6話 出立

 *



 明朝、カザーニィの東側より太陽が昇る。夜明けの前の清々しい空気、星の消えた空、日光の温度の気配は、遥かな旅立ちの合図となる。

「隊長、エデンはネトエル山にあるということじゃから、どうしても四大国のどこかは通って行かなくてはならん。真偽も怪しい我々の情報だけじゃあそう簡単には国を通らせてくれないでしょうが、ワシは行くならバチ国かベエ国だと思ってやす」

「あら、どうして?」

「バチ国は非常に国土が小さい、従って、国民もかなり少ない。話し合いが通じやすくもなりますな。そんでベエ国、彼らは国民全体がのんきなものです。ワシらの情報も確かなスジからのものだと言い張れば信じてくれるでしょう」

「さすがにそこまでのんきでもないわ。自分たちの国の中に余所者を入れるのだから、国としてはもっと慎重になるでしょう。特にバチ国なんかは他国の言葉には耳を傾けないわ。関所を通すとしたら輸入品だけ、商人も通してくれない。ダンゴはあの国々の王家を見たことがないから知らないのだわ。彼ら、想像以上に殺伐としてた。王さまの護衛に付いて行った時に私、驚いちゃった」

「では隊長はどこから入るのがいいと思うんですか。まさかチョウ国なんていうんじゃないでしょうな」

「私はエイ国がいいと思う」

 ネトエル山、ひいては四大国に向かう道のりで、カズハと副隊長のダンゴは話し合っていた。

 なにしろ四大国は隙間なくネトエル山を囲っているので、どうしてもどこかの国を通らなくてはエデンには辿り着けない。さらに四大国中の三か国は大きな河に囲まれているので、国に入るには橋を通してもらうほかない。唯一チョウ国だけは平野続きで国に入れるが、ここら一帯でも最多の国民数を誇る国なので、四六時中どこかしらで監視の目が光っている。

 四大国はネトエル山を中心に、北から時計回りでバチ国、チョウ国、エイ国、ベエ国とある。カザーニィは四大国の東に位置するので、チョウ国から入れば川も渡らずに済むのだが、その国にはエデンの男を攻撃した疑いがあった。非常に鎖国的で欲深い国民性なのだ。いくらカズハが実力者でも、部隊の面々を危険にさらさなくて済む選択が望ましい。エデンに続く道のりは簡単ではない。

「エイ国の堅物どもがこんな突拍子もない話を信じてくれますかな」

「信じてくれるかどうかはわからないけど、ちゃんと話を聞いてくれると断言できるのはエイ国だけだわ。他の国の王家はみんなカザーニィのような小国をまともに相手しようとはしない。でも、エイ国の人々は相手を力で判断しない。知性や立ち居振る舞いで判断するわ。きっと、ちゃんと話せばわかってくれるはず」

 カズハはそう断言したまま、前だけを見て力強く歩き続けた。カザーニィを出てから一時間、彼女の足取りは強く悩まない。その背中はどんな言葉よりも勇気づけてくれる。ダンゴを含む十二名の隊員も、余計な口出しをやめて隊長の後に付いて行く決意をした。

 早朝に国を出たので、ようやく辺りがはっきりと見えるようになってきた。カザーニィには機械や動物などの足がない。機械なら文明によっては発達してきた頃だが、動物となると家畜以外にはほとんど存在しなかった。核の後遺症は深く大きい。移動には必然と徒歩が選ばれる。

 カザーニィには現役の外交が存在するので、それはまだ幸運な方だった。外交が行われるということは、国の間を人々が移動するということなので、それだけ道に詳しい者や移動の際に出来た獣道が存在する。道路なんてものを作る力は今の人類にはなかったが、戦争によって大地が荒れる前に作られた道路は瓦礫となってそこらに見られた。そういった場所を人々は好んで移動に使った。

 しかし、大自然とは力強いもので、頻繁に移動を繰り返していないと獣道なんかはすぐに見つけられなくなった。今や人間の歩く面積よりも雑草の茂る面積の方が何十倍も大きい。

 カズハたち戦闘部隊の面々は、カズハやダンゴの記憶と景色を照らし合わせながら進んでいく。昨晩カズハたちが簡易的な地図で道のりを確認したところ、エイ国へ向かうにしても三日で辿り着く計画だった。しかし現実と理想は相容れない。

 エイ国に行く為には河を渡る橋を少なくとも二度は通過しなければならないが、一つ目のコンクリートの橋はなぜか崩壊していた。核大戦以前に作られたものだから風化してしまったのかもしれない。河は非常に大きく、対岸がやっと見えるかどうかといった具合だった。それなりに流れもある、つまり人が泳いで渡るには適していないということだ。

「こりゃもう仕方ないですね。エイ国に行くのは諦めて、一度カザーニィに帰りまして、ゆっくり休養してから別なルートを探しましょうや、隊長」

 崩落した橋をどこか嬉しそうに眺めていたゲンタはすぐにそう提言した。彼が常に危険から逃げることを信条としているのは間違いないが、他の者もこればかりは諦めざるを得ないだろうと考えていた、隊員としてはただ一人を除いて。

「カズハ隊長。これくらいなら俺のボートで一時間もありゃ渡れますぜえ。いかだなんてしょっぱい物は作りません。船のような立派なのを三隻、一日で用意してみせます」

 意気揚々と声を上げたのは、機械のないカザーニィでなぜか無類の機械好き・ショウだった。船やボートなどはこの時代誰も現物を目にしたことがないのだが、彼は様々な遺跡で見つかる書物によりその構造まで把握しきっていた。そして機械を見るのも好きなのだが、何よりも作るのが好きな男なのである。機械文明を持たないカザーニィでは機械作りもままならないが、このような場面になると出番だと張り切りやすい。ただし、木製の手漕ぎボートを機械と呼ぶのかどうかは、人と時代によるかもしれない。

 カズハは周囲を見渡して、野営することや材料集めの事などをざっと思案したが、最後にはショウの輝かんばかりの瞳を見つめて頷いた。

「いいわ。みんなでショウを手伝いましょう。この様子なら二、三日は雨も降らないでしょうし、エデンに早く着くに越したことはない。ここが頑張り時よ!」

 戦闘部隊のおじさん達が溜息をついたのは、言うまでもない。

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