ぼくは勉強ができない/山田詠美

私の学生時代の話をしよう。

私はけっこう、目立っていた生徒だったと思う。クラス委員みたいなモノには小学生の時から選出され、中学時代は生徒会長まで務めることになった。高校では大人しくしていようと思っていたものの中学時代の経歴が影響し(経歴のせいで)勝手に担任から「キミ、クラス代表ね」と決められてしまった。結局高校でも生徒会に所属し、副会長をやっていた(会長が一時会長を辞めると言い出した時は臨時で会長代理もやっていた)。


こう書くと、いかにも優秀な生徒だったように見える。実際のところ、そう振舞おうと思えば出来たのかもしれない。いや、どうだろう、過ぎてしまった事だからそれはわからない。

しかし、ともかく。

私は決して優秀な生徒ではなかった。一応高校では進学クラスに所属はしていたが、その中でもを争う類の生徒だった。義務教育までの何となく要領とセンスだけで何とかなる時代を過ぎていたのだ。しかし、それをなかなな認められないモノが若さという過ちの名だろう。

私は中、高と一度も宿題を期限内に提出したことがない。これは誇張でも偽りでもない。まったくの事実である。本当に期限内に提出したことがないのである。日頃の提出物はもちろん、夏休みの宿題だって例外ではない。よく前日に慌てて徹夜でやる、なんて話を聞くが私には理解ができない。やってないなら、やってないでいいじゃないか。死ぬわけじゃああるまいし。教師陣からは「しっかりやりなよ、生徒会なんだから、クラス代表なんだから」とよく言われた。私は言っている理屈がもうひとつ理解できず、それをヘラヘラと受け流した。そのクセ、読書感想文とか、ポスター制作とか、希望者だけが出す(つまり、あまりみんなはやらない)非必須宿題だけは真剣にやった。一応書き記しておくが、高校時代に2年連続で読書感想文の優良賞を受賞した。優秀賞は私の当時の実力では獲れなかったのが非常に残念である。私に宿題を出せと主張していた教師陣は褒めていいのやら叱ればいいのやらわかりかねる絶妙な表情を向けていた。

ともあれ、それが高校で挫折(志望校にも受からなかったしね)という辛酸を舐める原因ではなかったか、といわれても私は断固としてそれを否という。だって、やらされる勉強になんの意味がある? 開き直りなどではない、決して。


なので、私はすこし、主人公である秀美のことを理解できる。彼ほどモテなかった──いや、まったくモテなかったけどさ──けれど、彼が抱く焦燥や無自覚だったかとしれぬ虚栄心の畏ろしさ、自分の卑小さに対する苛立ちは理解できた。


けれど、私は彼に嫉妬もしている。

私はあそこまでの確固たる自己は持ち合わせていなかった。曖昧な自分の柱を言葉で言い表せるほどの理屈を有してはいなかった。何者かになろうと足掻いては擦り傷を作り、その傷を勇者の証のように見せびらかす虚しい日々だけが募った。大人になった今はどうか? おそらく、変わってはいないのだろう、秀美に対して抱く燃ゆる嫉妬心がその証左である。


ぼくだって勉強できなかったよ!


そう言いたくなる。彼を追随したくなる。憧れてしまう。もっと早く出逢いたかった、そう思ってしまう。彼は未熟だ。彼は子どもだ。しかし格好いい。私だって、彼のような少年時代を送りたかった!


こんな私を彼はなんと言うだろう?


まぁまぁ齷齪しても仕方ないよ

そういうことって誰でもあるからさ

大丈夫大丈夫、なんとかなるって


こんなところだろうか? きっと私は彼を小突くだろう。生意気な奴め、と。しかし私は確実に救われているのだ。けれど、もちろん素直にありがとうなんて言ってやらない。彼はきっとわかってしまうだろうから。大人とか子どもとかの前に、そういう男の部分で彼とわかり合えているような気がする。

物語を通しての会話はいつだって雄弁だ。

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彩月あいすの独書感想文 彩月あいす @September_ice

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