第37話 炬燵の安らぎ


 3人で並んで作ったオムライスを食べ終えて、3人で片付けてから炬燵でぬくぬくとまったりした時間を過ごしています。少し眠たくて勉強に手が付かなそうですから、食休み。


 正直エプロンを付けた聖夜くんが可愛すぎて、お嫁さんすぎて堪りませんでした。写真を撮っておきたかったですが、聖夜くんに変態とか言われたら立ち直る自信がありませんから止めておきました。


 それに、今はもうそれどころじゃありません。


 一番乗りで炬燵に入った聖夜くんは、テンションが高いのか何なのか、またしても小悪魔ぶりを発揮してくれました。



「ここ、来て?」



 両隣をポンポンと叩きながら小首を傾げられて、僕たちには抗うことができるはずがありません。普段5人家族が使っているだけあって大きめの机ですが、男子高校生が3人横に並んだら狭くて肩も足も当たっています。


 炬燵の熱で熱いのでしょうか、聖夜くんが隣にいるから熱いのでしょうか。とにかくクラクラする頭から煩悩を叩き出さないと座っていられません。それは武蔵くんも同じようで、やけに口数が少なくなっています。


 俺らの気持ちなんてきっと露知らず。こちらの小悪魔様はうとうとしながらゆらゆらと揺れて、僕たちの肩に振動を伝えてきます。そうして時折視線を合わせてきたかと思えばゆるりと可愛らしく、猫のような微笑みを浮かべます。



「聖夜くん、楽しいですか?」


「んー、楽しいというか、幸せです。学校じゃこんなに堂々とくっつけないから」



 にぃっと笑ったその焦げ茶色の瞳が、ほんの一瞬だけ青く悲しみの色を光らせたように見えて煩悩があっという間に飛んで行きました。僕のあまり優秀とは言えない脳みそがフル回転を始めて、聖夜くんの性格と行動の意味を考え始めました。


 聖夜くんは、普段は僕たちの方から攻めていかないと自分から甘えてくることはあまりありません。かといってすぐに抵抗を止めるあたり、僕たちとイチャつくこと自体は嫌いじゃないことは分かっています。ただ恥ずかしがっているだけなのでしょう。


 それから、これは僕の憶測ですが。僕と武蔵くんの実家の話を聞いてからというもの、距離感に気を付けてくれているのだと思います。僕の家も武蔵くんの家も人目を気にする人たちばかりですから。


 外や学校ではあまり堂々とくっついていられないのに、放課後には僕も武蔵くんも早く帰らないといけない日もあります。それに平日も休日も、まだデートというデートは僕の修学旅行の後くらいしかできていません。我慢をさせてしまっているのでしょう。



「ごめんなさい、聖夜くん。他のカップルみたいに堂々と付き合ってると言えなくて」



 聖夜くんの柔らかいくせ毛を撫でると、聖夜くんは擽ったそうに目を細めながら机に身体を預けてくれました。組んだ腕に顔を埋めた中からチラリと目だけ持ち上げると、起き上がってゆるりと口元を緩めました。



「大丈夫ですよ。というより、僕は2人と付き合っていることを知っている友達も、家族もいますから。粋先輩こそ、誰にも言っていないんですよね? 武蔵くんも。なんか、僕だけ、すみません」



 想定外に聖夜くんの顔が泣きそうに歪められて、柄にもなく慌ててしまいます。何と声を掛ければ良いのか考えている間に、向こうから聖夜くんの肩に腕が回されて遠ざかって行ってしまいました。



「聖夜、俺には2人を紹介したい友人がいない。柊さんや周さんみたいに心配してくれる友人も。家族に言っていないのは、まあ、ちょっと照れ臭くてね。いずれは紹介したいとは思ってる。そのときはよろしくな」


「うん」



 一定のリズムで聖夜くんの肩を叩きながら話す武蔵くんが目尻を下げると、聖夜くんの肩の力がフッと抜けました。武蔵くんの真っ直ぐな気持ちや言葉に憧れると同時に、僕だけでは聖夜くんを守り切れないことを実感させられてしまいます。


 チラッと武蔵くんの視線がこっちに向けられて、グッと奥歯を噛みしめて急ごしらえの笑顔を作りました。悔しくて歪んだ顔を見られるのは、僕の小さなプライドが許しません。



「会長の方は、なんか言ったら言ったで大変そうだよな」


「粋先輩、大人気の有名人ですからね。実際大変だったんでしょ?」



 やたらとニタニタと笑ってからかってくる武蔵くんに首を傾げると、振り向いた聖夜くんも、ふふっと楽しそうに笑います。そういえば聖夜くんが倒れたあの日の僕のクラスの様子は、迎えに来てくれた武蔵くんも知っているのでした。あのあと武蔵くんから聖夜くんにそのときの話がされていてもおかしくはありません。



「まあ、未だに僕が告白した相手を探そうとしている人はいますよ。レオも探してるみたいではありますけど、あの様子だと聖夜だとは微塵も気が付いていなさそうですよ」


「レオ先輩って、鋭いのか鈍いのか分からない人っすね」


「あいつは……そうですね。謎です」



 レオとは2年生になって同じクラスになって2か月が経った頃に話をするようになりました。誰も彼も引き付けるような美しい笑顔と人懐っこい性格であっという間にクラスの中心になったレオは、1人1人に代わるがわるくっついて回る不思議な人でした。


 初めて話をした日から感情表現豊かにコロコロ変わる表情が気にはなっていたのですが、何でもかんでも知りたがって聞いて来ることが少し苦手でした。僕には話したくないことが多いですから軽くあしらうことの方が多かったですが、諦めないレオに正直疲れ果ててしまっていました。


 そんなときに助けてくれたのは孝さんと山ちゃん、そして蛍でした。


 1年生から同じクラスだった孝さんと山ちゃんは、常にほどよい距離感を保ってくれました。全く事情を話してはいませんが、自然とそうしてくれるのが有難くて、未だに甘えています。いつかは話したいと思うようになったのは、聖夜くんと武蔵くんのおかげだったりします。


 ああ、話を戻しましょう。そんな2人が教室内でレオがあまりくっつきに来られないように近くにいてくれました。そのおかげで気持ちが楽になりましたが、根本的な解決にはならなくて頭を抱えていたときのことでした。


 2人が職員室やら後輩やらに呼び出されて行ったタイミングでレオに廊下で捕まってしまいました。話せることは全て話しきってしまっていたのにグイグイ来られて困っていたところに、少し背の高い男子生徒がヌッと現れて、レオの首根っこを掴みました。それが蛍でした。


 ぶっきらぼうな物言いでしたが、僕のためにレオを止めてくれた蛍と話すようになったのはあの日からです。あの日以来深くは聞いてこなくなったレオとはほどよい距離感の友人になれたと思います。


 そう考えるとレオは蛍と出会わせてくれたことになります。それに、レオと蛍と話していたことがきっかけで昴と話すことも増えました。今回の聖夜祭の件ではリオ先輩や秋兎くんと知り合うきっかけを作ってくれました。


 なんだかんだ、レオのおかげで人脈が広がった相手はまだまだいます。彼はそういう意味でも不思議な力を持っているんだと思っています。鋭くて鈍い。結局は人をよく見ているのがレオの強みです。ただちょっと、自分の興味の前には理性を失うところがあるというくらいでしょうか。



「だけど、粋先輩ってなんだかんだレオ先輩のこと信頼してますよね」


「そう見えますか?」



 信頼したいと思っている友人たちのことを考えていると、聖夜くんが僕の手を握ってくれました。その目は窺うように僕の目を見ていて、どうやら考えごとをしている間に心配をかけさせてしまったようです。安心させるように聖夜くんの頭に手を乗せると、聖夜くんはふわりと笑ってくれました。



「レオのことは一応尊敬していますから。あ、本人には絶対に言わないですけどね?」


「言っちゃおうかな」


「武蔵くん? 止めてくださいね?」



 ニヤニヤと笑っている武蔵くんにそんな意思はないことは分かります。家だからなのかいつも以上に明るくて気が抜けているようです。いつもよりいたずらっ子みたいな笑顔がよく出ていて、聖夜くんだけじゃなくて僕まで嬉しくなってきます。


 前に電話で聞いたような良いお兄ちゃんをしている姿がちらちらと見え隠れしていて、なんだか小恥ずかしい気分です。


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