第10話〜夢の男

 その後はただ寝るだけであった。夜でさえも蝉の声は聞こえず、気持ち悪い静けさが蔓延していた。


 全員、冷房がない部屋で寝るのは無理だろうと思っていたが、窓を全開にすると心地の良い風が入ってくる。


 風に吹かれていると段々眠たくなった。もう意識は保てない。


「やぁやぁ、下僕たちよ」


 目を開くと、そこには巨大な男がいた。ダビデ像のように素晴らしい筋肉と真っ白な肌が余計にこの夢の奇妙さを引き立たせている。


 赤い目が全員を見下している。


「使命達成はまだ居らぬのか。ゲームとはいえ勝たねばならん事を分かっておるだろうか?下僕たちよ」


 周りを見渡すと、旅行者三人と島民一人がいた。深い霧に包まれているせいか、それ以外の物は見つからない。


 旅行者全員、見覚えがあるだろう。


 何せ


「吾輩は物質を操る者、パルヴェリア。貴様らのいう神という概念に近いものだが、正確には神ではない。かっははっはは!」


 独特な笑いを飛ばした後に、彼は寝そべる。楽そうな体勢でひょうきん者の雰囲気を漂わせているが、確実に人間ではない。


「今宵の夢は貴様らの問いに答えてやろう」


 人間の中で一番初めに口を開いたのは薫田あるじだった。


「針口にニアミン先生に強介、全員この人を知っているのか?」

「こいつに指名とか命令とか言われた。もしかしてお前もなのか?」


 お互いに指を差し合っているが、それが引き金となって喧嘩が始まった。強介の方が確実に強いはずだが、薫田あるじが彼の体を這いずり回っている。


「今までの行動からして、ニアミンさんとあるじたんは人探しの命令。で、ここにいる強介も何らかの命令は受けてるはずだ」

「針口のくせに冴えてるね」

「うるさぇね」


 しばらく黙っていたパルヴェリアは、一度起き上がり、胡座をかいている。座っているだけでもヴェニアミンの身長をはるかに越えている。


「ふむ、まず吾輩の命令を鮮明にしておくべきか」

「そこの下僕、吾輩が出した指示を言え」


 指が指された方向は強介だった。彼は睨んで答えた。


「オレは白を村の連中から救う。誰からの命令も受けたくはないが、元々これは俺の考えだからな!で、お前らは何の命令を受けたんだ」


 白という人物は初めて聞いたが、大事な人なのだろう。そして、受けた使命は中々に重いものだった。


 全員、次々と自分の使命を言っていく。


「俺はただこの旅行を楽しめって」

「あちきは実家の研究所職員が行方不明だから探して来いって」

「ニアミンは保護者の連絡が取れなくなった親戚を捜索依頼されたよ」


 一人だけ場違いだった。ただただ能天気さが顕になっただけだった。


「針口以外まともだな」

「俺だけバカンス…?」

「それで、君は何故ニアミン達に命令を下したの?」


 保育士は距離を詰めて行こうとするが、急に足が怠くなり、動かなくなった。捻挫したかのように足首が腫れている。


 男は口を開けた。


「賭け事をしているからだ。ルールは簡単、下僕を四人ずつ集め命令をランダムで決める。そして、使命を成し遂げた下僕が多い方が勝利という単純な賭け事よ」


 そんなくだらない事に付き合わされているのだと思うと、全員この状況が馬鹿らしくなってきた。


「何を賭けているんだ?神に近い存在ならこの世の全てを持ってるはずだろ」

「仕事だ」

「押し付けかよ!しょーもねぇなおい!」


 針口はいつものようにツッコんでしまった。パルヴェリアの睨みだけで彼は慄いて、黙ってしまった。


「勿論、相手も同じく四人の下僕を持っている。精々そやつらの使命を邪魔することだ」

「相手の下僕の名前は?」

「生憎知らぬわ。あやつの下僕達もこちらの下僕を知らぬのと同等にな」

「かっははっはは!もう終いだ、下僕共よ」


 瞼が重くなり、体が段々と軽くなる。意識が水のようにぽちゃぽちゃしていくが、不思議と心地よい。


 男の声が木霊した。


「足掻け、そして吾輩を勝利に導け」


 朝日は窓の外からは入ってこず、代わりに冷や汗が出迎えた。布団から乱雑に出て辺りを見渡してもあの男は居ない。


 勿論、部屋は昨日のままである。あの夢はただ一個人が見た夢ではないことは彼らの表情から見て、明らかである。


「…はっ!」

「今の、夢は」

「お前らもあの夢を…」


 ぐっと手を伸ばして、保育士も高校生は寝巻き姿のまま、ちゃぶ台周りに座っている。二人とも眠たそうである。


「マスター、いつものコーヒーを」

「ふわぁ…あちきにはミックスジュースを」


 朝から元気なのは元ニートであり、コンビニアルバイターの針口だけだ。


「低血圧低血糖共が!ちゃんと目ェ覚ませよ!ったくよ」


 彼もまた、寝巻きのまま冷蔵庫からジュースとコーヒーを取り出し、コップに注いでいく。眼鏡はしていないため、分量はなまじ適当である。


(あ、作ってくれるのだ。優しい)


 優しさに浸る彼女だった。

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