5話 風は吹き始める

 その日の夜。エデンから来た男を墓に弔い、国王や戦闘部隊員ら集合の会議が開かれていた。

「まさか、この時代に戦争に巻き込まれていない場所があるとは。ネトエル山の頂上、エデンの町といったか。誰か聞き覚えのある者はいないか」

 国王は集まっていた者たちを見渡しながら問いただしたが、誰一人として首を縦に振る者はいなかった。会議の広場には束の間、夜の虫の声だけが響いた。

「ネトエル山は四大国に囲まれた大きな山です。その周辺の森には恐ろしい魔物が住むというんで、四大国の者は誰も立ち入りませんし、山に人が住んでいるなんて考えもしないでしょうな」

 ダンゴがそう述べ、国内でも最高齢の弓の名手・トシが裏付けのように頷いた。すると、その隣にいた戦闘部隊第二の実力者・サンダユウが大きな口を開いた。

「彼は西門の方から来ました。四大国でもバチこくとエイこくさとい国ですから、武器も持たない人間をそう訳もなく攻撃しないでしょう。特にエイ国は盾とつるぎの国だ、弓矢なんて使っているのは見たことがない。ベエこくは方角からして反対ですし、やはりチョウこく辺りにやられたんでしょうな」

「あの国にエデンなる町の存在を知られてはならんですな。何しろ変人奇人の集まりのようなもんですから、ネトエル山を越えて戦争を仕掛けないという暗黙の了解を辛うじて守っているっちゅうのに、山頂に戦争をしない町があるなんて聞いたら奴ら、魔物なんて恐れずに軍隊でも派遣しますぜ」

 ダンゴはごつごつしたその手で膝をぺんっと叩くと、国王は何か難しいことでも考えるかのように立派な顎髭を優しく撫でた。

「まあまあ、の国には私たちが何も言わない限りエデンの事は知れないだろう。自分たちが攻撃したのが人か猿かの確認もしておるまい。それより本当にエデンという町があって、そこは戦争とは無縁な場所なのか……。今の世に外交を行わずにやっていける町があるとは俄かには信じ難いが、それ程に人の数が少ないのか、それとも山の上には資源が豊富にあるのか……」

 国王はしきりに自慢のお髭を触り、どうもエデンという町に深く興味を持っているようだった。その様子にこれはいけないと、戦闘部隊一小柄なゲンタと国の商店のリーダーであるシンキチは慌てて口を開いた。

「王さま、私はそのエデンとやらに行くのは反対ですぜ。第一あの山に行くには四大国のどこかを通って行かなくちゃならない。山頂に平和な町があるかもしれないから、なんて理由で彼らが通してくれますでしょうか。それこそ我が国の心証を悪くしかねません」

「そうですぜ。それに、あの山には魔物が住むってんでしょ?あっしはそんな所に行く気は毛ほどもありやしません……」

 ゲンタは動きこそ俊敏なものの、ちびで痩せっぽちでおまけに気が小さいので、いつもすぐに弱音を吐いて逃げ回る。どうして彼が戦闘部隊の隊員としてやっていけるのかは、国民の長年の謎なのであった。

「エデンから来た男。彼は武器も何も持っていないのに難なく山を下りてきたのだ。魔物が本当に住んでいるのなら、そんな芸当はとても出来ないだろう」

「それはわかりませんよ。彼らが本当に山に住んでいるなら、魔物を手なづけていてもおかしくないじゃありませんか。むしろそのおかげで他国と戦争になっていない可能性だってありますぜ」

「そんなことは行ってみなくてはわからないだろう。魔物と呼ばれる程の生き物を手なづけられる人々が、そんな簡単に矢に射られて命を落とすとも思えんがね。それより本当に平和な町として、その秘訣を教えてもらえると考えたら足も軽くならんか」

「いえ、しかしですね、実際に行くのは私たちなのであってですな……」

「あの人の、妹さんへの遺言を伝えに行かねばなりませんわ」

 男どもがああだこうだと言い合っているところに、凛として口を挿んだのはカズハだった。静かに立ち上がったその目には、正しき行いとは何かがちゃんと見えているようだ。まさに〝戦乙女〟と呼ばれるのに相応しい姿であった。

「エデンという町に行くのかどうか。私たちの国の損得も考えなければいけませんけれど、あの人の妹さんへ遺言を届けるというのは、もう私たちにしか出来ないことなのですから、それだけは実現させなければなりません。エデンにはたとえ私一人でも必ず向かいます」

 ざわざわと問答を繰り返していた人々は、カズハが立ち上がるのを見て一斉に口を閉じた。そして彼女の言葉を聞くと再び問答を始め、こりゃカズハの言う通りだ、と互いに顔を見合わせると、隊員の男どもはみんな立ち上がった。さっきまで国王に対して文句を言っていたゲンタまで、やれやれといった様子で立っていた。彼が隊員としてやれているのは、この意外な潔さにあるのかもしれない。

「王さま、私たち、明日からでもエデンに旅立とうと思います。この中から四分の一ほどお借りしますが、よろしいでしょうか」

「ああ構わんよ。君に頼らなくてもここの男たちは国を守れるということを証明できる良い機会だとしよう。街では女たちが、〝戦乙女〟がいないと戦闘部隊のへなちょこどもは武器も構えられないと噂しているそうでな。どれ、君が国を留守にする間、一つせがれにでも指揮を執らせてみるかな」

「え、ええ、お父さま、それはまことに光栄なことですが、そんな急に言われても……」

 わははは、という明るい声が会議の場に広がって、重苦しい会議はこれにて終了、その後は旅立ちの無事を祈る宴会が開かれることとなった。

「カズハは本当に真っ直ぐで綺麗な心の持ち主に育った。敵であろうと人命を尊重し、力でもって弱きを守る。あの子の正義のあり方は、悪を滅するのではなく悪しきものに優しさで寄り添うとある。戦闘部隊の指揮官には正に彼女こそが相応しい。きっと、エデン行きでも良い結果をもたらしてくれることだろう」

 国王はすっきりとした色のワインが入ったグラスを傾け、カザーニィに育った美しき〝戦乙女〟のことを思い、この国の明るい未来を運んでくるであろう風に心をゆだねるのであった。

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