第14話 邂逅

 一方、怠惰亭の中は混沌としていた。

 さっきまで共に酒を飲んでいた友を、笑いあった同志を、酒にするためにつぶし合う。

 そのことに悲しむ者はいない。それどころか、お互いゲラゲラと笑いながら目の前にいる魔物を攻撃していた。

  目が取れたり、松明の火が燃え移ったり舌が引き裂かれたりする魔物が出てきているが、その魔物達も痛がったりせずに笑っている。

 シズルはその光景に嫌悪感を示していた。


「本当に今だけを生きているのね。次の瞬間自分が酒になって誰かに吞まれているかもしれないのに」


 シズルの言葉に切り株頭の魔物は笑い出す。

 その体にはいくつか釘が刺さっており、刺さっているところから樹液が流れている。


「当たり前だろ。先を見越して酒に溺れるなんて奴

がこの世にいるか!?」


「ここは先を見ることを放棄した馬鹿共の掃き溜めだ。みーんな疲れちまったんだ。この星の生物であることに」


 興奮して痛みを感じなくなったのか、体のあちこちに釘が刺さっていることをまるで気にせず、ペラペラと語りだす。


「けへへ……見てみろよ。あんたが釘だらけにしたそのボロ雑巾。笑ったまま気絶しているぜ……」


 切り株頭の魔物は釘を何本も刺されて倒れたぼろ布を纏った魔物を指差した。

 白目をむいており、布の中に満ち満ちていた闇が散り、中から汚れた包帯で覆われた本体が顕になった。


「そのままほっときゃ消えちまうのにな。きっと自分が生きてたことを忘れてんだ。こいつは最後まで、こいつの頭の中はすっからかんなままだろうな」


「……生きてたことを?」


「へぇっへっへ……後先考えず酒を飲んでたんだろうな……いいな…………」


「最高の終わり方だ!! なぁそうだろ!?」


 切り株頭の魔物は足から伸ばした鋭い木の根を地面から突き出し、シズルを串刺しにしようとする。

 シズルは高く飛ぶことで木の根の奇襲を躱す。

 すかさず魔物は腕の枝を勢い良く伸ばし、シズルの腹を狙う。

 しかし、シズルは手から抜いた釘を思いきり振るい、魔物の枝をへし折った。

 魔物は折れたことをまるで気にせずシズルに猛攻を仕掛ける。シズルはそれを捌き続ける。その間にも魔物の話は続く。


「この世界は生きてくにゃぁ、怖すぎる! 気がついたら、魔法で何かに変えられる!! ろくでもねぇ最期ばっかさ。お前、友達が砂糖菓子になったのを見たことあるか?」


「だから俺たちは明日を捨てて酒を飲むんだよ。何もかも忘れて今を楽しくするためになぁ?」


 話を聞いてシズルは額に青筋を浮かばせる。


「だったら、誰にも見られないところで一生ガタガタ震えて縮こまってろ。さっきから聞いてりゃ自分のことは棚に上げて。私の友達はお前らの勝手な都合で酒になりかけたのよ。」


 魔物はそんなシズルを嘲笑う。


「はぁ~!? そんなこと知ったこっちゃねぇ。酒が飲めない、しかも知らねぇ奴にゃ情もわかない。どうせ将来ろくでもないものに変わるんだ。酒にした方が俺は楽しめるし、終わりを忘れられるだろ。そっちのほうが得じゃねぇか。」


 魔物はシズルを指さした。


「大体、あんたも一緒だろォ? 俺たちにとっての酒が、あんたにとっての復讐だ」


「……あ?」


「仕返しって言ってたがよ。そいつからそんなこと頼まれたかぁ? てめぇが勝手にやってるだけだろぉ? 自分が楽しくなりてぇからさ」


「……黙れ」


「は! 認めちまえよ。お前だって他人の命使って楽しくなっていたんだろ!?」


 シズルは持ってた釘を魔物めがけて放り投げる。切り株頭の魔物はそれを枝で受けとめた。

 だが――


「……おぐぅ!?」


 釘は枝を貫いて頭部に突き刺さる。


「げへっ……怒ったのか?」


「……〝溢れろ〟」


 頭部に突き刺さった釘からシズルの魔力が流れる。シズルの魔力はたちまちに切り株頭の魔物の体の一部を3本の大きな釘へと変える。

 そして、三本の釘は魔物の体内から体外へ、勢い良く噴き出した。


「ごぁああああ!?」


(なんだ⁉ 何された⁉ いでぇ!! よくわからねぇ‼)


 それは致命傷になった。釘によって破裂した影響で頭の一部や腕等が吹っ飛んでいた。魔物は消滅を始める。木の体はボロボロと崩れていく。


(あ、消える。終わりかぁ)


 魔物はぼんやりと自分の最期を悟っていた。


(……くそいてぇ。なんて最後だ。あぁでも、これでもうおしまいなんだ。もう怖くないなら……)


 そう思って口角を少し上げようとしたとき、切り株頭の魔物はぱっくりと、両断された。


「!!??」


 突然の事態にシズルは驚愕する。しかし、魔物に起きた現象はそれで終わりではなく。


「ぐぎゃぁぁぁああああああ!!!」


 両断された魔物から勢いよく炎が噴き出す。元々消滅しかかっていたのもあって、すぐに跡形もなく焼け消えてしまった。

 あまりの事態に周りで暴れていた魔物も皆注目していた。辺りがしんと静まり返る。

 その中でシズルは消滅した魔物の後ろにいた存在を見て声を出す。


「……タイミングが良いのか悪いのか。今、こんな所で出会えるとはね」


 シズルは持っていた釘を消滅した魔物の背後にいた存在に向ける。


「覚悟しなさいロウソク頭。お前を今からぶちのめすわ」


「……」


 シズルの殺意に反応し、ロウソク頭の騎士はゆっくりと剣を構えた。

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