4月4日②/王の過去

「私がここへ来たのは三十年ほど前だ。正確にはわからないが、そんなものだ。十七歳になる年の春、突然で不本意な死だった。日本での私の生活は散々だったが、まあ、いま思えばこんなところで生きるよりずっとマシだったよ。秩序や法律があったし、なにより清潔だった。

最初は本当に酷かった。危うく死にかけたし、悪いことばかり起こった。だが何かに導かれるように、次々奇跡が起こったんだ。

強い武器を手に入れ、精霊を従え、仲間が集まった。

ここはゲームや物語の中みたいに、自分がレベルアップする感覚があったんだ。依頼をこなせば金と信頼が手に入った。

自分のことを主人公だとは思わないけれど、それなりにうまくやっているとは思う。パッとしない人間だと思っていたが、意外と、できるのかもしれないってね。

勇者様なんて呼ばれているうちに自分のすべきことがわかったんだ。地球の価値観を持った私に、皆が救いを求めていた。

大したことはしていないけれど、気がついたら世界の王になっていた。これからも皆の求めに応えていくつもりだ。

私はどうやら世界を創造し直しているようなんだ。どうせなら誰も不幸にしない、誰も取りこぼさない美しい世界を目指しているよ」


 彼の言葉を正確には書き留められていないかもしれない。長くて思い出せない部分もある。それでも、だいたいこんな感じだった。


 王が話し続けるあいだ俺はずっと、前世で目にした女性の多くがしていたみたいに、微笑んで曖昧に相槌を打っていた。


 うまく言葉にできないが、嫌な感じだった。

 控えめな言葉を選んでるつもりだろうけど自慢げで、さすが王様にもなる人はプライドが高いんだなと、まず思った。


 そのうえ言葉の端々から嫌悪感が伝わってきた。

 彼はこの世界を嫌っているんだろう。前世の自分も好きじゃなくて、その苛立ちを消化できないでいる様子だ。


 耳障りのいい言葉と、相手を納得させるための表情作り。

 彼の講釈を聞いているうちに、現代日本で生きていた頃の感覚が急激に蘇った。そしてなんだか〝嘘くさい人だな〟と思ってしまった。


 直感は大体当たると、何かの本で読んだ。


「そうですか。それは大変なことですね」


 俺は適当な返事をして、自分の意見を言わないことにした。

 否定するつもりもないけれど、賛成も賞賛もしたくない。


 リリアさんの顔が浮かぶ。

 彼女だけでなく、短い時間の間に出会った楽しくて不思議な人たちの顔。行商のご夫婦や乗合馬車の同乗者たちに御者さんも。蜥蜴岩村のピピンさんとその子供達。


 外からやってきた俺たちに、この世界で暮らしてきた人々の本当の望みが見えるだろうか。見る努力を、彼はしているだろうか。


 彼と話し合うには、まだ俺はこの世界をあまりにも知らなすぎる。


「佐藤。いや、佐藤さん、だね。しばらくここにいてくれないか。やっと心から信頼できる人に会えた気がする。もっと君と話したいんだ」


 テーブルの上の手を握られ、思わずそれを引っ込めた。


「お気持ちは嬉しいのですが、でも、私はフィスさんと行きます。楽しいんです。この世界を見て歩くのが」


 彼も冒険の旅をしたはずだ。俺よりずっと長い時間世界を見て歩いたはずだけど、全然違って見えたのだろうか。

 そられなら俺は、彼がこの世界を嫌になった理由が知りたい。この世界がどれくらい酷いのか。それとも、王もフィスさんと行けば楽しめただろうか。


 俺ははっきりと断ったつもりだったが、彼は引いてくれなかった。


「しかし転生者が、それも君のような女がこんな世界を旅するなんて危険すぎる」


 〝君のような女〟ってどんな女なんだろうかと考えたりして困り果てた時、思いもよらない助っ人が現れた。


 裾にあったはずの花の刺繍が腕まで這い上がり、そのまま一気に飛び出すとテーブルの上を蔦だらけにした。刺繍が実体化したのだ。王も驚いていた。

 蔦には無数の棘があり、花もオレンジからグロテスクな赤紫に変化していた。王の顔が見えないほどの量だった。蛇のようにゆらゆらと揺れて王を威嚇している。


「地の精霊を連れているのか。フィスが見込んだだけのことはあるな。すまなかった! 君たちの愛する人を傷つけるつもりはないんだ! どうか静まってくれ」


 王は笑って降参と言うように両手を小さくあげた。

 蔦は、俺がまだ彼に困惑しているのを知っているのか、非常にゆっくりローブへ帰って行った。刺繍は今度は胸一面に広がった。柄は薔薇のような花に変化して、色は赤紫だった。


 おかげで王は強引に迫ることをやめてくれた。


「いまや黄金王と呼ばれているが、ここでは私はルドラと名乗っている。だが、本当の名はコガネザキ・ルイだ。どうか君だけは、ルイと呼んでくれ」


(漢字はわからないのでカタカナ表記にする)


 俺はその申し出は受けることにして、城への滞在は保留にしてもらった。

 室内へ向かう間は二人とも無言だった。少し気まずい空気だ。


 部屋に戻ると、先生がいつものように余裕のオーラを全身から放って立っていた。「遅かったな」と顔に書いてある。

 でも先生は、歩み寄った俺の表情を見て何か察してくれたようだった。王へ視線を投げ、もう一度俺を見ると背中に手を回して引き寄せてくれた。


「王よ、『二手』については我々だけで話しましょう。サトーを一人にするのが不安でしたが、あなたに正体が知られたなら、もはやその心配は無くなった。客間に置いておいても構いませんかな」

「ああ。好きにしなさい」


 それで俺は、召使いの女性に案内されて客間に戻った。


 これからどうしたらいいのか、早く先生に相談したい。

 なんだかとても、胸がざわつくのだ。

 

 

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