1-3 ✦ 適材適所の行き着くところ

 ベルを喫茶店に残し、リオたちは魔導書庫に戻った。


 まずジルは読書灯をかざして写真をじっくり観察する。

 灯芯を覆う冰晶石グラキエスの性質で、炎は低温に保たれる。壁の無熱照明しかり、貴重な魔導書を傷めないためだ。

 なので古ぼけた写真の細部を検めるのに、ぎりぎりまで明かりを近づけても構わない。


 リオはそれを少し離れたところで眺めた。彼女の濃紺の瞳に冷たい灯光がちらちら反射しているのを、冬の星空のようだと思いながら。


「あ、中に砂時計が入ってる。時間系の魔法具かな」

「……時間? んなもん魔法で操作できんのか?」

「私たちには無理だけど、魔導書が現役だった時代なら普通。とりあえず時間魔法の関連書を探すね」

「は~……、昔の魔導師ってそんなやべえ連中だったのか。〈大散逸マグナ・ルクスリア〉は神罰だって説もあるけど、あながち間違いでもねえかもな」


 呆けたようなリオの言葉に、ジルはくすりと小さく笑った。


 現代における魔法は大半が道具頼りの弱いもので、個々人の平均魔力量は低下しているという研究結果もある。人類は、少なくとも魔導師としては衰退していた。

 だから魔法具ひとつで今も手をこまねいている。


 魔導書にしても、今や存在そのものが強力な呪物に等しい。ただ触れるだけでも魔力を消耗し、読もうものなら――古語を読解できずとも――魔力が尽きて死に至る。

 そして正しく扱えたなら、一冊ごとに国ひとつを滅ぼせるという。

 つまるところ魔導書庫とは兵器の保管庫だ。ところがその管理という重責を、現状ジル一人が担っている。


 ジルは机の引き出しから魔法具をひとつ取り出した。一見何かの遊戯盤ゲームボードのような、円形の木の板だ。

 その中心に嵌め込まれた白色の結晶に手をかざし、彼女は呟く。


「〈検索クアエレーレ〉」


 ジルを中心に、一瞬で狭い室内が光で満たされた。それはすぐ結晶に吸い込まれ、円盤から放たれた光条が、書架や本の山へと伸びていく。

 そうして数冊、ふわりとその場に浮き上がった。


「よいしょ。……あ、リオは暇だったら出かけてもいいよ、時間かかるかも」

「いやいいよ、待ってる。あと茶淹れたいから台所借りるぞ」

「んー」


 すでに魔導書を開いているジルは生返事だ。まあいいかと諦めて、リオは書庫を出た。

 もう何度も来ているから、どこに何があるかは知っている。間取りはもちろん、やかんや茶葉の置き場所も。

 この書庫自体は何世紀も前に建てられたが、〈大散逸〉を経て改築され、今は居住空間が併設されている。つまり風呂やトイレ、寝室もある。


 偉大なる魔導の黄金時代が去ったあとも、世界はその遺物を管理せねばならなかった。かつての賢人たちの叡智の結晶は、現代人にとっては危険極まりなく、悪用されれば間違いなく甚大な被害をもたらすからだ。

 ただし常人では数日と保たない業深な役目ゆえ、〈書庫番〉選出には極めて高い基準が設けられた。


 その第一の条件が、魔導書に呑まれないほど膨大な魔力量。

 ジルは生まれつき『魔力過剰症HS=HyperSpellism』という病を患っている。病気といっても基本的には健康な人間と変わらないが、体内で生成される魔力が多すぎるため、普通の魔法具が使えない。

 逆に先ほど使用した検索器はかなり古い道具で、リオや他の人間には扱えないのだ。


 前任の〈書庫番〉が亡くなったとき、ジルを含めて国内でも片手で数えられるほどしかいないHS患者に、国から依頼がきた。あなた方が生まれ持った多量の魔力を活かして、この魔導書の牢獄を管理してもらえませんか、と。

 まっとうな感性の持ち主なら即お断りする案件だが、残念ながらリオの知り合いに迷わず頷いた変人がいた。ジルである。


 何しろ彼女ときたら超がつくほどの本の虫。魔導書なんて他の誰も近づけさえしない超希少レア本、興味がないはずがない。ついでに古語もとっくに履修済み。

 両親はもちろん姉のベルも反対したが、それらを押し切ってジルは〈書庫番〉になった。

 で……リオが警察に入ったとき、彼女と幼馴染みであることはなぜか周知されており、今回も真っ先に白羽の矢が立った。つまり他のまともな人間たちは、仕事であろうとこんな場所に近寄りたくもないのである。


「……どうかしてる」


 手のひらの傷痕を眺めながらリオはぼやいた。

 だいぶ古びて薄くなったが、裂傷の痕が肘まで続いている。


 さておき温かい紅茶を二人分用意して、元来た道を戻る。リオは珈琲派だが、ジルは紅茶しか飲まないのでここに豆の買い置きはない。

 この際だから自分用のを勝手に置いてやろうかと一瞬考えて、そんな己に苦笑する。

 ――通う気満々か。我ながら病的だ。


 鉄扉の開閉時に溢さないよう充分注意しながら書庫に戻る。相変わらずの黴の臭いに、ここじゃ最高級の豆で淹れたって泥水になる、と思いながら。


「ただいま。進捗どうだ」

「んー」


 ダメだこりゃ。ジルは読書に集中し始めると周りが目に入らなくなる。

 生返事でも返しただけマシだが、紅茶が冷めるのはしのびない。肘をぶつけないようにジルから離れた位置の机上にカップを置いて、そろりと肩を叩いた。

 間違って本のほうに触れたら余裕で病院送りなので、それはもう慎重に。中の頁も目視厳禁。


「んあ?」

「この部屋寒くないか。で、どうだ?」

「見つけたよ。ありがたいことに図入りでわかりやす……って見せちゃダメだった」

「事故を装って俺を殺したいんじゃなけりゃあな。んで、その本に載ってるってことは読みどおり時間魔法の道具か?」

「そ。名称は〈追憶鏡クロノグラス〉」



 →

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る