第31話 聖夜祭が動き出す

side吉良聖夜



 粋先輩が修学旅行から帰ってきた翌週の月曜日の放課後。早速、聖夜祭サプライズ実行委員会、表向きは生徒会庶務係と命名された活動の会議が開かれた。


 別棟の3階、ボクには馴染みのある教室に集まったのはボクを含めて8人。積み上げられた机と椅子を横3列、縦2列に並べた即席会議室だ。



「生徒会庶務係の第1回会議を開きます」



 1番前に立って話しているのはレオ先輩。その隣に椅子だけ置いて座る粋先輩はキリッとした目つきとまっすぐ伸びた背筋が印象的な生徒会長モードだ。他のメンバーは武蔵くん以外見たこともない人達ばかりで、正直緊張している。



「じゃあ、最初は自己紹介でもしようか」



 手元のスマホを見ながら進行を進めるレオ先輩に、粋先輩は頷きながらスマホに何かを打ち込んでいく。



「まず俺から。2年4組、庶務係係長の如月怜音です。よく聞かれるから先に言っておくと髪は地毛です。イギリスとのハーフだから遺伝でライトブラウンになってるだけで校則違反はしてません。これから1か月半くらいかな? よろしくお願いします」



 パラパラと拍手が鳴る中レオ先輩が粋先輩に視線を送ると粋先輩は頷いて立ち上がった。さすがに人数が少ないから全員が拍手してもまばらな音だ。



「はい。2年4組、庶務係書記の北条粋です。普段は生徒会長をやっています。スマホをいじっていても書記の仕事をしているだけで、遊んでいたり話を聞いてなかったりするわけではないので、ご理解のほどよろしくお願いします」



 そう言って座った粋先輩の普段ボクたちの前以外ではあまり見せない丁寧な口調と優雅な動き。やっぱりかっこいい。



「じゃあ、リオさんの方からお願い」


「はい。3年2組の大星璃弦です。大学受験の勉強もあるので毎回参加することができるかは分からないですけど、できる限り参加するのでよろしくお願いします」



 スッと立ち上がった大星先輩は無表情で気だるげな第一印象だ。だけど耳が少し赤いから緊張もしているんだろうなと予想はできる。


 大星先輩が座ると、レオ先輩に手で促されて隣に座っていた人が立ち上がった。



「2年4組の六連昴です。オレは特に言うことがないなぁ。えっと、最高のサプライズを仕掛けたいです。よろしくお願いします」



 ニコニコと笑っている六連先輩は大星先輩とは対照的な印象だけど、座った瞬間に大星先輩に何やら耳打ちをして2人で笑っている。その姿を見ると、大星先輩も気難しい人ではなさそうだ。


 レオ先輩が次に武蔵くんを指名すると、武蔵くんはスッと立ち上がって全員に顔が見えるように横を向いた。こういうことを言われなくてもやるところが素直で好きだ。


 この係の人たちは武蔵くんを見ても誰もこそこそと話しだしたりしない。武蔵くんはホッとした様子で小さく口角を上げた。



「1年4組の鬼頭武蔵です。たまたま計画の話を聞いてしまった縁で今回参加させていただくことになりました。よろしくお願いします」



 言い切ってから腰から曲げてお辞儀をする武蔵くんを見てボクの隣りに座っている人が、かっけぇと声を漏らした。もやもやして隣を見ると、見るからにスポーツをやっていそうで若干チャラそうにも見える人がキラキラした目で武蔵くんを見ている。武蔵くんの良いところとかかっこいいところが知られていくのは良いことだって無理やり自分を納得させる。



「次、鬼頭くんの後ろの君、よろしく」



 レオ先輩の声にハッとして前を向くと、レオ先輩と目が合った。考え事に集中していたせいで合図に気が付けなかったらしい。



「すみません。1年3組の吉良聖夜です。粋先輩と武蔵くんに誘われて参加することになりました。よろしくお願いします」



 内心パニックで何を言えば良いか分からなくなったから、無難なことだけ言って早々と席に座った。耳が熱い。武蔵くんがわざわざ振り返ってくれて、視線だけでも心配してくれているのが分かって申し訳なくも思うけど少し気持ちが落ち着いた。微笑んで返すと武蔵くんは頷いて前を向いた。ボクも前を向き直ると、今度は粋先輩と目が合って微笑んでくれた。レオ先輩がボクの隣りの人を手で指し示したのが見えて、緩んだ口元を手で隠した。


 隣でガタッと椅子を引く音がしたと同時にガチャンと盛大に筆箱が落ちた。本人は気にする様子もなく立っているけど、ペンや修正テープが散らばっている。



「2年5組の三間蛍です」



 全く気にしないまま自己紹介を始めてしまったことに驚きながら、そのままにしておくのもなんだから拾う。ちょうどボクの方に落ちているから話している間でも拾いやすい。



「なんかすげぇことしたいと思ってるんでよろしくお願いします」



 アホな人こそ言いがちなセリフだな、と思いながら拾い続けていると、自己紹介を終えた三間先輩もしゃがんで拾い始めた。すでに拾っていた分を一旦三間先輩が使っている机の上に置いてからまだ拾いきれていなかった最後のペンを拾おうと手を伸ばすと、伸ばした先で三間先輩と手が重なった。



「あ、すみません」


「あー、いや、大丈夫」



 ボクが謝る前に三間先輩の手は素早くひっこめられたけど、突然のことだったからボクもびっくりした。なんだかありがちなシチュエーションだな、なんてのんきなことを考えながら最後の1本を拾った。



「ありがとう」


「いえいえ」



 周りに聞こえないような小さな声でお礼を言われてびっくりしたけど、少しチャラそうな見た目ではあるものの律儀な人だと思って安心した。



「そろそろ良いかな?」


「悪い。秋兎、次いいぞ」



 三間先輩が座るのとほとんど同時にボクも席につくと、前にいる粋先輩の不機嫌そうな顔が目に入った。何かしてしまったかと思ったけど、特に思い当たる節はない。



「1年8組の月見秋兎です。よろしくお願いします」



 粋先輩に気を取られながらも最後の1人の自己紹介に耳を傾ける。誰よりもシンプルな自己紹介をした彼も同じ1年生らしくてホッとする。粋先輩と武蔵くんがいるとはいえ、他の人たちが先輩ばかりだったから少なからず緊張していた。見知らぬ人でも同級生だというだけで安心するんだから不思議なものだ。



「これで全員かな。じゃあ次に今後の活動についてなんですけど、企画内容について改めて説明します。聖夜祭前日から第一体育館を借りることができたのでそこを使って特大のプラネタリウムを作ります」



 レオ先輩の宣言に、初対面の4人は雄叫びを上げて喜んだ。



「みんな落ち着いて。粋、鬼頭くん、そして吉良くん。最初に言っておきたいんだけど、この企画には天文部の宣伝をして廃部の危機から脱したいっていう思惑があります」


「それについても武蔵くんから少しは聞いてるけど、どうしてここまでの大規模なことをしようと思ったのか、レオの口からも共有しておいてもらって良いかな」



 粋先輩がチラッとスマホから顔を上げて言うと、レオ先輩は頷いて武蔵くんとボクの方に視線を向けた。



「天文部はリオさんが夏に引退して最低人数の5人を切ったから、来年の4月に最低でも1人は入ってくれないと廃部になるって生徒会から勧告されてて。かといって4月に1人入ってくれたとしてもまた次の年には3人入ってくれないと廃部の危機になる」



 レオ先輩の言葉に、他の天文部員たちは俯いた。ボクは部活にあまりいい思い出がないから、ここまで一生懸命になっている5人がかっこよく見えた。



「これをやったとしてもどんな結果になるかは分からない。けど名前だけでも知ってもらったり、星に興味を持ってもらえるきっかけにならないかと思ったんだ。同じ心持ちでやって欲しいとは言わない。だけど、俺たちが本気だってことだけは知っておいてください」



 頭を下げられたことには正直戸惑ったけど、本気の人をバカにするような真似はしたくないしする気もない。



「こちらこそよろしくお願いします」



 ボクが頭を下げ返すと目の前で武蔵くんも頭を下げたのが見えた。ボクたちが顔を上げると、レオ先輩は顔を綻ばせて頷いた。



「吉良くん、鬼頭くん、ありがとう」


「よし。じゃあ、細かい分担を決めてしまおうか」



 粋先輩の言葉に頷いたレオ先輩はスマホをフリフリと振って見せた。



「黒板に文字が残ると困るから代わりにPINEを使いたいんだ。事前に俺と粋でグループを組んでおいたからそれを開いてくれるかな?」



 全員がスマホをポケットだったりリュックだったりから取り出すと、本格的に会議が始まる。


 謎の星のキャラクターがグループのアイコンになっていることには突っ込んでもいいのかな。



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