隙間(ホラー)

壁の右端に隙間ができたと言われ、補修する事にした。依頼してきたのは地元の有名な老舗茶屋だ。


それは木枠の中を合成樹脂製の素材を使って塗られた日本式の壁だった。おそらく右端の木材が痩せて、壁と木の間に隙間ができたのであろう。

隙間は五ミリ程ある。まずはその隙間に補修材を埋めるように塗り付ける必要があった。


それにしても全体的に酷い仕上がりの壁だった。ムラだらけで凹凸もあり過ぎる。一体どんな業者に頼んだのかと思った。

水で捏ねた補修材を鏝に取り、塗り付けようとしたその時隙間から何かが見えて思わず手を止めた。


それは人間の目だった。見開かれた人間の目が、真っ直ぐこちらを見ている。

壁の向こう側にある部屋へ行ったが、そこには誰もいない。そして改めて隙間を見ると、相変わらず目がそこにあった。


「どうしましたか?」


固まっていると、背後から声がして心臓が飛び出さんばかりに驚き振り向くと、きょとんとした顔の客が立っている。


「その…これ…」


私は隙間を指差して遠慮がちに言うのだが、客は相変わらず首を傾げて「隙間が大き過ぎましたかね?無理でしょうか?」と言った。

まさかこれは自分にしか見えていないのだろうか?これは幽霊とかそういう類か?自分には霊感は無いと思っていたが…


「いいえ、大丈夫です。」


私はそう言うと、見開かれた目の上に補修材を埋め込んでいった。凹凸を直すため、凹んでいる箇所にも塗り付けていく。

補修材を塗り付けた上に、合成樹脂製の同じ素材を全体に塗り付け作業は終わった。


客への挨拶を終えて店を出ると、見知らぬ男に呼び止められた。

男はスーツ姿のサラリーマンに見えるが、スーツはよれており寝癖が目立ち、頬はこけてかなりくたびれた様子をしている。しかし目だけはギラギラと輝いており、怒りや執念といった強い感情を感じさせた。


「突然すみません、わたくし稲生康文と申します。実は私、数日前から行方不明の娘を探しているんです。」


「はい…」


私は男の気迫に押され、思わず後退った。この様子からして本当の事なのだろう、酷く憔悴している。気の毒に思った。

男の話によれば、ちょうどこの茶屋の辺りに居た時に忽然といなくなったのだという。そして調べた結果、男の息子と同じ様にここで数名の子供が行方不明になっている。

男はこの茶屋を怪しいと考え調べているのだ。

それで丁度、店の中で仕事をしていた私に声をかけたらしい。


私は壁の隙間から見えた目を思い出したが、――まさかあれが子供の死体だなんて、あれは見間違いだろう―と考え男には告げなかった。もし違っていたら、客を一人失うばかりか嫌な評判が立ち商売に差し支えが出てくると思ったのだ。


しかしその茶屋は徐々に景気が悪くなり、店の人間が次々と病気になってり亡くなったりしてとうとう潰れてしまい、店主一家は首をくくった。

取り壊しになった店からは、何体もの子供の遺骨が見つかったという。


そして私の店もまた経営不振に陥り、多額の借金を負う事となった。今、私は散らかった部屋の中で首をくくろうとしている。

周囲には無数の子供たちが私を取り囲むようにして立っていた。無数の目の中、あの時壁の隙間から見えたものと同じ目をした少女と目が合った。

冷ややかな視線を感じながら、私は体を支えている台から足を踏み外した。

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