とある冒険者の英雄譚 ~マキシとチエリ~

笠置エナ

 マキシとチエリ


史実にはない時、それは滅びる定めとなった町のほんの一説である。


王都より少し離れた町、深い森や山岳地帯に囲まれ、

遺構都市にも隣接している貴重な町でもある。


王都に近いため守備兵も配備されているが、自警団も多く存在する。


そのひとつ、一人の冒険者の加入によって頭角を現してきた団体があった。


いまや町で彼の名前を知らない者はいない、その冒険者の名前は


”マキシ”


といった・・・・・。


隊員「隊長、演習終わりました!」


マキシ「あぁ、うん、良いんじゃないかな、今日はあがっていいよ」


隊員から隊長と呼ばれた男、マキシ。


彼は”特別”だった。


ウィル「マキシ、ちょっといいかな?」


マキシ「団長、あ、はい」


ウィル「久々だが、新人を入れることになった、マキシ、君に付かせようと思う」


マキシ「新人、ですか……」


ウィル「これ以上、犠牲者を増やしたくない、か?」


マキシ「・・・・・俺と組むメンバーは……」


ウィル「それは思い違いだ、相方の実力不足だった、そうだろう?」


マキシ隊長とバディを組んだメンバーは3度にわたり戦死していた。

だが、その戦場でマキシは無傷の生還を果たしていた……。


彼は選ばれし英雄なのか、それとも死神なのか……。


その答えを彼本人も探していた。


マキシ「これで、最後にする……」


マキシは静かに席を立ち、家路についた……。


翌朝……。


???「おはようございます!」


屈託のない笑顔の若い少女が目の前には居た。


マキシ「あ、あぁ……おはよう」


???「隊長、初めまして!チエリです。よろしくお願いします!」


(若い……女の子……)


マキシ「あぁ、よろしくマキシだ、初日は戦闘訓練にしようか……」


チエリ「はい!おねがいします!!」


少女は弓士志望だった。剣士であるマキシには専門外だが・・・・・


マキシ「もっと足場を固めて、体全体で軸を感じるんだ」


チエリ「はい!」


マキシ「弓と弦は均等に引く……目標は見失うなよ」


”キャン!”

チエリの引いた弓からツルネが鳴る。


チエリ「まっすぐ、飛んだ?!」

マキシ「いいぞ、その調子だ」


こうしてマキシとチエリの初日は過ぎていく……。


一通りの訓練を終えた後……


マキシ「君はなぜ志願したんだ?」


チエリ「え、え~と……誰かの役に立ちたくて……」


この時言えなかった言葉、チエリにはずっと心残りになった。

1年前、森林地帯からの魔物の進軍で町が危険に晒された時、

助けてくれたのはマキシだった、ずっと……ずっとチエリは

マキシに憧れていた、尊敬していた。そして今がある。


”生かされた命、これからは大好きな人のために使いたい”

それが彼女の願いだった……。


マキシ「誰かの役に、か……そうだな……」


少女の瞳はまっすぐで、マキシには眩しかった。


マキシ「明日は低級だがモンスターを相手にする、しっかり休んでくれ」


さらに、翌朝……。


マキシ「落ち着いて狙え、鈍いやつを選んでる」

チエリ「は、はい……(ゴクリ)」


ここは町から北に抜けた森林地帯、ダンジョンなどの魔物と違って身を隠す場所の多い森林では魔物の動きも鈍い。


チエリは足を踏ん張り、体の軸を意識して、両腕で均等に弓と矢を引く……

(狙いは決して逸らさない……!)


”キャン!”

ツルネが響き、魔物の急所に的中、一撃で仕留めてみせた!


マキシ「よし、いいぞ。その調子だ!」

チエリ「はい!」


まっすぐにマキシを信じて教わる姿勢はチエリを着実に冒険者へと導いていた。

しかし、それは同時にマキシの迷いとなっていく……


その日の練習を終えて町に戻ったマキシとチエリ、

ボーズ「また仲間を殺すのか? 白銀の英雄さんよぉ」

彼はマキシも所属する団体の副指揮官であり、マキシの同僚だ。

マキシはその偉業から「白銀の閃光」「不滅の闘志」などとも呼ばれていた。


ボーズ「チエリちゃん、悪いことは言わないから、今からでも俺たちの隊で修行したらいい、死なずに済む」

今までの結果すれば副指揮官の意見は正論だろう……


チエリ「……」


ボーズ「ちっ……無口な所までもう染まってんのかよ、勝手にしろ」


それからしばらく二人は無言のまま岐路についていた……


マキシ「……いいのか?」

チエリ「なにがです?」

マキシ「いや……」


夜のとばりがおりて、暗闇に包まれた町はずれ……


チエリがふいに足を止めた……

チエリ「私は……貴方に命を救われました。今も生き方を教わっています。それではダメですか?」


マキシ「俺に?……そうか、覚えていなくて申し訳なかった……」


チエリ「沢山の命を救ってきたんですよね、一人一人覚えてられるわけないです」


マキシ「町民を救えても、俺は……仲間を失い続けてきた……俺は英雄なんかじゃない」


チエリ「副指揮官の言葉を本気にしてるんですか? マキシさんじゃなければ全滅してたかもしれない。でも貴方は生きて帰ってきた、そうでしょう?」


マキシ「俺だけが生きて帰って、何が残るというんだ……」


チエリ「私が居ます! 貴方に生かされ、貴方に教わり、貴方を好きになった。マキシ隊長、貴方が好きです!」


少女の精一杯の告白だった。


マキシ「チエリ……明日も野外訓練だ、ゆっくり休んでくれ……」

マキシはそれ以上何も言わず夜の町へと消えていった……


マキシ(俺の生きる理由か……)


これよりしばらく二人はこの夜の事を口にするもなく、黙々と訓練の日々を続けた・・・・・。


チエリの成長は目覚ましいものがあった。

英雄マキシのパートナーとして相応しくなりたい、追いつきたいという意思が本物だったということだろう。


マキシ「これ以上は剣士の俺から教えることがない、近いうちに王都のスナイパーの知り合いを紹介するよ」

チエリ「ありがとうございます!隊長」


隊長と隊員としての信頼関係は揺るぎないものとなっていた……。


チエリ(これでいい……きっと今はこれで……)


マキシ「次の作戦からは正式に隊に合流する」

チエリ「はい!」

マキシ「……だが……」

チエリ「?」

マキシ「まだ昼過ぎだ、少し狩りに出よう」

チエリ「ぇ、あ、はい」


森林地帯の入り口、見通しのい草原が広がり、天然の岩で出来た橋が架かっている。


岩の橋の中腹まで来たとき、マキシガふいに足を止めた。辺りに魔物の気配はない。


チエリ「隊長?」


マキシ「チエリ、これ以上君を危険な任務に連れていくことはできない……」


チエリ「どうして、これからなんでしょう? なぜそんなことを……」


マキシ「気付いてしまったんだ、自分の気持ちに……俺は君を失いたくない」


(ハッ……!)

届いた……届いていた少女の想いが……


チエリ「大丈夫です、私は死にません。マキシ隊長、私を守ってくれますか?」


マキシ「チエリ……あぁ、護るこの命に代えても」


岩の橋に夕日が差し、二人のシルエットが一つに重なる……。

この日、二人は愛を確かめ合うことができた。


しかし、運命の歯車は簡単にはかみ合わさってはくれなかった……


ウィル「マキシ!ボーズ!敵襲だ!!全員戦闘配備しろ!!」

マキシ・ボーズ「?!」


前触れもない敵襲だった。 魔物の群れはこともあろうかドラゴン族だった。

地上最強の魔物の強襲に町は大混乱となった。


町の至る所で人々の悲鳴と、ドラゴンの咆哮、轟音が耳をつんざく。


マキシ(チエリ……チエリはどこだ?!)


眷属の小竜を薙ぎ払い、瓦礫と化した町を闇雲に探し回るマキシ。


ウィル「ぐっ……くそ!」

団長が負傷していた!

マキシ「団長!」

ウィル「マキシ、地下水道から王都へ逃げろ! お前だけでも……」

マキシ「すぐ救護班を呼ぶ! 待ってろ!」


その時、視線の先で他とは違う巨大なドラゴンが目に入った。

マキシ「あいつがボスか?!」

邪悪な影に包まれたドラゴン、近くでは懸命に立ち向かう冒険者が見えた。


(まさか?! チエリ?!)

後ろには怪我をした町民がうずくまっている。彼女はそれをかばって戦っていた。


しかし、次の瞬間、見たくはなかったものをマキシは見てしまった……


巨大なドラゴンの爪に引き裂かれる彼女の姿を……


マキシ「チエリぃぃーーーー!!!」


マキシが叫びとほぼ同時に町の地盤が崩れ落ちた!


マキシは瓦礫にのまれながら、大量の血しぶきをあげて倒れていく彼女を見ているしかなかった……


地盤の崩落に巻き込まれ意識を失っていたマキシ、

目覚めたのは数日後、救護班によって王都に搬送され治療を受けていた。


マキシは絶望の淵に立たされていた……


(また……俺だけ生き残ってしまった……チエリ……)


マキシ本人も大けがを負い、何も出来なかった憤りでマキシはもがき苦しんだ……


砂埃が舞い、瓦礫となった町に戻れたのはそれから1か月も経ってからであった……


かつて英雄とまで言われた戦士の面影もなく、マキシは抜け殻となっていた。

ただ、いつかの思い出を頼りに崩れた町を徘徊する……


たぶんここは中央公園のあった場所だろうか、女神の像が噴水に立っていた、そんな場所だったはずである。

今では半身が崩れた女神像だけがただ虚しく残っていた……


この場所はいつもチエリと訓練に出かける時の集合場所だった。

毎日、この場所で彼女を待つ、それがどんなにマキシにとって幸せな時間だったのだろうか……

それはきっと、そこへ向かうチエリにとっても同じだっただろう。


マキシ「チエリ……ぅぅ……」

魔物との戦争をしている以上、捨てたはずだった涙が止めどなく流れ落ちる。


涙に滲む視線の先に、瓦礫の中で佇む少女が目に入った。

(まぼろし……?)

いや、幻などではなかった、そこには確かにチエリが佇んでいる。


ゆっくりと確かめるように近づき、マキシは声をかけた。


マキシ「チエリ……生きていたんだね……」

チエリと呼ばれた少女「……誰ですか?」


「あぁ!またこんな所に!!」

身なりから察するに救護班の女性隊員だろうか……

女性救護隊員「すみません戦士様、彼女は先の襲撃で大怪我をして、記憶を失い、こうして徘徊してしまうんです。 さぁ帰りましょう……」


救護隊員に抱えられ去っていくチエリ……


(これが……これが運命だというのか……)

マキシは自分の運命を呪った。そうでもしなければ気が狂いそうだった……


それから数日おきにマキシはチエリの病室を見舞った。

何が変わる訳でもない、そう分かっていてもマキシには他に何もできなかった。


チエリ「マキシさん、と言うんですね。いつもありがとうございます」

マキシ「あぁ、うん。早く良くなってください……」


それからまた数か月、彼女の怪我は治っても記憶は戻ることはなかった……


この日もマキシは復興中の町へと訪れていた。


あの噴水の女神像も周りが少しだけ片付けられて、かつての公園らしさが取り戻されようとしていた。


介護の救護隊員ともすっかり顔見知りとなっていたマキシ、

女性救護隊員「今日は天気もいいですし、たまにはゆっくりお二人だけでお話しなさってください」

気を使われてしまった。


チエリ「マキシさん、今日も来てくださったのですね。いいお天気ですね」


マキシ「あぁ、うん。いい天気だね」


チエリ「やっと怪我も治ってきました。 私も誰かの役に立てるように頑張らないとです」


(チエリ……記憶をなくしても君は君なんだね……)


マキシ「そうだね……俺も目が覚めたよ、また護るために戦うよ……」


(言ってみたものの……今の俺に護りたいものがあるんだろうか……)


チエリ「……護……る……」


マキシ「どうしたんだい?」


チエリ「……白銀の閃光……不滅の闘志……英雄……」


マキシ「チエリ……?」


チエリ「マ、マキシ隊長……」


マキシ「記憶が……?」


チエリ「いえ……はっきりとは……でも、ここがとても大切な場所だったと思い出せた気がします……」


マキシ「傷に障ると良くない、今日はもう戻ろう……」


チエリ「マキシさん、貴方が私の記憶の中のマキシ隊長なのですか?」


マキシ「……いや、マキシ隊長は死んだよ……」


その日以来、マキシがチエリを見舞うことはなかった。

記憶が完全に戻ってしまったら、彼女はまた俺を追って戦場に立つだろう、

こうして生きていてくれるなら、もうそれだけでいい……


これでいいんだ……


さらに時は流れ、王都で冒険者稼業を続けていたマキシは、

世界中を巡るキャラバン商隊と仲良くなっていた。


メイ「それじゃあ、次の旅から一緒に来れるのねマキシ!」

マキシ「あぁ、ぜひ一緒に連れて行ってくれ、隊長」

メイ「貴方ほどの剣士なら断る理由などないわ!よろしくね!」

マキシ「あぁ、よろしく」

(これでいい、これでいいんだ……もうこの国からも……)


そしてマキシ含め、キャラバン隊が旅立つ日がやってきた……


副長「あ、言い忘れてたけど、今日から入隊の子がもう一人いたわ」

メイ「ちょっと~そう言うことはもっと早く言ってよ~」

副長「ごめんごめん、出発の準備とかで忘れてたのよ、さ、すぐ出発だけど挨拶だけしてね」


「初めましてキャラバンの皆さん、チエリです。よろしくお願いします!」


マキシ「チエリ……どうして……」


チエリ「マキシ隊長の教えです、”目標は見失うな”でしたよね」


こうして、二人の新たなる冒険がはじまった……



~完~

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