第46話 傷

「ダ……ダイコクさんが! 傷を……!?」


 観戦していた魔物達がダイコクの抉られた右腕を見てどよめいていた。

 ダイコクは自分についた傷を見つめる。傷口は深く抉られ、ジリジリと焦げていた。


「——いつぶりだろうなぁ。俺様に傷がつけられるのは」


 ダイコクは傷口を一瞬、手で覆う。そして傷口から手を離した時、そこにあった筈の抉れ焦げた傷口は綺麗さっぱり無くなっていた。


「な! キズが……!」


 メテットとラナは傷が一瞬で直ったことに驚いていたが、シズルだけは驚きもせず、ラナの炎を纏った大釘を構えて、出方を伺っていた。


(まぁ、貴方ならその程度すぐに直せるわよね。でも先程とは状況がまるで違う。攻撃が効くのなら、このまま削り切ってやれる)


 ダイコクは直した右腕が動くか確かめながら呟く。


「はは。まったく……傷がつくたび、あいつの顔が思い浮かぶ」


 ダイコクの脳裏に浮かぶのは勇者と呼ばれた戦友トモの顔。悪滅殺を誓い、悪魔どころか、魔物の天敵となった者。


(厄介だな。本当)


 “不変”はここに覆された。ラナの炎は悪魔にこそ効く。故にこそ、悪魔の力を有しているダイコクにとって唯一の弱点となる。そして、目の前には、その炎を纏った自分と同じ“夜明け”より生き続けた怪物。

 

「ああ、まったく」


 ダイコクに敗北の可能性が生まれてしまった。

 しかし、それでも。


「——こうでなきゃなぁ!! 闘いは!!」


 ダイコクは変わらず、笑っていた。


ガァン!


「つァ……!?」


 ダイコクは今まで以上の速度でシズルに詰め寄り、今まで以上に重い一撃をぶつける。シズルはそれをラナの炎を纏い赤熱した大釘でかろうじて受け止めたが、体勢を大きく崩してしまう。


(なんて衝撃!! しかもこれは——止まらない!)


 ダイコクの拳が焼ける。しかし、構わずダイコクはもう片方の拳を突き出そうとしている。

 シズルはまだ体勢を整えておらず、防御することができない。

 ダイコクの拳がシズルに迫る。


「“ヒラけ”!」


 ダイコクの拳が空を切る。拳がシズルに直撃する寸前で窓から出て来たメテットがシズルを庇うように押し出したからだ。


「メテット!」


「リダツする!」

 

 メテットはそのまま、シズルと共に一時的に離脱する。


「メテットちゃんか! 便利なの持ってるなぁ!」


(メテットちゃんが来てるんなら……)


「来てるよなぁ! ラナちゃん!」


 ダイコクが振り向くと、左目から炎を噴き出し、迫ってくるラナと目が合った。


「いいぞ! 打ってこい!」


 ダイコクが叫び、手招きをする。

 ラナは目から噴き出している炎を左手で


「炎よ! “焼き払え”!」


 ラナは掴んだ炎をダイコクにぶつけた。

 ダイコクは炎に包まれ、全身を焼かれるが、


「いい火力だがまだ足りねえな!」


 笑いながら包んでいた炎を片腕で薙ぎ払う。


「ッ!?」


 ダイコクはそのままラナの炎をぶつける為に突き出された左手をがっしり掴む。

 そして、意図的にラナの体の強度を跳ね上げた。


「な……何を!? それはワタシたちが勝った時の——」


「ぶつけるんなら硬え方がいいだろ!」


「ぶつける……!?」


「ラナ!」

 

 離脱していたシズルが戻ってくるのを見てラナはハッとする。


「シズル! 今は——」


「しっかり受け止めろよシズルちゃん!!」


 ラナはシズルに伝えようとしたが間に合わない。

 ダイコクは全力でシズルの方にラナを投げ飛ばした。

 避けるわけにもいかずシズルはとんでもない速度で飛んでくるラナを体で受け止めた。


「!? ゴア……!!」


「……ッグ!」


 メギメギとシズルの胴体から歪な音が鳴る。ラナの強度が限界まで強化されていたのもあり、この損傷はシズルにとって決して無視することの出来ないものとなった。

 ラナも無事ではなく、ぶつかった時の衝撃と痛みで気を失いそうになる。

 シズルはラナを受け止めきれず、ラナと共に吹き飛ばされた。このまま山まで飛んでいく勢いだったが、


「“ヒラけ”! サカさマド!」


 メテットが窓を展開する。

 その窓は赤毛の塔に着陸する時に見せた窓の中の流れを逆転させた窓。飛ばされていたラナとシズルはその窓に入り、少しずつ減速していく。

 そして最後はメテットが出口の前で待ち構え、ラナとシズルを受け止めた。


「ぐぅ!」


 メテットはうめき声をあげたがなんとか受け止めきることができた。


「ラナ、シズル! ダイジョウブ!?」


「ッヅア……!」


「うぅ……ワタシは、まだ大丈夫ですが……!? メテット、避けて!」


「! “ニがせ”!」


 メテットはシズルとラナを掴んで窓を使って急いでその場から離れた。その直後に、


ドカァァン!


「これも避けるか。意外に早いな……ん? いけねえ。足が抜けん」


 破壊音と共にラナ達がいたところにダイコクが降って来ていた。メテットはダイコクが着地した時に出来ためちゃくちゃに壊れた破壊痕を見てゾッとする。


「あ……アブなかった」


メテットが避けられたことに安堵していると、


「ウゥ……! ……報、復を。」


(体ガ軽い……痛ミも無くなって力が、感情が……こノ感覚は……)


 シズルが勢いよく起き上がった。


「シズル!? 無理をしないで! ワタシとぶつかった時の傷が……!」


 ラナの言う通り、シズルはラナと衝突した時に腹部は弾けていた。起き上がった時にざらざらと、シズルの腹部から折れた釘が溢れる。

 また、溢れているのは釘だけでなく。


「!? マてシズル! そのクロいのは……!」


「あぁ……? これは……どおりで……」


 シズルは腹部の穴と、目から黒い雫が流れていることから自身が堕転しかかっていることに気づく。

 

「シズル! これ以上は危険です! 降参を——」


「待って!! ラナ。これならいけるわ」


「いけるって何がですか! シズル! このままだと貴女は理性を失って空っぽの怪物になってしまうんですよ!? それに全身ボロボロで——ボロ……あれ?」


 ラナはシズルの傷がいつの間にか全て無くなっていることに気づく。

 まるで全てが嘘だったかのように。一瞬の内にシズルは体を修復していた。今は目から黒い雫が少し流れているだけになっている。


「堕転の唯一の利点ね。力の上限があやふやになってとめどなく魔力が湧いてくるこの感覚。今の私はダイコクと戦う前以上に元気になってる」


「シ、シズル。まさか……ダテンをセイギョしているの?」


だけど。さすがにこれ以上になると無理ね」


(いやセイギョがデキてるジテンでおかしい!)


 メテットはそうツッコミを入れたかったが、グッとこらえる。


「だから時間がない。ラナ、メテット」


 シズルはラナとメテットの肩に手を置いて、



「次で最後。私達の合体技で、あの鬼打ち負かすわよ」



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