ハマチ(ホラー)

ハマチを買った。

同居人が「ハマチを食べたい」と言うので、スーパーの鮮魚売り場へ行ったのだが、なんと丸々一匹でしか販売されていなかった。

その時たまたま二人とも空腹であったため、これくらい食べられるだろうと判断し購入したのだ。


店員に刺身用に捌いてもらって持ち帰り食卓にあげたのだが、二人とも半分程食べて満腹になってしまった。

仕方がないので明日、照り焼きにでもして食べようとチルド室に入れておく事にした。


その夜、酷い悪夢を見た。

夢の中で私は船に乗っていた。それも穏やかな海に浮かぶ船にのんびりと寛いでいたり、モーターボートを乗り回したりしているのではない。

そこは漁船だった。荒れ狂う海の中、酷く揺れる船に乗り必死に網を引いている。周囲には同様に作業にあたる漁師たちがいて、皆眉間に皺を寄せていた。

一体、何時間ここでこうしているのだろうか。限界を超える疲労に寒さが拍車をかける。

網を引き揚げると、大量のハマチが跳ねながら姿を現した。どこからか鋭い悲鳴があがり、皆が手を止める。

悲鳴のあがった先を見ると、漁師の一人が片手をもう片方の手で押さえながら蹲っていた。どうやら怪我をしたらしい。それも様子を見るに、かなり重症に見える。

漁師は何やら喋っているのだが、何を言っているのか分からない。

外国語だ、と思った。どこの国か分からないが、見た目が日本人と変わらないのでアジア系だろう。


「何手ぇ止めてんだ?!とっとと働け!国に帰されてぇのか!」


怒声が聞こえ、皆慌てて労働を再開した。

盗み見ると、怒声をあげた人物はダウンコートをトレーナーの上に羽織った姿で、いかつい顔をしている、おそらく自分たちのお目付け役の様なものなのだろうか。

彼は怪我をして蹲る漁師に「お前、減給だからな」と言い捨て船室に入って行った。


目を覚まし、自分のいる場所がいつもの自分の寝室である事を確認して安堵したが、恐怖はその後もしばらく続いた。

朝、その事を話すと同居人も同じ夢を見たそうで、驚いていていた。


テレビでは丁度ニュースで、ある漁業組合が何やら不祥事を起こした様で話題になっている。

その漁業組合は中国やベトナムから多くの技能実習生を取り入れ働かせていたのだが、日本人の職員らによって実習生の一人がリンチされている動画が、駆け込んだ他の実習生によって労組に持ち込まれた。

これをきっかけに漁師として従事する実習生らへの、労働基準法に定められた最低賃金を遥かに下回る給料や休日や休憩の無取得、その他様々な人権蹂躙が明るみに出たという。


また、現在日本国内において農水畜産業や工場の単純作業の場には多くの外国人技能実習生がおり、労働基準法を遵守している職場は殆ど無いとの事だった。


朝食の脇にデザートとして置いた真っ赤な苺が目に入る。摘んで口に入れると、程好い酸味と甘みが口に広がった。これもまた、彼らへの搾取を通じてここに在る。

苺に心なしか苦みを感じた。


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