第32話 本格的に


 グループPINEに送られてきた画像を開くと、役割分担が書かれていた。



「宣伝のポスターは昴、設計はリオと秋兎に頼んであるから完成次第共有してほしい。あと段ボールに穴を開けてそこに光を通すわけだから、段ボールに穴を大量に開けないといけない。それは全員でやろうと思う。光は演劇部が使っているスポットライトを借りられるように話をつけてあるから、その設置は経験のある粋と蛍に頼みたい」


「あれを借りるとなると、当日は冷却をしないといけないね。全員ギャラリーにいることになりそうかな?」


「今のところそうなるかもしれないね。でも全員が聖夜祭を楽しめるようにしたいから、どうにか案を考えるよ」



 粋先輩とレオ先輩が話しているのを聞く限り、かなり難しいことを考えようとしていることはなんとなく分かる。あれには継続的な冷却が必要だから濡れ雑巾を交換するためにライトと同じ数の人と、雑巾を濡らす用のバケツの冷水を汲みかえる人が必要になる。


 4台のスポットライトを使うとしてそこに4人とバケツも4つ。人手が足りないこともないけど、十分とは言い難い。



「それについては僕も考えるよ。責任者だし」


「ありがとう、助かる」



 粋先輩とレオ先輩が話すとき、お互いを信頼していることが見て取れる。それはボクには新鮮な姿だから見られること自体は嬉しいけど、少し羨ましくもある。



「あの、俺は穴を開けるのと当日のライトだけで良いんすか?」



 ぼーっと粋先輩を見ていると、武蔵くんが声を上げた。確かに武蔵くんとボクには他にやるべき仕事はない。人数も少ないから必要とあらば何でもやる心積もりはあったけど、無いなら無いで穴開けに集中すればいい。



「また必要なことが出てきたら頼むかもしれないけど、ひとまずは大丈夫。何せ初めての試みだから、余力のある人を残してもおきたいんだ」


「分かりました」



 レオ先輩は理想を現実にしようと動いただけあって考え方も現実的だ。武蔵くんも納得しているようで、ボクもちょうど大星先輩から届いたファイルを開いた。


 デザインというより設計図が出てきて最初は驚いたけど、かなり緻密に書き込まれた情報についつい見入ってしまう。こういう製図を見るのはどちらかと言えば好きな方だ。赤い点と青い点の間に間隔まで細かく書き込まれているなんて想像もしていなかったから楽しくて仕方ない。



「リオさん、説明してもらえるかな?」


「はい。光源が4つあるってことはどうしても光が重なってしまうところがあるから、それをパソコン上で計算して製図しました。全部0.1ミリもずれなく開けて欲しいけど、赤い点のところは確実にお願いします。それと」


「天井は平らになって普段より低くなるって聞いていたのでその条件で製図しましたけど、それはどうなりそうですか?」



 体育館の天井はバスケ用のゴールや照明で凹凸がある。そこまで計算するのはかなり難しいはずだ。大星先輩に促されて月見くんが聞くと、レオ先輩はニッと笑ってグットサインを出した。



「言った通りで問題なさそうだよ」


「でもどうしてそんなことができんだ?」



 三間先輩がスマホから顔を上げて聞くと、レオ先輩はしたり顔で笑った。



「ちょうど聖夜祭のあとの冬休みから第一体育館の天井の張替え工事をするらしいんだよ。でも第二体育館だけの使用に制限すると冬と春の大会に向けて練習したい部活が困るからって仮天井が張られることになったんだって。ラッキーだよね」


「つまり、来年以降はまた別の案を考えないといけないってことか」


「そういうことになるね」



 三間先輩の言葉でレオ先輩は急にしょぼんと肩を落とした素振りを見せたけど、次の瞬間には特に気にしていない様子で笑った。



「ま、それを考えるのも今年のが成功してからだし、毎年同じことをやるのもね?」



 何故か堂々と笑ったレオ先輩。そんな先輩をよそに、スマホにメッセージが2通立て続けに届いた。今度は画像らしい。



「あ、オレだよ。ポスターの案は2つ作ってみたんだけど、どっちが良いかな」



 どちらの画像にも『聖なる夜に秘密の思い出を』と書かれていて、1つはクリスマスパーティー中らしき人達のぼやけた写真が背景になっている。もう1つは紫のクエスチョンマークの中に銀河が写っているデザイン。どちらもパッと見はシンプルで廊下に張り出された他のモノクロのポスターに馴染みそうだけど、決して埋もれない主張性がある。



「どっちも良いんじゃない? 決してプラネタリウムだけを指していない感じで。粋、どう思う?」



 レオ先輩が粋先輩に話を振ると、粋先輩はスマホと睨めっこしていた難しい表情を緩めて顔を上げた。



「聖夜祭実行委員会の方のポスターに紛れさせようか。あっちはあっちで案が出ていたよね?」


「うん、例年通りに美術部が描いてくれたからそれを元に作る予定だよ」


「そっちの下には小さく『聖夜祭実行委員会 誰々』って書くことになっているから、同じようにこっちは『聖夜祭SP実行委員会 六連昴』って書いておいてみよう。『SP』を薄く書いたらちゃんと見ない限りには気づかないだろうし、気づかれても何かあるって思わせるだけだから情報が洩れることもない。大体、こんなにいいデザインだったら昴くんの名前に意識が向きそうだしね」



 粋先輩がいたずらに笑いながら六連先輩を見ると、六連先輩は嬉しそうに頷いた。人間関係を改善しようと頑張ってるって話は聞いたけど、これはかなり人たらしに成長している気がする。



「じゃあ、ポスターは両方採用しよう。出力と掲載は実行委員会の方をやるときに一緒にやっておくね。で、次に明日から準備を始める資材の説明なんだけど、資材は今全部天文部の部室に集めてる。不足はないはずだけど、足りなかったらまた随時調達して欲しいってことは伝えておくね」



 そこで言葉を切ったレオ先輩は、スマホを打っている粋先輩にチラッと視線を送ると眉を下げた。



「天文部の部室の暗唱キーを粋たちに教えたり、3人が勝手に入ったりはできないよね?」



 その言葉に顔を上げた粋先輩は当然、と言いたげに揺るがない目を向けて頷いた。



「部活動規則に反するからね。1か月活動停止になるよ」


「だよね」


「さすがに僕が率先して規則を破ることはできないし、天文部に迷惑はかけられないから」


「分かってるよ」



 レオ先輩は頷いて引いたけど、問題が解決したわけじゃない。レオ先輩が黙って考え込んでいると、沈黙のおかげで入力に一段落ついた粋先輩が顔を上げてレオ先輩に視線を向けながら不思議そうに首を傾げた。



「だからこの教室の使用許可が出てるんじゃないの?」



 その一言に、レオ先輩は粋先輩を見てそのまま固まった。ふと他のメンバーの顔を窺うと、武蔵くん以外がレオ先輩と同じように目を落ちそうなほど見開いて粋先輩を見ていた。伝達ミスがあったみたいで、粋先輩とレオ先輩が頭をつき合わせてヒソヒソ話し始めた。


 武蔵くんに耳を貸すように手招きされて前のめりになると、武蔵くんはボクの使っている机に肘をついて近づいてきた。


 思わず身を引いてしまうと、武蔵くんは目を見開いた。でもすぐに苦笑すると、肘をつくのを止めてスマホに何かを打ち始めた。スマホが震えてPINEを見ると、武蔵くんの個人PINEの方にメッセージが届いていた。



『会長も案外抜けてるよなって言おうとしただけ。今はキスしようとか考えてないから安心して』



 ホッとしながらごめん、と謝るスタンプを探しているとまたメッセージを受信した。



『聖夜は考えてたみたいだけど。あとでしようか』



 顔が熱くなってきたのを感じながら武蔵くんを見ると、武蔵くんはニヤリとからかうように笑ってすぐに前に向き直ってしまった。


 感情のままに『しないから!』と打って送信しようとして、ふと手を止める。さっき三間先輩が武蔵くんにかっこいいって言っていたこともあったから、ちょっともやもやしているのかな。言葉を打ち直して勢いよく送信した。



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