第八話 新たな覚醒

新たな覚醒①

 時刻は昼を回り、気がつくと俺は自宅前まで帰っていた。今朝までの激しい記憶にさいなまれ、寝不足で身体が少しきしむ。俺は億劫な気怠さを直すために早く寝よう、と鍵を差し込んだ。


「………?」


 途端に感じる違和感、扉が既に空いている。気配は……一人。誰かがそこにいる。

 師人はゆっくりと扉を開け中へと足を運ぶ。すると台所からトントントン、と音が聞こえてくる。


 部屋に入り、まず師人が感じたことは「いい匂い」。そしてその原因となる場所を視界に捉えた瞬間、驚愕した。


「な、なんでアンタが………」

「おかえりなさいませ、ご主人様」


 美しい立ち姿に綺麗な顔立ち。くだんの宇宙船に捕らえられていたメイド服の女。奥村杏奈がそこにはいた。の台所で、人参や豆腐を切って味噌汁を作っていた。


 奥村は言葉が詰まる俺の様子に気がつくと、心苦しそうに頭を下げた。


「申し訳ございません。お食事が出来上がるまでもう少々お待ち下さい」


 と奥村は謝辞と共に、湯は既に沸かしておりますのでお入りください、と当然のように部屋着を用意し、俺を風呂場へと促した。


 浴槽に浸かる。気がつくと全身の力を抜いて天井を見ていた。温かな湯は睡魔を呼び込み、瞼が重くなってくる。

 気絶に似た心地良さ、ほぐれた身体が小気味よく回復していく。ここから湯疲れしないようにゆっくりと上がる。これが、風呂においては肝要だ。


 更衣を終え、清められた身体で席に着いた。並べられた料理は朝陽に負けず劣らずで、和洋折衷という意味では奥村の方が幾らかっている。


 そして何故か向かい合わせではなく、奥村は師人の隣に座り、食事をしていた。


「なんだこの既視感………」


 時刻は午後四時数分、夕食には早いが不思議と喉に通る。戸惑いを感じつつも舌と腹は素直に手を動かし、皿に盛り付けられた物を口へと運ぶ。


 それからしばらくして完食した俺に奥村は嬉しそうな微笑みを見せる。そして片付けは自分がするので大丈夫、と皿を運び始めた。


わたくしめは準備がございます故、師人様は寝室にておくつろぎください」

「準備? 準備ってなに?」

「………秘密です」


 ベットの上、壁にもたれ掛かり、布団を腹部まで当てる。寝る前にこの体勢で読書をするのが、いつもの習慣だ。


 師人は前回と打って変わって良い休日を過ごせていることに、感動を覚えながらページをめくる。

 そして何気なく文字を追っている時にふと気がつく。何故俺は、あの不審者メイド受け入れているんだ? 


 とその瞬間、扉を三回叩く音が室内に響き渡る。


「失礼いたします」


 師人は冷静さを保とうとする。が、女を目の前にすると警戒心が緩む。あからさまに起きている。得体の知れない何かが、自身の身に起きている。


 そんなドロドロとした疑惑とは対象的に、奥村は師人を安心させようと笑顔を見せる。そして両膝を床に着け、三つ指を合わせて地に伏した。


「な、何………?」

「準備に手間取ってしまい申し訳ございません。口に出してお伝えするのは少々恥ずかしいのですがわたくし、師人様の夜伽よとぎのお相手をさせていただきたくコチラへ参りました」

「……は?」


 脳が緊急停止する。そして言葉の意味を理解する間も無く、師人の身体は意思とは無関係に反応した。はち切れんばかりの血液が下腹部へと集中していた。

 奥村はその様子に合わせて立ち上がり、するりと服を脱ぎ捨てゆっくりとベットに近づく。


「ご安心ください、師人様。私が身も心も全て……癒やして差し上げますから♡」

「───ッ!!」


 奥村が呟いた次の瞬間、師人の全身に金縛りにも似た感覚が襲い掛かる。そしてその時、ずっと感じていた違和感、その正体に師人は辿り着いた。

 自宅に足を踏み入れたでもう既に、この肉体は支配されていたのだと理解した。

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