくれたために安心して答える。


「劉備は忠義の者、天子の詔には従うでしょう。劉備を従わせた上で袁術様に曹操がこの密書を送ってきたのです。詰まり、我々は曹操の計略の中で踊らされているのです。」


 これを聞いた袁術の矛先は劉備から曹操に変わる。


「曹阿瞞め!! 阿瞞の分際で朕を利用するとは何様のつもりだ!!」


 紀霊はこう思った。


 『袁術』がそれを言うのかと………


 世の中の酒に負け、タバコにも負ける人間が良くする行動である。


 私利私欲に溺れる袁術は酒とタバコに負ける人間と同じで己を見つめ直さない。


 見つめ直しても自己満足する。


 反省とは自己満足のように甘いものではない。


 己を天才と思い込む人間は9割でその9割の人間は実は無能で馬鹿なのだから仕方がない。


 故に、紀霊は思う。


 なぜ、それを利用できない無能が多いのかと………


「袁術様、曹操の計略なら利用することができます。」


 紀霊は無能ではあるかもしれんがそこらの無能とは一味違った。


 酒もしないし、娯楽に溺れない。


 不良やヤクザが酒とタバコに溺れなかったが、武力に自惚れる人間であった。


 従って、いつも部下には筋肉を自慢してばかりの男だ。


「今こそ、この鍛え抜いた体で徐州を木端微塵にするときです!!」


 それを聞いていた文官のものが一人大笑いする。


「利用しようと考えるが考えが浅すぎます。だから、筋肉だけの人間は偏狭なのです。」


 単純な人間は『筋肉は裏切らない』と馬鹿の一つ覚えになってしまう。


 それを偏狭と言う。


 そんなこともわからない日本人が9割なのだから日本人は天下の笑いものなのである。


 それはさて置き、袁術と紀霊は二人揃って激怒したという。


 袁術軍にも有能な者は居ただろう。


 しかし、袁術の配下には紀霊を始め、武将のものしか名前が上がってこない。


 袁術が皇帝になる時、文官らに反対されて袁術が不機嫌になったとある。


 そのため、有能な文官らは上が無能な袁術のために名を残せなかったのだろう。


 二人揃って激怒する袁術と紀霊を相手に文官は知恵を見せつける。


「曹操は我々と劉備を戦わせ、弱った所に曹操の漁夫の利が見えるのなら、なぜ、それを逆手に取る知恵が君らにはないのかね?」


 それを聞いて二人が怒鳴って言う。


「なら、どうすれば良いのだ!!」


 その怒鳴り声に一人の文官が続く。


「こんな無能に策を授けても得はございません。我らは名を残すこともできないまま終わるでしょう。」


 それを言った文官は袁術の気分で死刑にされてしまった。


「さて、静かになったな。続けられよ。」


 袁術は文官に計略内容を喋らせようとした。


 文官は笑っていう。


 笑ったのは袁術らが余りにも無能だったからである。


「はっはっはっはっは、天下に二君無し、そんなことも知らずに生きているとは、大したものです。『漁夫の利』には『漁夫の利』、劉備と呂布を争わせて我々も曹操のように静観し、弱った劉備か呂布を殺せば良いのです!!」


 それを聞いた後で袁術がそいつを処刑した。


 しかし、その文官は処刑されながらも言い続けた。


「無能にはこの計略の話が最後まで見えないだろう!! 私を殺した後で無能は周りから言われるぞ!! 私を殺すにはまだ早いとな!!」


 それを聞いた袁術は笑って言う。


「はっはっはっはっは、貴様はもう用済みだ!!」


 無能言語の一つ、『用済み』が出てきました。


 はてさて、袁術は劉備と呂布を仲違いさせられるのでしょうか、有能な文官を二人も失った袁術はこの先どうなるのか、悪人には私利私欲と破滅がいつの時代にもお似合いですね。

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