ダイエット(コメディ)

聡は最近二十顎が目立ち、腹も出て大学入学前にはぴったりだったパンツを履けなくなった。吹き出物も酷い。

食生活の偏りと運動不足で肥満気味である。


――痩せたい


そう思って話した女友達の美香はこう言った。


「食べ過ぎなければ痩せるよ。」


食べ過ぎなければ痩せる、確かに!でもそれが言われてできるようなら肥満などには悩まない!


「確かに」と言って美香は笑った。


「でもさ、食生活の偏りと運動不足という原因は分かってるんでしょう?じゃあそれを改善したら良いんじゃない?」


「分かってるけどできないから悩んでいるんじゃないか…」


「どうしてできないの?」


「野菜は嫌いだし、好きな食べ物はジャンクフードだし、運動嫌いだし…」


美香はあきれ顔でほうれん草のお浸しを口に運んだ。


こうなったら神頼みするしかない、そう考え聡は大学の近くにある神社の賽銭箱に五円入れて手を合わせた。


――ダイエットできますように…


その神社が何を祀っているのかは知らないが、ネットで「よく効く」と評判の神社だった。

ただ絵馬を見ると、誰々を殺してくれ等物騒な事ばかり書いてあり、少し怖くなる。


神社に行った次の日の朝、モーニングを食べるため某有名ファーストフード店に入った聡は出されたメニューを見て仰天した。


そこにはミミズが何匹もうねっており、横では五センチ程の蜘蛛が蠢いている。


――何だこれは?俺は確かフライドポテトとソーセージエッグマフィンを頼んだはずだが…ドッキリの企画か?


そう思って店員の顔を見たが、店員はいつも通りの笑顔で「ありがとうございました」とだけ言ってきた。他の客も聡のトレイの上に何の反応も示していない。

こうなると、おかしいのは自分の方だと思えてきて何も言い出せなくなる。

聡はトレイを一旦席に置いたがもちろん食べる気にはなれず、全て廃棄した。


それ以降、聡が食べようとする物は皆、蜘蛛やミミズ、ムカデなどと化すようになった。


――まさか、あの神社に願をかけたからこういう形でダイエットを応援してくれているのか?

しかし困る…こんな事ではダイエットどころか栄養失調…下手すりゃ餓死だ。俺は栄養失調になりたかったわけじゃないぞ、健康に痩せたかったんだ。



「悪食家になるしかないんじゃない?」


美香がミミズを口に運びながらそう言った。聡の目にはミミズに見えるそれは、実際は他の物、食べ物なのだろう。


「例えばこれ、何に見えるの?」


美香が自分のトレイに乗った小鉢を指して言う。聡には小鉢の中で数匹のミミズが蠢いているのが見える。


「…ミミズ。」


「目を閉じて食べてみなよ。」


例え目を閉じていても、それをミミズと知っているのだから口に運ぶにはかなりの勇気が要る。

しかし、それができなければ餓死は免れない。聡は意を決して箸を掴み、目を閉じた。ミミズの蠢き、感触が箸を通して伝わり鳥肌が立った。「うう…」と呻き声を漏らしながら、一気に口に放り込みかみ砕く。

ミミズは嚙み砕いても、動きをなかなか止めず口の中で逃れようと必死に暴れていた。


――何て事だ、見た目だけでなく食感や味まで変えてくるなんて。


それでも飲み込んだ後の気分は不思議と悪くなかった。そして次は目を開けたままで食べる事ができた。

聡は一度の経験で慣れる事ができたのだ。



その後、食事の度に現れるミミズやムカデを楽々平らげるうちに食事が普通の食べ物として現れ、見えるようになった。

しかし聡はすっかり悪食家となっていたため、もう普通の食事では満足できない。

泥の中や石の下を探してはミミズや赤虫などを見つけて食べるようになった。

そしていつの間にか体重は標準になり、着る事のできなかったパンツも余裕を持って履けるようになったのである。

不潔なものばかり、火にもかけず食べているから最初の頃は腹を下したが、免疫がついて間もなく平気になり、逆に体が頑丈になったようで病気にならなくなりワクチンは一度も接種していないのにコロナウイルスにもインフルエンザにもかからなくなったという。


聡が願をかけた神社へお礼参りに行き手を合わせた。神は乗り越えられない試練は与えないと聞くが本当だった、そして思っていた以上の恵みを与えてくれた。

聡はそれからも悪食を続け、健康に生き子孫たちに見守られながら500歳でポックリ死んだという。

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