第15話 交戦

 シズルと騎士のお互いの武器がぶつかり、火花を散らす。力はシズルの方が上だが、騎士はその差を技で補う。釘による突きを剣でいなし、その時生じた隙を騎士は狙う。


「こんのッ……!」


 シズルは騎士の剣を後ろにのけぞり紙一重で躱す。

 騎士はすぐに構え直し、静かにシズルの出方を伺う。


「……」


「ハァァッ!」


 シズルは突っ込み釘の頭部を騎士の脇腹に向かって力一杯振るう。騎士は剣でその攻撃を防いだが、


「ウラアァァ!!」


 シズルは力任せに釘を振りぬいた。

 騎士は吹き飛ばされ、酒場の壁まで吹き飛ばされる。

 その衝撃で怠惰亭にあった机のいくつかが宙を舞う。

 騎士の体制が崩れたのをシズルは見逃さず、追撃に釘を騎士めがけて投げ飛ばした。

 それを騎士は、体をぐにゃりと自分の体をその釘の軌道から逸らした。


「なっ!?」


 シズルは騎士の予想外の挙動に少し動揺してしまう。その隙に騎士はシズルに向かって剣から蝋を飛ばした。蝋は空中で固く鋭くなり、散弾となってシズルを襲う。


「…痛ッ」


 ある程度はよけられたが、体のあちこちをかすめてしまう。


「厄介な技持ってるわね……」


ジジジッ…


「ん?」


 何やら焦げ臭い。

 痛みの中に切り傷によるものではない何か別の痛みが混じっていることに気付く。


(…ラナの炎が暴走した時に浴びた炎傷と似ている痛みね。これは、下手に攻撃を受けるのは良くないか。)


 騎士は静かに起き上がり、剣を構える。シズルもそれに合わせて、剣程もある大釘を

 構えた。両者の間に静寂が流れる。

 シズルも騎士も相手の出方を伺っていた。

 静寂を破ったのはシズルでもロウソクの騎士でもなく


 周りで見ていた魔物達だった。

 魔物の一体がロウソクの騎士に向かって酒の入った樽型のジョッキが投げられる。

 魔物達の雰囲気は乱闘の時と違っており、皆が怒りに満ちていた。


「お前口がねぇじゃねぇか。口ナシがどうやって笑う? どうやって酒を飲むんだ??」


「ここは酒場だぞ。酒を飲む場所だ。そこに酒が飲めねぇ奴が何をしに来た?」


「……冷やかしはだいっきれぇだ。頭が醒める。夢が終わる」


「責任をとれ……」


「お前の命を酒にして」


 怠惰亭の魔物達は一斉にロウソクの騎士に襲い掛かる。

ロウソクの騎士は魔物を何体か切り伏せたが、多勢に無勢か、やがて魔物達に埋もれてしまう。最終的に蜜蜂の熱殺蜂球のような形で魔物の山が出来ていた。


「……本当に筋金入りね」


 その様子を見てシズルは呆れていた。ここにいる魔物達は酒を飲むためならなんでもやるだろう。

 まさしく酒の奴隷。彼らは酒に飲まれて今だけを生きるためだけにこの世に存在しているのだ。


(ただ、状況としては私にとって良い状態ね) 


「この魔物の山をどうするか……今のうちにこいつ等ごとあいつを串刺しにしてやろうか」


(こいつ等じゃどうやっても倒せないだろうし、動けないうちにやるべきか。)


 シズルが釘を突き刺そうとしたとき、焦げ臭いことに気づく。

 魔物の山をよく見ると黒い煙が漏れていた。


「……まさか!?」


 シズルは急いで怠惰亭を出ようとする。


 そして、シズルが怠惰亭の玄関の扉を開けたところで魔物の山が大爆発を引き起こした。

 シズルは爆発の余波に巻き込まれ、大きく怠惰亭の外に吹き飛ばされる。


「……ゲホッ」


 爆発の衝撃で怠惰亭も中にいた魔物も跡形もなく吹き飛び、その残骸と黒い煙だけが残っている。

 煙を吸い込んだのか、咳をしながら立ち上がるシズル。そして爆発を引き起こした犯人が怠惰亭跡地から出てくるのを待つ。

 少しして怠惰亭の玄関だったところから人影が出てきた。

 その姿を見てシズルは目を疑う。


「お前……その姿は……!」


 ロウソクの騎士は全身がどろどろに溶けており右腕は完全に蒸発していた。そして、騎士の内側から炎が噴き騎士の体は内側から焼かれていた。


(同じだ。……! なぜこいつが業火の魔法をかけられているの⁉)

 シズルは初め、このロウソク頭の騎士がラナを燃える体にした魔法の持ち主だと考えていた。なのでこいつを半殺しにし魔法を解かせたらそれでラナの体の問題は解決すると思っていたのだ。しかし、これではラナを元に戻すことはできない。


「……別に黒幕がいるのね。こいつは実働部隊ってわけか。」


 シズルはもう一本釘を生やし、両手に大釘を持って勝負に集中する。

 騎士も残った左手で剣を持ち、シズルに向ける。

 最初に動いたのは騎士だった。騎士は体の半分がドロドロに液化しており、人間離れした動きでシズルに飛びかかる。

 その時に騎士は空中で剣を蛇の様な形状に変えシズルに襲い掛からせた。

 シズルは動かず蠟の蛇がくるのを待ち、蛇がシズルを嚙みつこうとした刹那、

 シズルは両手の釘でへびを3等分にし、空中にいた騎士に高速で突っ込んだ。

 騎士はそんなシズルに対応できず、二本の釘が騎士の胴体へと突き刺さり貫通した。


「〝弾けろ〟」


 シズルがそう唱えると騎士の体はどんどん膨張していき―


  パァン!


 破裂し、無数の小さな釘が花火のように空を舞った。


「……ふぅ。一応、一歩前進かしら。」


 着地したシズルは、釘に変えそこなったロウソクの騎士の一部が消滅していくのを確認した。


「こんなのがたくさんいるのね。自分の体をまるで気にせずにただ殲滅する。……ただひたすら目的のために」


 消えゆく騎士の体を見て、シズルは怠惰亭の魔物を連想した。彼らもただ酒を飲み、消える瞬間まで酒に溺れるためなら仲間も酒にする。

 ふと、切り株頭の魔物の言葉が思い出された。


〈大体、あんたも一緒だろォ? 俺たちにとっての酒が、あんたにとっての復讐だ〉


「……私はお前らとは、違う」


 おぼろげに思い出される。いつかあった日、最後の魔物を殺した日。


(海の近くの洞窟に追い詰め、激情のままに欲望のままに釘を振るい、頭をかち割り、串刺しにした。その時水面に写った私の顔は嗤っていて。それがひどく醜悪に見えたのだ。)


(……なぜ私はラナに話したあの時、笑ったんだろう。)


 ふとそう思い、すぐに考えを改める。


「いや、あれは、話せたからだ。誰もいなくなったあの場所で人に会えたからだ。そうよ。……そうなのよ。」


 シズルの目からうっすらと、黒い雫が一筋流れた。


「……っとこんなこと考えてる場合じゃない。早くラナ達と合流しなきゃ、……ん?」


 ここでシズルは異変に気付く。

 ラナ達は怠惰亭を安全なところで見ているはずだ、だとすればあの爆発も見えていただろう。


(戦闘が終わったのは見えているはず、なのにどうして出てこないの?)


 自分の言った言葉を思い返す。


〈こんなのがたくさんいるのね。自分の体をまるで気にせずにただ殲滅する。…ただひたすら目的のために。〉

 

 たくさん。


「あの騎士……! 他にもいたのか!」







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