1-4 ✦ 秘められたもの

 ジルの説明によれば、古代魔法具〈追憶鏡クロノグラス〉は一種の記録装置らしい。

 使用者の魔力を元に記憶を保存できるという。


 現代にも音声や映像を記録する魔法具はある。

 それらと決定的に違うのは、〈追憶鏡〉に保存された記憶は、この装置を通してしか見られない――つまり記録した当人さえも忘れてしまうし、他のいかなる魔法によっても復元は不可能。

 保存というより封印といったほうが正確かもしれない。


「なんでそんなもん盗んだんだ?」

「売るため以外で考えると……たしか持ち主が亡くなって博物館に寄贈されたんだよね。所持者が何か隠し事をしてて、死ぬ前に〈追憶鏡〉にそれを遺していたら」

「その内容を知られたくない、ないし知りたい奴が欲しがるわけか」


 ジルは頷き、紅茶をひと口。


「遺言は『“触らずに”厳重に保管してほしい』よね。それって、他の人の魔力が流れ込んで内部の記憶が書き換えられたら困るからじゃない?」

「たしかに。でもそんなに簡単に入れ替えられちまうもんか?」

「えっとね……ある程度の時間と魔力量が要るみたいだから、たしかにすぐ上書きされるってことはなさそう。でも研究するってなったらベタベタ触るでしょ」


 それはそうだ。現代人の魔力量じゃそれでも無理そうだが。


「書き換えだけじゃなく、不用意に記憶を見られるのも避けたかったのかも。……本当は誰か別の人に渡したかったか、保管されること自体に意味があったとか」

「……そりゃどういうことだ?」

「これ、保存された記憶にまつわる情報まで収集するみたいなの。だから〈追憶鏡〉が誰の手にも届かない場所にあれば、記憶に紐付けたものも隠しておけるのよ」


 さすが古代魔法具、どういう仕組みかはさっぱりわからないが現代のそれとは格が違う。ついでにジルがどうしてその超技術に順応できるのかも謎が深まった。

 やはり魔導書ばかり読み漁っているせいか。どうも日に日に浮世離れしていっている気がする。


 ともかくこれで少しは道が開けたかもしれないと、リオは立ち上がった。


「一度その寄贈者について洗ったほうが良さそうだな。とりあえず帰って報告してくるわ」

「うん、


 ……ん?

 ちょっと想定と異なる返事に、リオは扉を開きかけていた手を止めた。振り返るとジルがきょとんとして「どしたの?」と小首をかしげる。

 無意識だったのか。それともからかってるのか?

 思わず訝しげな顔をしたリオに、ジルはますます頭をハテナだらけにしながら


「えっと、お茶ありがとね?」


 と宣った。

 いや、紅茶の礼を求めたわけじゃないんだが。と思いながらも追求するのも面倒だったので、リオはひらひら手を振るだけにした。



 …✦…



 ジルの読みどおりかもしれない。〈追憶鏡クロノグラス〉を寄贈したのは二百年ほど前の貴族で、調べた結果、亡くなる直前に持ち出された資産――魔法具があった。

 そのうえ今度もまた名称不明、それどころか画像もない。撮影系の魔法具が開発されたのはここ百年ほどの話で、他の資料写真は博物館職員の手によるものだ。

 当時も別の魔法があったかもしれないが、それは恐らく現代人が手を出せる領域には残っていない。


 つまり〈追憶鏡〉はその『失われた未知の魔法具』を知る唯一の手掛かり、かもしれないわけだ。

 情報があまりに少ないのも封印の効果か。


 そうこうしている間に他の盗品が裏市場に出回った。検挙された売人ディーラーから魔法具泥棒の情報を引き摺り出せ、と一部捜査員が逸るなか、リオは敢えて静観している。

 単にトカゲの尻尾切りか、そちらに手を割かせて追撃を緩めようという腹に思えてならなかった。

 そもそも宝飾品を盗んだこと自体、偽装工作としてもお粗末だ。これでは〈追憶鏡〉が本命だと言うようなもの。


 もちろんそう考えるのはリオだけではなく、結論から言えば彼はもう一度ジルを訪ねることになった。


「てわけで、今日からおまえ監視対象な」

「なんで!?」

「そもそも古代魔法具を扱える人間となるとHS患者くらいだろ。だから護衛。外にも何人か置くってさ……中は俺だけだから、しばらく我慢しろ」

「えぇ〜……」


 気楽なおひとり様生活に馴染みきっている引き篭もり〈書庫番〉は不満たらたらだが、上の命令とあってはリオもどうにもしてやれない。せいぜい知人であることを利用して護衛ボディーガードを志願するのが精一杯だった。


 いつまでかかるかわからないから、という名目で自分用の珈琲用具一式と豆も持参して、そっと台所の棚にねじ込む。

 言い訳がましい? 気のせいだよ。

 ジルはというと落ち着かなさげで、また唐突に蔵書検索をし出した。何かと思えば「早く解決してもらわないと困るの」左様ですか。


「ところでリオはどこで寝るの? 仮眠室なんてないけど」

「廊下でいい。寝袋持ってきた」

「警察も大変ね。というか……今さらだけど、なんでそんな仕事選んだの?」

「おまえにだけは言われたくねえ。……手っ取り早いかと思ったんだよ」

「? 何が――」


 彼女の言葉を遮るように警報が鳴った。腰に提げていた通信機からだ。

 気づくなりリオは即座にジルを背後に押しやり、もう片方の手では腰の銃嚢ホルスターから銃を抜いて鉄扉に向ける。書物庫はこのほかに出入り口はない。


 突然空気が変わったことについていけないジルが、どうしたの、と震える声で訊ねた。


「表で何かあったらしい。……おまえは下がってろ」

「でも……」


 ジルは思わずリオに向けて伸ばしかけた手を、はっとした顔で引っ込めた。もちろん背を向けている彼にその姿は見えていない。

 手のひらの古傷が、なぜだか今さら痛むような気がした。


 重苦しい緊張の中でジルは視線だけを動かす。何かできることはないのか。

 リオは動くなと言うが、彼に任せきりにするのは心苦しい。


 ……がり、と嫌な音がした。



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