第2話

「クソが」


 俺は携帯と財布だけを持ち家を出た。


 多分、あの日以降で初めて両親に何も言わず家を出た気がする。


「どこ行きやがった」


 ベットはまだ若干だか温もりを感じた。


 つまりスズが家を出てからそう時間が経ったわけじゃない。


 その上、いくら大人びたとしても身体は未だに小さな女の子。


 まだそう遠くまではいけないはず。


「あぁほんと!!昨日の自分をぶん殴りたいぜ!!」


 何をスヤスヤと眠りについているのか。


 せめてあの子の心を溶かすまでは、寝ている暇なんぞなかっただろうに。


「こんなことなら縛ってでも……いや、それはマジで人としてダメだな」


 それに


「あの子の自由を奪うのが一番やっちゃダメなことだろ」


 俺は急いでチャリを漕いだ。


「スズ!!いるなら返事しろ!!」


 俺は全力で名前を叫び続ける。


 いつもの見慣れた景色が次々と過去へと流れていく。


 探し求める非日常的な金色は見つからないが、見覚えのある姿の横で俺は動きを止める。


「おや、マサト君おはよう」

「おはざいます!!」


 いつもと違い、あまりにも雑過ぎる挨拶。


 だけど、今の俺にまともに会話をする余裕なんてなかった。


「あの、これくらいの小さな子供を見ませんでした?髪が金色で、誘拐されてもおかしくないくらい可愛い子なんでけど」


 俺は自分でも何を言ってるんだと猛省する。


 こんなこと言われたらアニメの見過ぎか、何かしらヤバめの幻覚を見ていると疑われた方が早いだろう。


 そんな俺のまともとは言えない質問に


「大切な子かい?」


 お婆ちゃんは力強く尋ねる。


「凄く」


 その言葉を聞いて目の前の人物は、その重たい目を一度閉じる。


 そしてゆっくりと目を開け


「向こうに行ったのを見たよ」

「本当ですか!!ありが」

「あの子はスキル持ちだよ」


 俺は一瞬体を止めた。


 そして一度深呼吸をし


「どうでもいいです」

「……そうかい」


 全力で前へと進んだ。


「成長したねぇ〜」




 ◇◆◇◆




「……お久しぶりです、パパ、ママ」


 私の前には二人の男女。


 まぁ……所謂私の両親だ。


「スズ様、どうかお戻りになられませんか?」

「貴方様は奴らに今もなお狙われ続けています。どうか私達の手でお守りさせていただけないでしょうか?」

「……」


 私は疑問に思った。


 これが本当に私の親なのか。


 昨日公園で見た親子の姿を、私は人生で一度でも体験したことがあっただろうか……と。


 だけどそんな憂いは、今日でもうおさらばとなる。


「……すみません。私はそちらに戻るつもりはあるません」


 私の言葉に二人の顔が一気に変わる。


「何故です!!僕達が貴方様に何か失礼を働きましたか!!」

「私達に理由があるのでしたら改善致します!!そんな者がいるなら直ぐに始末致します!!ですのでどうか!!」


 まるで懺悔するように私の前で手を合わせる。


 本当に、この人達には私が神様か何かに見えているのだろう。


 私の力は、ただの厄災でしかないのに。


 すると二人は先程の慌てた様子が嘘のようになくなり、真剣な面立ちで周囲を見渡す。


「……スズ様、どうやら奴らが近くまで来ているそうです」

「今すぐ私達と共に帰りましょう。奴らに貴方様が捕らえられてしまえば、多くの血が流れてしまいます」

「……」


 ずるい言い方だ。


 そうやって命をちらつかせれば、私が今まで通り言うことを聞くと思っているのだろう。


 実際、間違っていない。


 私が他人を巻き込みたくないことをこいつらは誰よりも知っているのだから。


 でも、今回は私だって負けていられない。


 もう、逃げるという選択は私の中にないのだ。


「スズ様?」

「それは……一体何をなされるつもりで?」


 一歩前に出る二人。


「近付かないで」


 私は痛みで少し涙を零す。


 それによって覚悟が鈍らなかったことに私は安堵を覚えた。


「それ以上近付けば、私は私を殺します」


 彼の家から持ってきた包丁。


 私はそれを自分の首元に当てる。


「お、おやめ下さい!!貴方様がこの世界からいなくなるなどあってはならないこと!!」

「世界を!!世界をより素晴らしいものにする為に貴方様の力が我々には必要なのです!!」

「知りませんよそんなこと」


 私は一歩後ろに下がる。


「他の人達にも伝えて下さい。あなた達が私を捕らえようとすれば、私は自決します。それが嫌なら、もう私のことを追うのはやめて下さい」

「……」

「……」


 二人は顔を見合わせ、泣き出した。


「まさか……本当にこんなことに……」

「あの方が危惧していた事態が起きてしまうとは」


 何かブツブツと訳の分からないことを言ってるけど、私の優位性は変わらない。


 あの連中にとって私の命は何よりも大切なはず。


 それこそ、自分の命を捧げるなんて言い出す人間もいるくらいに。


 だからこそ、私は私という最大の守りを得た。


 本当は死にたくない。


 痛いのは嫌だし、まだやりたいことも沢山あって、それでこれまでの私に幸せだったと言うことも出来ない。


 自分は生まれてくるべきでなかったと自身で肯定しているようで、それが心の底から死にたくないという気持ちを湧き上がらせる。


 だけど、それで世界が多少平和になるのならそれでいい。


 それで救われる人がいるのならどうでもいい。


 私のせいで


『俺の両親は殺されたんだ。スキル持ちに』


 傷付く人がもう二度と、生まれないように。


「スズ様」

「申し訳ありません」

「近付かないで!!私は本気ですから!!」


 足も手も震える。


 息も荒くなって、立ってるだけでも苦しい。


 でも覚悟は決めた。


 彼のお陰で覚悟が決められた。


 本当にごめんなさい。


 そしてありがとう。


「それ以上近付けば死にます。嘘だと思うならどうぞ前へ!!」


 私の言葉に二人は笑顔を向けた。


 その余裕は何?


 まさか本気だと思っていない?


 勘違いしているのならそれでいい。


 あの二人の絶望した顔を見られないのは悔しいけど、それでも今までの対価を払えるのならそれでいい。


 来て


 私を殺して


 私を殺させて


「スズ様。貴方様は本当に」

「昔から変わっていませんね」

「何を言って」


 気付く。


「か、体が……」

「僕のスキルをもうお忘れに?」

「何故私達がここに立っているのか。それは私達のスキルが拘束に特化しているからですよ」


 嘘……


 確かにパパの……あの人のスキルは相手の動きを制限するものだった。


 だけど、体を少しも動かせない程強かったわけじゃ……


「貴方様にスキルがなかった頃、僕達はいかにスキルのない時代が残酷だったかを貴方様にお教えしました」

「ですので貴方様はスキルに関しての知識が浅過ぎるのです。そして貴方様はスキルを持たない自身に絶望し、そしてあの力を手に入れたのです」

「正に世界を変える力。いいえ、世界を本来の素晴らしい世界に戻す力を!!」

「……黙れ」


 スキルを求めたことなんて一度もない。


 むしろ、スキルを好きになったことなんて一度もない。


 あんなものが無ければ


「動け」


 私は普通を


「動け」


 私にも


「動け」


 本当の家族を


「動いてよ!!」

「無駄ですよ」

「スキルに対抗するにはスキルしかないんです」


 二人は既に私の目の前に立っていた。


「これは危ないので回収しておきます」

「一体どこで手に入れたのですか?全く、これを持たせた相手は後で痛い目に遭ってもらいましょう」

「それだけはダメ!!」


 つい反応してしまった。


 別に向こうもただの雑談というわけではないが、軽口を叩いた程度の認識だったのだろう。


 だけど、今や私にとっての心の在りどころに触れられてしまい、感情が溢れ出してしまった。


「おや」

「随分とお気に入りの方が出来たのですね」

「貴方様を育てた身としては、なんだか感慨深さを覚えます」

「お願い……ごめんなさい……もう逃げないから……だからあの人にだけは……」


 二人はニコニコと私の手足を縄で縛る。


 でもその仮面の下では、私を逃げられないようにする為の方法をずっと考えている。


 そして今、二人は私を永遠に縛り付けるための方法を見つけてしまった。


「ごめ……なさい……ごめん……さぃ……あの人だけ……は……お願い……」

「おやおや」


 私の感情と一緒に流れる涙をママが……ママが拭き取る。


 泣きじゃくる私を見る目は、いつぞやの公園で見た親の似たようなものを感じた。


「いいですよスズ様。貴方様はまだ子供」

「私達大人のように深く考える必要はないのです。ただ身を任せ、その力を人々の為に使う。それだけでいいのです」

「……でも」

「いいんです。もう、全部終わったのですから」


 ……そっか。


 ……そうだ。


 また私は間違えたんだ。


 逃げようなんて思ったのが間違いだった。


 最初からこんなことしなければ、あの人に迷惑をかけることなんてなかった。


 いつも私は間違えてしまう。


 いつも私は失敗する。


『ダメな子』

『間違えて生まれた存在』


 あの時と同じだ。


『スキルがないお前に価値などない』

『お前が幸せになる権利なんてない』


 私は……私は……


「もう……」


 そして私の体がフワリと浮かび上がり、何かに抱き抱えられる。


「バーカ」

「マサ……ト……」

「子供がごちゃごちゃ考える必要はないってのは同意だが、それ以外は完全に的外れだ」


 彼は笑い


「子供の仕事はアホみたいに笑って、アホみたいに遊ぶことなんだよ。そんなことも分かんねーで調子乗んな、毒親が」


 そして全力疾走で逃げた。


 情けなく、必死な表情で、私を強く抱き締めながら走った。


「バカ!!なんで来たんですか!!」

「うるせぇ!!喋ってると舌噛むぞ!!」


 あぁもう!!


 色々言いたことがあるのに!!


 なんで来たのとか、関わらないでとか、ごめんなさいだとか、本当に色々言いたいのに!!


 まだ会って一日も経ってない、ただの他人でしかないのに私を……もう!!


「バカァ!!」

「元気で何よりだ」


 私は二度と離さないくらい抱き締める。


 そしたら彼も同じくらい強く力を込めてくれる。


 死ぬつもりだったのに。


 せっかく勇気を出したのに。


 こんな……こんなことされちゃ……もう


「覚悟が鈍っちゃうよ」


 私は温かな胸の中に顔を埋める。


「既に聖典には通報した。スズの名前を出した瞬間、向こうも大慌てだ。マジで何者なんだよって笑っちゃったじゃねーか」

「邪典って知ってる?」

「ああ、世界最大の犯罪組織だな。スキル至上主義で、スキルがない人間には人権がないとか言ってる頭の狂った連中」

「私はそこの教祖」

「ヤッバ」


 うん、分かってる。


 マサトも怖いんだ。


 体も震えて、汗も流して、心臓バクバクで。


 走ってるせいか、怖いからかも分からないくらい胸がいっぱいなんだって。


 それでも走ってる。


 それでも握りしめてる。


 どうしてか、私は不思議と安心していた。


「私の秘密を教えてあげます」

「まだ特大エピソードでもあんのか?俺もう大分いっぱいいっぱいだけ……ってクソ!!」


 マサトは私を庇うように背中から倒れる。


「足が動かん」

「多分ママの……女性の方のスキルです。昔、家から逃げようとするたびにあのスキルで足が動かなくなりました」

「本当にクズだな」


 向こうから全力で走ってくる二人組。


 歳で体力が減っているのか、既にクタクタの様子。


 なんだかちょっとだけ気分がよかった。


「スズだけでも逃げろ。多分、どっちのスキルも一人までしか拘束出来ないみたいだ。男の方のスキルが発動する前に遠くに」

「嫌です」

「嫌って……」


 もう、この人と離れることは出来ない。


 もし死ぬのなら、私はこの人の隣でしかそれを受け入れられない。


「私のスキルを教えます」

「そ、そうか!!スズにもスキルがあるならそれで」

「スキルを与えるスキル」


 それが私の持つ力。


 会った時も、家で一緒の時も言えなかった秘密。


 前者はただの他人に教えるつもりはなかったかた。


 後者は嫌われるのが……スキルが嫌いだと言った彼に嫌われるのを恐れたから。


 でももう、そんなことどうでもいい。


 ……やっぱり嘘。


 嫌われてしまえば私は多分普通に泣くと思う。


 だけど話した。


 話したかったし、話すべきだと思った。


「ごめんなさい。あなたの優しさに漬け込むようで」

「……いや、いいんだ。スズが俺を大事に思ってることは伝わった」


 敵は迫ってきている。


 猶予はない。


「俺にスキルをくれ」

「いいんですか?スキルは……嫌いだと」

「スキルは嫌いだ。多分その心情は変わらないと思う」


 でも、彼は崩れたような笑みで


「俺はスズが大好きだから」

「……もう」


 それがプロポーズでないことは知っている。


 そもそも彼との年齢差を考えたら、私が恋愛対象になることはない。


 なるとしたら、もう少し私が成長して初めて土俵に立てる。


 だけど……そんなことどうだっていい。


 私は彼を……マサトを


「スキルは求めるのはその人の欲です。自分自身が今、最も強く望んでいることを思い浮かべて下さい」

「……浮かべた」


 彼の思い浮かべたものが何か分からない。


 でもその中に、私が入っていたらいいな〜という淡い期待だけが今の私を支配している。


「いきます」

「……」


 私と彼以外の全てが止まる。


 音も、風も、光も、慌ただしかった心臓、叫び声を上げる両親、その全てが止まった。


 まるで世界には、最初から二人しか存在していなかったかのように。


「すみません」

「謝るなら家から勝手に出たこと、それと包丁を盗んだことを謝れ」

「それは特に反省してないので嫌です」

「おい!!」

「ですが」

「そっちは俺が気にしてないから謝るな」


 なんともあべこべだなと思う。


 マサトも同じことを思ったのか可笑しそうに笑った。


「スキルにどうか、振り回されないで下さい」

「忠告どうも」

「あと……何を願ったか教えてもらうことは出来ますか?」

「あぁ〜」


 彼は気まずそうに頬を掻きながら


「その……なんだ。恥ずかしいんだけど」

「エッチなことですか?やっぱりヘンタ」

「違うから!!」


 冗談のつもりだったのだが、真剣に受け止められる。


 どうも彼は社会的にまずいことや、犯罪をすることを酷く嫌う傾向がある。


 自分はスキル持ちと違って自制心があると、そう思いたい気持ちがあるからと昨日彼は語ってくれた。


 そこまで自身を律する程にスキルを嫌う彼にスキルを与えるという行為を、私は一生をかけて償うことを心に決めた。


「……俺の気持ちはずっと変わらない。あの日スキルによって家族を奪われた。そのことが悔しくて、悔しくて、悔しくて仕方がなかった」

「あなたの望んだ力は……やはり」

「ああ」


 スキル持ちを殺


「家族を守る力だ」

「……」

「もう二度と奪われないように。家族を、大切な人を守るための最強で、無敵の力が欲しい」

「……」

「だ、だから嫌だったんだよ!!こんな子供みたいに恥ずかしいことを」

「カッコいいです」


 だから私はあなたにこんな思いを抱けたのだと確信できた。


「本当にカッコいいです」

「……そっか。なら、頑張らないと」


 彼は立ち上がり、私の頭を軽く撫で


「大切な妹を守るためにもな」


 堂々とした背中を見せた。


「むぅ〜」


 だけどなんでだろう


「妹……か」


 私はなんだか負けた気がした。

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スキル「無敵の人」を手に入れたが、強くなるには社会的に死ねだと!! @NEET0Tk

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